47.悪どい神官長
華やかながらも落ち着きのあるシルビア帝国王宮の広間に各国の王や重鎮が揃った。彼らの代表として世界最強国と言われるシルビア帝国の皇帝が二人の聖女と対峙する。
宰相が長い紙を持ちつらつらと此度の穢れ祓いの功績、そして多くの聖女たちを失ったことへのお悔やみをつらつらと読み上げていく。
ノアはちらりと横に並び立つ神官長を伺い見る。
思いっきり苛つきながら。
なぜお前がそこに?此度の危機の間、神官庁本部にこもりながら愛人を侍らせて毎日酒浸りだったのを知っているぞと言いたいところだが一応聖女の所属する神官庁の長だから仕方ない。
仕方ないのだが――――
――――なにがそんなに嬉しいのだろうか?
堪えきれぬのか口元がニヤついている。
――――何人もの聖女の命が、穢れに侵された多くの人が命を失ったというのに。これが神に仕える神官たちの長だと思うと反吐が出るというものだ。神官庁本部の側に何人かの聖女を配置し、そこで穢れ祓いをさせて自分の身だけはなんとか守ろうとしたゲスが。
ちなみにノアに守れと言ってきたが、帝国が……皇帝が……王子が……と言って、行かなかった。そもそも本当に余裕がなかった。
それにしてもよくこんな場面でにやにやとできるものだ。きっと多くの国から謝礼金を貰い、自分の懐に入れようとでも思っているのだろう。
いくつかの国とはもう話がついているのかもしれない。
「聖女よ、此度の未曾有の災害は二人が……そして、死力を尽くした聖女たちがいなければ乗り越えられなかっただろう」
神官長に心の中で悪態をついているうちに宰相の口上は終わったようだ。皇帝からのお言葉に移っていた。流石にまじめに聞かなければならない。
伏し目がちにして聞いてますアピールをする。
「そなたたちがいなければ世は滅んでいたはずだ。残念ながらほとんどの聖女が命を失い、この先新たな聖女が誕生するまではそなたら二人に穢れ祓いをしてもらわねばならない。そのため、大変な労力をかけることになると思うが……理解して欲しい」
その言葉に二人は承知しましたとゆっくりと頭を下げた。
「…………それでなのだが」
うん?ちらちらとノアの様子を窺い見る王の姿に嫌な予感がする。
いや、こんな場で嫌な予感ってなんなのだろうか。
「……神官長から褒美について申し出を受けてな」
神官長……?いや、絶対に碌な申し出じゃないだろう。
桁外れの金?
分不相応な宝石?
神官に似合わぬ豪邸を建てるための土地?
美女?
女はないか、こちとら一応聖女だし。聖女にやる褒美が女ではさすがにおかしい。いや、聖女にお付きの女性をとか言って美女を要求して自分のものにしそうだ。
「ノア聖女にわが国の皇太子と婚姻し、未来の王妃になってもらうというのはいかがだろうか?」
「…………は?」
あ、思わず低い声が出ちゃった。いや、身を屈めていたから出ただけだ、うん。
「ノア、不敬だろう!」
いや神官長お前こそ、こんな場で敬称つけずに聖女のこと呼ぶとかないわ。お前言われたかないわ。
「構わぬ!驚かせてしまったようだな。だが此度の件で聖女に対する民への尊敬の念は素晴らしく上がった。危機を乗り越えたとはいえこれから復興していく中で世界を救った聖女が国の頂点に立つ王の伴侶である王妃となるというのは誰もが歓迎することだと思う」
何を言っているのか。
「それにそなたもレオを憎からず思っていると聞いている。そして、レオもそなたのことを…………とな」
ゆっくりとレオを見ると彼と視線が交わりすぐに逸らされた。
気まずそうなその顔はレイチェルに対してなのか、それともノアに対してなのか。
穏やかな笑みを浮かべる彼。食事の差し入れをしてくれる彼。愚痴を笑いながら聞いてくれる彼。
いつでも彼は眩しかった。
もしかしたら人はそれを恋と呼ぶのかもしれない。
けれど、今日は輝いて見えない。
ちらりと彼の隣を見る。そこにはいつもいるレイチェルがいない。なぜならここにいる人たちはそこにいるのは聖女たるノアだと思っているからだ。
視線を巡らす。
彼女は公爵家の当主の隣にいた。父親である公爵は眉間に皺を寄せている。そしてレイチェルは――微笑んでいた。とても悲しい微笑みを。
身を引くことが一番いいと、それが正解だからと言いたげに。恐らく胸に痛みを感じながら。
………………………いや、いやいやいやいや
違うよね?
ノアは自分の隣を見た。彼女は頷く。
思いっきりやれ、と。
ノアは一歩踏み出した。
誰もが思っただろう。
お受けします、という言葉が……美しい顔に配置された可憐な唇から鳥の鳴き声のごとき涼やかな声音で吐き出されると。
「いやいやいやいやないですから」
…………………………!??????
「………………すまないがもう一度言ってもらえるだろうか?」
がっつり引きつる皇帝の顔。しっかり聞こえているのになぜもう一度聞くのだろうか。まあいい。よおく聞くが良い。
「未来の王妃、お断りいたします」
「…………………………」
皇帝は今度は黙った。周囲の者たちは一瞬黙ったもののすぐにざわめきが生まれた。信じられないとか不敬ではないかという声が聞こえてくる。
が、そもそも褒美とは要らないものを押し付けるものではないはず。この世を救った聖女に対しての褒美なのでしょう?国民の人気取りの道具?なんか聖女が王妃とかいいんじゃね?みたいな皆の理想の押し付けこそ、聖女に対して不敬なのでは?
人々は言う――聖女様、聖女様と。
そう、聖女 様なのだ。
この世の穢れから人々を守れる唯一の存在。まあ複数人いるが。今は2人だが。
なのにどこまで人を利用しようというのか。
褒美なんて名目をつけてまで。
理想の押し付けなどはもうこりごりだ。
伏せがちにしていた目を上げしっかりと王と視線を合わせる。衝撃から抜けたのだろうか、しっかりと絡まる皇帝とノアの視線。そして開かれる皇帝の口。
「理由を聞かせてもらえるだろうか?」
その言葉に一歩進み出るノアは口を開く。
そして音が出る前に王は気づく。
ノアの顔に不敵な笑みが浮かんでいることに。




