46.地獄
ドンッ!!!
そんな音と同時に地獄はやってきた。
「こ……れは……一体」
国中に、いや世界中にその音は響き渡った。
祓っては消え、また別の場所でも発生するというイタチごっこが続いていたがなんとか各地の聖女たちが身を削って対処できていた。
そう、今この時までは。
今目の前に広がる光景は
救いようのない絶望。
靄があらゆるものを覆っている。
もうこれは闇だ。
爆発するような音と同時に黒い靄が広域に発生。
こんな規模の穢れは祓ったことなどない。
耳につけた最近開発されたばかりの通信具から各地の聖女たちも同じものを目にしているのが確認できた。この穢れは世界を覆っているのだ。一刻も早く祓わなければ穢れ人となり人を襲い自身をも傷つけるようになってしまう。
こんな絶望的な時でも習慣というものは怖いものだ。
その場に膝をつき手を組んでいた。
『穢れよ消えろ』
聖女皆の気持ちが重なった。
それと同時に聖力が広がり黒い靄は消えていく。
そう。
近くの靄だけ。
強く消えろと願いながら力を込めていく。
だが、まだまだ莫大な靄が広がる。
冷や汗が額を伝う。
通信具越しに聖女たちが呻く声が聞こえてくる。
穢れに気力が持っていかれる。
だが意識を失うわけにはいかない。
どれくらいの時間が経っただろうか。
まだ遠くの方に穢れが広がっているのが見える。
そして、同じように膝をつき祈る人々が目に入る。
彼らから不安、焦燥、絶望、そして期待が入り混じった視線を感じる。その視線が……うっとうしくて仕方ない。なぜそんな目で見るのか。
こっちは必死にやっているのだ。
そう。
命懸けで。
期待が…………重い。
幾人かの聖女の命が尽きた。
聖力が尽き、力果てたもの。穢れに飲み込まれたものもいる。
見えないが、感じる。
感じていたいくつもの聖力が消えた。
彼女たちが命懸けで守ったものを無駄にするわけにはいかない。ひたすら力を使い、気力を保つことに専念する。
更にどれほどの時間が経ったのか……。
気づけばその身は地面に崩れ落ちていた。
あ……ダメだったのか。
…………………わあーーーーーっ!!!!
遠くから溢れんばかりの歓喜の声が、咽び泣く声が聞こえる。
あ……やった…………?……やり遂げた…………?
ノア!
ノア様!
聖女様!
誰かに抱き起こされ、名を呼ばれるが意識は薄れゆく一方だった。
その後ノアは1週間一度も目覚めることなく眠り続けた。
~~~~~~~~~~
「ノア」
「レオ様、レイチェル様」
王宮に与えられた自室で頬杖をつきながらぼーっと窓の外を眺めるノアに声を掛けてきたのはレオとレイチェルだ。
「考え事かい?」
「ちょっとね」
心ここにあらずといった返事に二人は肩を竦め、立ち去ろうとする。ノアは気づく。
「レイチェル様?」
「ん?なあに?」
「あ、いや、なんか……大丈夫?」
顔色が悪いというのか、非常に疲れているように見える。無理がたたったのだろうか。癒やしの力を使おうと伸ばされる手をレイチェルは優しく両手で包み込む。
「ふふ、私は大丈夫よ。ノアこそもっとしっかり休んでちょうだい。身も…………心も」
そういって去っていくレイチェルの顔にはいつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。
自分の気のせいだろうか?
再び窓の外を見るノア。
「ノア」
「来たのね」
1人の女性の声がノアの名を呼ぶ。数十人はいた聖女はノアを含めたった2人になっていた。1人は違う国の王宮に住み穢れ祓いを行っていたが今回の功績で褒章を与えると言われ、帝国に転移魔法の道具で移動してきたところだった。
2人は暫く黙ったまま抱き合う。
「……よく生き残ったわよね」
「ふふ、ほんとよね」
2人は笑っているものの、どこか悲しげな響きがするのは、失ったものが多いからか。
身を離すとそれぞれ椅子に深く腰掛ける。
「どうよ?」
「どうって……何よノア」
「いや、なんかあんたは変わったかと思って。待遇とか、色々とさ……」
「変わるわけないじゃない。今回のことで各方面から謝礼が届いているのに全部神官長やおえらいさん方がパクってったわよ。流石、聖女様と言いつつ食事も粗末。自分たちは祝いだとかいって朝から晩まで飲んで食っての大騒ぎなのにね。穢れ祓いに貴族の治療ばかり、外にも出してくれないわよ」
世界を救ったお礼、祝いとお呼ばれしていく神官長やお偉方。肝心の聖女はお留守番だ。
「…………」
「でも……自分の心はちょっと変わったわよ。あんたもなんじゃない?」
眉間に皺を寄せて考え込むノアにそんな言葉がかけられる。
ノアの場合は心に秘めていただけと言えるかもしれない。ただ声を上げなかっただけというところか。彼女の本質はなかなか過激で強かだから。
「やぁっぱりおかしいよねぇ」
「ふふ、皆もっと私たちに感謝して崇めるべきよね」
「ま、そこまでは言わないけど」
「えー。本当?」
「……やっていることに対して見返りがどうなのかとは思うよね」
「ふふ、そんなこと言ったら聖女らしくないって叱られちゃうけどね」
「聖女らしくねぇ……」
聖女、聖女…………だからなんだというのだろうか。
なぜ我慢ばかりしないといけないのだろうか。
聖女だから?
特別な存在だからこそ己を律せよ。
己を律するということは清貧であること?
監視されること?
外出もままならないこと?
どこでも聖女という仮面を被らなければならないものなの?
「でも今回のことで気づいたわよ。この仕事は命懸けだってね」
命懸けの仕事、即ちいつ何があるかわからないということ。
こんな人生で本当に後悔しないのか?
「「ねえ」」
二人の声が重なり、視線が交差する。
「「全てをぶち壊しちゃおうか」」
二人は口角を上げた。
とても美しく可憐な笑顔。
だが纏うは
悪魔の如き艶やかなオーラだった。




