44.作り話?
ジャックは先程から顔が赤くなったり青くなったり白くなったりと忙しかった。
「本当にお前たちは口が悪いね」
「おばば様には言われたくないんだけど」
「せっかくきれいな顔に生まれたんだから、うまく利用しないと勿体ないだろう?」
「ほほ、十分活用していますからご心配なく」
「活用してるのにどうして金持ちの男の1人や2人捕まえられないんだい?口が悪いからだろう?顔に見合った発言をすればいいのに」
「おばば様だって独身じゃぁん」
「私にはボーイフレンドがわんさかいるよ」
ヒュ~と口を鳴らす聖女たち。
目の前の光景は一体なんなんだろうか……。
目の前におわすは伝説の聖女と現在最も実力のある聖女たちのはず。
なのになんなのだろうかこの会話は……なんともしょうもない。
あ、なんか悲しくなってきた。
「ああ、いけない。ジャックとやら」
「はい!?」
そんな心を見透かされたのかとジャックは慌てて姿勢を正す。
「嘘だから」
「え!?」
一体何のことなのか。
「だから聖女村ができた話だよ」
ああ、そういえばそんな話をしていたのだった。
…………………………
「うそ…………?」
思考が追いついてきてショックも追いつく。
「うん、まあ嘘というか。こうお綺麗事で捻じ曲げた感じだね」
うん、そういうのを嘘というのだね。
ジャックは涙が出そうだった。
「この聖女村は私が……いや、私たちがおねだりしたんだよ」
私たち……すなわちかつてこの世界を救ったと言われる聖女2人によるおねだり。
「おねだりですか?」
「ああ、世界を救った褒美に好きなものを願えって言うからね。じゃあ聖女が自分らしく過ごせる村をおくれって、ね」
「それは……豪快なお願いですね」
「はははは、特別に広い土地でもないし、安いものだろう?私たちがいなければ世界は滅びていたんだから」
「まあ……そうですけど」
「当時の聖女の扱いはなんとも微妙なものでね。監視もすごいし、外出も買い物も食べ物も色々と制限がすごい。そのくせ仕事はきつい。まったく……きつい仕事をさせるならそれ以外は息抜きさせろっつうんだよ」
いや、だが今は息抜きし過ぎじゃないだろうか。
もう少し聖女という称号にふさわしい生活でも……。
「あははは、あんた顔に出やすいタイプだね」
ばっと顔を隠すジャックの耳に4人の笑い声が届く。
「だからあんたが思うようなロマンチックなものなんてないんだよ」
「聖女の功績に、後継育成の熱い思いに感動した各国の王が贈ったわけでは……」
「ないよ。私たちがねだったんだ。そもそも後継も何も生き残ったのは2人だけ。その後に新たな聖女が誕生するかは誰にもわからないだろう?当時は逃げられでもしたらと反対の声が凄くてねぇ。何でもいいって言ったくせにみみっちいやつらだよね」
み、みみっちぃ…………。本当に口が悪い。
「プロポーズ……とかは…………」
「まあこの美貌だからねぇ。初めて会ったときから先帝もメロメロだったさ。だけど、なんの学もない平民聖女を象徴として嫁にするほど愚かではないよ」
メロメロは……まあ冗談だろうが。
先帝は未曾有の危機を乗り越え、復興を遂げた偉大なる王として名を残すほどの名君だった。確かに復興に必要なのは賢く、他の貴族を圧倒する高貴な身分により家臣を制御できる皇太子妃だったかもしれない。
当時皇太子妃となった令嬢は王妃となり皇太后となった。賢く、美しかった彼女は先帝を支え、民を愛し、見事国を復興に導いた。
そう、そもそもプロポーズだのなんだのと、彼には素敵な婚約者がいたのだった。
「現実はあんたが思うようなロマンチックさのかけらもないものだった。だけど、この国はかつてない繁栄を築くことができた。そして、聖女たちも生き生きと働けるようになった」
「「「いやぁ、見事な働き方改革ですな」」」
3人の聖女の見事なハモリに呆れる視線を向けることしかできないジャック。だが確かに一理ある。昔は厳しい管理体制や命をかける仕事なのにスズメの涙ほどの給料といういやぁな聖女職だったと言われている。
たまたまなのかよくわからないが聖女村ができてから聖女の力を持つと名乗り出るものが多くなった。それはもしかしたら聖女の生活が嫌で名乗り出ないものが今まで多くいたということかもしれない。
はあああと尽く自分の理想は汚されるとため息を吐きながら去っていくジャックを4人の聖女は掌をひらひらとさせながら見送る。
その背が見えなくなると3人の若き聖女はノアにイタズラっぽい視線を向けた。
「かわいそぉ」
「あらあら、気落ちしちゃってましてよ」
「現実は厳しいってね」
ノアは3人の視線を受け、口元を少し緩やかに上げ目を細める。
「ふふふふ、真実だの事実だのどうでもいいんだよ。そんなものは皆が思うように適当に綺麗事で飾り立てれば」
それに彼に言ったことも真実にちょこっと言葉が足りなかったり、ちょっとばかり嘘を混ぜたもの。
その視線は3人を見ているのに、見ていない。
どこか遠く、遥か遠く……を見ているかのようだった。
そして、思い浮かぶは60年程前の出来事だ。




