41.聖女像
「「「「で、なぜこうなった?」」」」
「「………………」」
時も場所も変わり聖女村支部である。ロビン、シェイラ、リリアに冷たい視線を向けられているのは診療所の仕事を終え戻ってきたアリーシャとロメロである。
2人の視線はキョロキョロ、オドオドと彷徨っている。
そしてたまにちらりと向かう視線の先には
ぼー……ならぬ、ずーんとドロドロオーラを纏うジャックがいた。
以前と同じように窓枠に頬杖をつき、外を眺めているというのに、与えられる印象の違うことこの上ない。
暖かい春のお花畑から、重苦しい泥地に迷い込んだような心地である。
「いや、別に私のせいじゃないんだけど……」
「「「「「いやいや、あんたのせいでしょ」」」」」
「えー…………」
ロメロにまで責められる。
自分のせいなのだろうか…………?
少し時間を遡る。
~~~~~~~~~
お説教された翌日、どうするべきかと考え持ち場に向かうアリーシャのもとに軽快に走り寄ってくる足音。
「アリーシャ聖女様!」
そんな声が聞こえてきたかと思ったらガシッと掴まれる両手。
「うおっ!?」
むさいおっさんの手なら振り払っていたが、目の前に立ち彼女をキラキラとした目で見つめるのは可愛らしい女性。ジャックの想い人であるジュリア。
もういっそ色々と本人に聞いてしまえばよろしいのではと瞬時に思ったアリーシャは口を開こうとした。
「ありがとうございます!!!」
が
口を開いたのはジュリアだった。
「え?え??」
急にお礼を言われたアリーシャはなんのことかわからず動揺する。
え、飲んべえになってる間に何かしただろうか。いや、そんな記憶をなくすほど飲んでないし。待て待て、そもそもお礼を言われてるんだからやらかしてはいないはず。
「私我慢の限界だったんです!」
うん?
「このままじゃ私壊れちゃうところでした!」
壊れる?
物騒な言葉とブンブンと嬉しそうに手を上下させる様子が非常にミスマッチである。アリーシャはゆっさゆっさと揺らされる身体で考えるが、全く彼女が何を言いたいのかわからない。
「私、昔から聖女様のことが大好きで……憧れていたんです」
アリーシャの手をパッと離し、胸の前で自身の指を組みアリーシャの目をうっとりと見つめながら話し出すジュリア。
憧れ…………?
いや、まさか。アリーシャの頭にある考えが浮かび、顔が引きつりそうなのを堪える。
「幼い頃から治癒師の力はあったので大きくなったら聖女の力も覚醒するかもなんて思っていて、でもしなくて……。悲しくて……。力がないならせめて性格だけでも似せようと思ったんです!」
お、おーーーー……やっぱり。アリーシャの顔が目に見えて引きつった。
「でも!!!ちょーーーーーーーきつくて!!!セクハラ、パワハラ、カスハラ、マジ勘弁!でもそんなこと誰かに言ったら人の悪口言う子みたいに思われて、聖女じゃないと思って、耐えていたんです!」
お、おーーーー……なんか今まで大人しく微笑んでいた人間が大口開けて大声あげて話す様は違和感ありまくりである。
あ、一歩下がっちゃった。
あ、すぐに詰めよられた。
「力もないし、アリーシャ様たちみたいな美貌もないけど……。誰にでも平等で、優しくて、どんな理不尽にも慈愛の心で許して、微笑みを絶やさず……………なぁんてしてたらもう頭がおかしくなりそうだったんです」
「でしょうね」
うるうると涙目になってくるジュリアを見て色々と心配になってくる。主に頭とか。
「もう、耐えられないと思っていたときにアリーシャ様があのおやじ坊ちゃまを罵る様を見て、私救われたんです!ああ!聖女様が清らかで優しくてうんちゃらなんちゃらなんて所詮人が作った幻想なんだって」
おやじ坊ちゃま……ぶっ……ちょっと口元がニヤけてしまう。
「私今でも聖女様のこと好きです。その美しい顔なんてずーーーーっと見ていたいくらい。それに命をかけて穢れ祓いをなさるその気高い心はやっぱり憧れるし、尊敬します」
じっと目を見てそう言うジュリアの顔に浮かぶ笑みはとても自然体で穏やかで……とても彼女の顔に似合う笑みだと思った。
「私、これからは言いたいことはいいたいと思います。あ、もちろん人を過剰に傷つけないようにですけど。ていうかもともと私そんなタイプの人間なんですよね」
ほう、それは今までよく頑張ったものである。
というか根性だけでよく色々と耐えたものだと思う。むしろこちらが尊敬したいくらいだ。
それでは仕事があるのでと去っていく彼女を見送る。
そして、彼女が去ると
後ろにくるりと向きを変え、柱に声を掛ける。
「…………あの……あの……ジャック…?」
その声にのろのろと出てくるのはもちろんジャックである。その顔は酷く青褪めている。
「彼女のことどうするの?あなたが思っていた女性とはちょっと違うみたいだけど」
アリーシャ的にはなかなか好感が持てるとは思うのだが。固まって動かないジャックにはぁと息を吐いた後再び口を開く。
「ジュリアは顔もかわいいし、性格も良さそうで私は好きよ。人間だからそりゃあ時にはあなたのことを不快に思わせるような言動もいつかするかもしれない。でも聖女に対する憧れもあるから聖女に仕えるあなたにはふさわしいと思うけど」
聖女に仕える神官は聖女と過ごすことが多い。共に出張に行くことも多い。そのことへの理解が欠かせない。不満を誰かに適度に言いつつも、仕事に送り出すくらいの度量がなければやっていられない。
「………………そうですね。…………でも、やっぱり私にはちょっと………………」
そう言い再び固まるジャックを置いて歩き出すアリーシャ。颯爽となんでもないふうに歩いていたが、冷や汗ダラダラだった。
いや、ちょっと予想外なんだけど、勘弁してよ。
~~~~~~~~~~
「「「「「やっぱりあんたの言動のせい」」」」」
「えー……」
まあちょっと坊っちゃんに対してはやらかしたかもしれないから、そう言えるのかもしれない。
「いやいやジャックもジャックじゃん!フラれたショックで落ち込んでるんじゃなくて、彼女の被った聖女仮面に気づいて落ち込むなんて。別に性格が悪いわけじゃないのに失礼じゃん!」
ちなみにあの後、そう言えば彼女の気持ちは?と思い尋ねてみると公爵家のご子息のことをなぜ自分が?公爵家の人間は同じ人間にあらずですよと不思議顔をされた。
身分差が仇となっていた。というかいい雰囲気に見えたのは自分の目に思い込みフィルターがかかっていただけのよう。というか彼女の微笑みもなかなかのものだと思う。
「ま、とりあえず彼女がどういう人間か、公爵家と縁続きになっても大丈夫か調べる仕事だったんだから、彼女の微笑みが聖女仮面ってわかって良かったじゃない」
ていうか誰にでも本音で接する人なんて少ない。何かを隠したり装ったりするものだ。それに気づいたとき許容できるかどうかがうまくいくかいかないかの分かれ道というもの。ジャックの度量が小さいのだと思う。
とは思うものの、ジャックの様子を見るになんだか少々可哀想な気もする。
「夫婦になってから仮面に気づくよりマシだったと思うんだけど……そんなにショックなのかしらね?」
そもそもジュリアにその気はなかったのだから夫婦になる可能性は皆無だったわけだがそこはとりあえずスルーだ。
「何言っているのよアリーシャ」
とても愉しそうなシェイラの声にうん?と視線を上げるとにやにやと笑うシェイラとリリアの顔。
「女は皆特大の仮面を被っているものだよぉ?」
なぜそもそもそれに気づかないのか。気づかないほうが愚かなり。
確かに、と笑う聖女3人に男性陣は若干顔が引きつらせる。黙って空気とかしていた神官長がごほんっと軽く咳払いをし、笑みを引っ込めさせる。
「なんにしてもお勤めご苦労じゃった」
「「はい。神官長様」」
労いに頷くアリーシャとロメロ。
「それにしても…………」
そう言いながら神官長かちらりと見るはジャックである。
「あやつの頭は少々心配じゃのう。聖女像を理想とし、本当に惚れるのじゃから。悪い女に騙されないといいのじゃが。まあ、もう少し現実の女性を見てくれと願うばかりじゃな」
神官長の言葉に全くであると頷く5人であった。




