4.現実を知る
ピクリとも動かない真顔。その美貌も相まって3体の美しい人形がいるようである。
数秒後、動いたのは口だった。
「「「頭大丈夫?」」」
…………………………うん?
聞き間違いだろうか。彼女たちの口から聖女らしからぬ言葉が飛び出たような。
「何アホ面晒してるのよ?」
「あ、アホ面?アリーシャ様どうなさったのですか?体調でもお悪いのですか?言葉遣いが……。いやいや、聞き間違いだ。聖女様は美しく、清らかで、謙虚さと真っ直ぐな心を持ち、優しく、温かく、人を愛し、人に愛される……人なのだから」
うん、そうだ。でもなんか心にヒビが入ったような気が……。
「えっ、きもっ」 byアリーシャ
「それって人間?」 byシェイラ
「幻想ぅ」 byリリア
完全に心が砕けました。
「いや、どうもなさってないし。あんたが新しくここ勤めになった神官でしょ?ロビンとロメロから聖女を女神様みたいに思ってるやつだって聞いたわよ。ここに出入りするなら覚えときなさい。あんたがどんな聖女様を見てそう思ったか知らないけど、そんなの演技だから」
「え、演技?そんなはず…………」
アリーシャは動揺するジャックを見据えながら腕を組む。
「仕事の依頼をしてくるのは主にお偉い男たちよ?で、自意識過剰で平民なんて虫けらと思ってるお偉方のおっさんやスケベな目で見てくる男共が多いわけ。そんな人達に向けるスマイルが本物だとでも?やつらに好意を抱くとでも?人間とはそういうもの……なんて愛くるしいのかしら、愛おしいわ。私を性の対象として見てくれるなんて嬉しい……なんて思うと思ってるわけ?きもさマックス。ストレス満タンよ。てなわけで気晴らしくらいさせなさいよ!」
マシンガントークの後おしゃれな店をビシッと親指で指したアリーシャ。言い切ったとばかりに去っていく。シェイラが本当にストレスが溜まるわよねーと言いながらあとに続く。
「聖女は聖がつくけど穢れ祓いができるだけの普通の女の子なんだよぉ?まさか……女の子は皆優しくてお淑やかで男に従順、悪口の一つも言わないなんてそんな夢見てるわけないよね?理想と現実は違うんだよぉ?こっちからしたらそんな女の子を理想としてるのもどうかと思うけどぉ」
じゃあねぇと背を向けながら手を振り去っていくリリア。
ジャックは暫く動くことができなかった。
なんだったんだ今のは。
きっとこれは夢か何かに違いない。
彼は取り敢えず先輩たちの元に話を聞きに行こうと聖女村にある神官庁聖女村支部の建物を目指して駆けて行った。
こんなのが聖女村などとは信じられない、有り得ないと否定的な言葉ばかりが彼の頭には浮かんでいた。
支部とはいうものの、聖女たちが足を踏み入れることが多いこの建物はそれなりの大きさがある。
窓からジャックが走ってくるのを見た神官たちはとても懐かしい気持ちになった。当然どうして走ってくるのかもわかっている。
なぜかって?
かつて自分たちも同じように駆け込んだものだから。
開かれる扉。もちろんそこに立っているのは異動初日のジャックだ。
「あの建物たちはなんなんですか!?清らかな聖女様は!?粗野なあの女性たちはなんですか!?聖女村はいつから俗物に成り下がっているのですか!?嘘ですよね!?自分が目にしたのは幻ですよね!?」
興奮気味に支離滅裂なことを叫ぶジャックに注がれる微笑ましげな生温い視線。
そうそう自分たちもあの猫被り集団の素を見たときは衝撃を受けたものだ。
見目麗しき聖女様がドレスを着て、しかもくるぶしが見えるくらい堂々と足を組んでいる姿……。神官たちにあれもこれも仕入れてきてと扱き使う聖女様……。大口開けてケーキを頬張る聖女様……。人の悪口で盛り上がる聖女様……。いやぁ、そんなしょうもないことでショックを受けたものだ。
今となっては日常の光景。なんとも思わないが。
――というか、長いな。
ジャックはまだ何やら叫んでいる。彼は聖女に対する思い入れ?思い込み?が桁違いなようだ。ショックなのはわかるがいい加減長過ぎる。
「ジャック。まあ聖女様たちの言動はさておき……別に聖女様が何にお金を使おうと勝手じゃないか」
近くにいた先輩神官がジャックに話し掛ける。
「何を言っているんですか!?困窮している人がいるのに神に仕えし者がそのような華美なこと……」
「いやいや、それを言ったら神官庁の本部なんてヤバイだろう?どこの貴族のお屋敷かと思うような美麗な建物。どれだけの金額をかけて建てたのか。お偉いさん方の部屋の調度品もなかなかのものだぜ?」
「それは、でも……あまりにも見窄らしくては神官として格が落ちちゃうじゃないですか」
「いやいや、神官はよくて聖女は清貧であれ、なんておかしいだろ?立場は聖女様の方が上だぞ?上司が質素で部下がゴージャスって、ないわー」
「でもイメージが…………」
「ある意味お前は素直なやつだなぁ。神官の上の方達はお金大好き女大好き名誉も地位も大好きだもんな。そしてそれが人々の間でも共通の認識になってるってな?」
「別にそういうわけじゃ……。神官だって色んな人がいるわけですし」
「聖女様だって一緒だ」
「………………でも、なんか裏切られたような気分です。あんな口悪いとか」
「お前だって神官のくせに、今聖女様のことボロクソに言ってるじゃないか」
「いや、それは事実で!悪口とかじゃ」
「聖女様だって思ったことを口にしただけだろ?ここは彼女たちが素でいられる場所なんだ。そこにお邪魔しているのはこちらだ」
「………………」
「ま、あまりお上品なお口じゃないのは事実だがな」
「ですよね!?」
「だが」
咎められるような言葉から一転して共感され、目を輝かせたジャックに強い視線が向けられる。
「聖女様たちは特別な力を持ち、穢れと対峙して人を助けているのは事実。それができるのは聖女様のみ。受け入れられずまた異動したいなら、それも構わない。だがお前が否定している聖女様たちは口が悪かろうと命をかけて仕事をこなしているぞ?」
「聖女様がこの世界で重要なのはわかっています。私もきちんと役目は果たすつもりです」
自分に言い聞かせるように言葉を放つジャック
「それでこそ俺たちの可愛い後輩だ。大丈夫だ外では彼女たちも理想の聖女だ!それが例えお金がたくさん貰えるからとか、自分の生活を守るためとかそんな理由でも、彼女たちをしっかり支えるんだぞ!…………まあ、結構外でも素を晒すけど……」
あ、今またなんか嫌な言葉を聞いた気がする。
いや、もうスルーだ。
素がどうであれ。彼女たちが穢れを祓い、世界をそして人々を救っているのは事実なのだから。




