38.成敗2
「う、ぅう…………」
???????
幼き頃から現在まで坊っちゃん坊っちゃんとちやほやされ、金の力でなんとかしてきた身。だが平民の世界ではそれが強力な武器となり、絶対的権力者であった坊っちゃんはこのような屈辱を受けたのは初めてだった。
羞恥心ここに極まれり状態の坊っちゃんの口から言葉にならないうめき声が発される。
「なによ!?何呻いてんのよ!?あんた商売人でしょ!?こおんな可憐でか弱い美女の言葉に何も言い返せないなんてみみっちい男ね?それともなにかに取り憑かれてるんですかぁ!?」
…………………………いやいや、聖女様……。
その場は呆気に取られていた。
いや、なんとも気まずいような居た堪れない空気が漂っていた。
だってなんか見ていいのか聞いていいのかわからないものが……だって皆のアイドル聖女様が人を馬鹿にしてきゃっきゃと目を輝かせて楽しそうにしているのだから。
「う、うるさいんだよ!ていうかいいのか聖女が!?人の見た目を笑うなんて非道なことして!?お前最低だな!言いふらしてやるからな!はは!お前の人生終わりだな!」
皆が反応に困っている間に少し冷静になってきたのか坊っちゃんはやっと言いたいことを言葉にできた。なお出てきた言葉はなんとも幼稚いというか、小者感満載の言葉だったが。
しかし……別の意味で皆は静まり返り心配そうにちらちらとアリーシャに視線を向ける。
評判とはなかなか厄介なもの。
まして聖女は美しく、清らかで、心も美しく、汚い言葉など吐かなさそうで……だからこそ聖女は圧倒的支持を得ている。
悪評などばら撒かれては――。
にやにやとした視線と心配そうな視線、相反する視線を受けたアリーシャは――
どうでもいいと言わんばかりに鼻で嘲笑った。
それは
なんとも
美しく、
そして……
なんとも
意地クソの悪い笑みだった。
「ふふっ……ぶっ!くくっ……!」
おーう。噴き出すアリーシャを見て、神官たちは心の中で天を仰ぐ。
「あー……。なんでそんなみんな聖女に夢見がちなのかなぁ……」
笑いを抑えたアリーシャの口からポロリと溢れる言葉。
その言葉に空気がぴしりと凍る。固まる人々をゆっくりと見回した後、その視線は坊ちゃまに固定される。先程から何度も視線を向けられているが、何度向けられてもその美貌にドキドキとする。
まして、なんというのか清らかさの中に
今は物憂げな色っぽさがある。
ムカついているのに、苛立っているのに……
こう何度も視線を向けられ、真っ向から対峙してくるアリーシャに自分だけ特別扱いされているような錯覚に陥りそうだ。
放たれる言葉は少々辛辣であるけれども、愛情の裏返しというか、いわゆるツンデレというか(ツンしかないが)、もしかしたら自分に春が訪れそうな気が――――。
頬が赤くなる坊ちゃん。
「ま、まぁ…………あ、あんたの態度次第ではやめてやらなくもないけど…………」
恋する乙女のごとく頬を桜色に染めアリーシャをちらっちらっと見る様はなんとも気色悪い。周囲からきもっと聞こえてくるが気にならない。
そんなふうに心が軽やかで今にも飛んでいきそうな気持ちだったのだが――。
「いやいや、聖女だって綺麗だな~かっこいいな~と思う事もあれば、ブスでデブでおじんだしないわ~って思うこともあるわよ」
ん?
「なに聖女の目には全てのものが美しく映るとでも思ってるわけ?どんなフィルターが目についてるのよ」
いや、そんなことは思ってはいないが……
「馬鹿にしてるつもりではないけど、美人だなーと思うこともあれば、うおっと思うこともあるでしょうよ。人間なんだから。あ!でも言わないわよ?人間としてのマナーでしょ」
いや、さっきめっちゃ言ってたような。
「なによその顔?ああ、あんたみたいな勘違い野郎にははっきり言ってあげたほうが世の為でしょう?人のことごちゃごちゃ言う前に鏡でちゃんと見ろっての。人に迷惑かけるようなうざ絡みないわ~」
心の声が聞こえてるー……。いや、聖女の口から出ている。
「ていうか治癒師のみんなかわいいし、一生懸命働いてる頑張りやさんじゃん。なんでそんな子たちにけなすようなこと言えるわけ?」
美醜だけではない。アリーシャにくだらない嫌がらせをしてはいたけれども、ちゃんと皆自分の務めは果たしている。サボっていたわけではない。自分が相手する患者とはしっかり向き合っていたのをアリーシャはちゃんと見ていた。
「そもそも劣化版だのなんだのってさー。治癒師と聖女は違うものなんだよ。違う職業。比べるのがおかしいでしょうよ。人にはそれぞれ役割があって彼女たちはしっかりやってる。私の目にはとっても美しい女性たちにしか見えないわよ?」
その場はシーン……と静まった。
治癒師たちは思う。
違う。
そうだ違うのだ。
そもそも役割が違うのであって、何も恥じる必要などない。自分たちは持つ力でやることをやる。それに対し聖女に劣等感を抱く必要などないのだ。
周りは勝手に色々と言うが、自分たちが自分を貶めるのは違う。
まあ……あの美貌とかやっぱり羨ましいとか思ってしまうけれど――。アリーシャにあんなことをするべきではなかった。
なんとなく場が後悔が混じりながらもほんわかと穏やかな空気になった。がアリーシャは止まらない。
「ていうか、言いふらしたいなら言いふらせばいいわよ?でもデブでブスでクソ性格悪い金持ち坊ちゃまから放たれる言葉と、ものすんごい美女で命をかけて穢れ祓いをし続ける健気で頑張りやな聖女様の姿……人はどっちを信じるかしらねぇ?」
おーほほほほほ……と高笑いするアリーシャに周囲の者の口がポカーンと空いた。
えーーーーーー…………それ自分で言っちゃう?
ちょっと自意識過剰では……。
「弱者を虐めたわけでもないんだからセーフよ!悪徳金持ちにビシッと言ってやったなんて……むしろ株が上がっちゃうわ~」
むふふと喜ぶアリーシャ。
「ていうかぁ……」
え、これ以上まだ言うことがあるの?皆の口がポカーンと開いた。
「聖女見に来たとか、変えろとか言ってたけどさぁ。
チェンジってここは娼館?
次そんなこと言ったら、観覧料と指名料もらうから」
なぁんちゃって~~~~と笑うアリーシャを暫く坊ちゃまは見ていたが、静かに立ち上がると物言わずお付きのものを連れて帰っていった。
あんなのは聖女様じゃないとぶつぶつと言いながら。
男3人が立ち去った後、パチパチパチと手を叩く音が治癒師を中心として聞こえてきた。次第に大きくなっていく音といいぞ聖女様!かっこいい!という声。
なんかよくわからないまま釣られるように手を叩くものがほとんどだったが。
彼らは心で思う。
いや、なんかこれは良いのか?
見てはいけなかったような……
というか聞きたくなかったというか……
誰にも言っちゃいけないような……
まあとりあえず場は収まったので良いのか。
その場はよくわからない拍手が暫く続いた。




