37.成敗1
「で?」
「…………………………?」
にこやかな笑みを浮かべながら発されたアリーシャの第一声にクソジジ……ごほんっ!坊ちゃんはしばらく口を開けたまま呆けた後に?マークを浮かべながら軽く首を傾げた。
うーん、可愛くない。
「で?」
そんな坊ちゃんに構うことなく、アリーシャは表情を変えず同じ言葉を繰り返す。
「…………?……あの……えっと、あの……アリーシ「ああ!」」
テッテロリーン閃きました~とばかりに表情を更に明るくしたアリーシャは口を開く。
「頭ですね!」
「は?」
は?と口から音を発したのは坊ちゃんだけだったが、周囲の者も心の中で同じように発していた。皆が疑問符を浮かべる中、アリーシャは構わず続ける。
「頭に何か問題を抱えているんですね?」
「あ、あたま……?」
「ええ、だから治癒師たちに意味のわからないイチャモンをつけるし、聖女を出せと叫んでいたんですよね?わかります、わかります頭は不安ですよね?焦っちゃいますよね?治癒力高そうな聖女に縋りたくなりますよね……ですがあいにく病は治せないのです」
明るい表情から一転、憂いを帯びた表情になったアリーシャに坊ちゃんは見惚れる。伏し目がちになったことで長い睫毛が影を作り儚げな雰囲気を醸し出し、実に可憐である。
………………いやいやいやいや
「頭はおかしくない!」
アリーシャの言葉の意味を理解した坊ちゃんは顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら叫ぶ。何やらごちゃごちゃ言っているが、耳に入ってこない。というか聞く気などない。
ばっちぃ。
平然とハンカチを取り出し、顔を拭くアリーシャに呆気に取られ口をポカーンと開け固まる坊ちゃん。
「頭ではない……?………………ああ……!」
再びアリーシャの口から、ああという単語が漏れた。
「「「……………………」」」
先程も彼女の口から発されたああという言葉。けれど先程と違い、とても悲壮感たっぷりな感じである。3人は嫌な予感がした。
もちろんそれは的中した。アリーシャはああ、悲しや……とでもいわんばかりにおでこに手の甲を当てふらりと……いやふらついてもいないのに、あたかもそう見えるのはなぜだろう。
というか、彼女は今度は何を言うつもりなのか――――
「……顔ですね」
「「「は?」」」
意味を計りかね、思わず聞き返したのは坊ちゃんだけではなかった。坊ちゃんたちの粗暴な態度に縮こまっていた周囲の者たちは興味津々とばかりにアリーシャを見つめる。
「ですから…………」
チラッチラッと周囲を窺い見たあと、ちょっと奥様ご存知?とでも言いたげにこそこそっと手の甲を口横に持っていく。
「そのお顔をイケメンにしたいのですよね」
こそこそとした動作とは裏腹になんともよく通る声で、いやわざと周囲の者にもよく聞こえるように放たれた言葉に坊ちゃんは呆然、そして周囲の者は――
「ぶっ」
「やだぁ」
くすくすと嘲笑った。
「な、何を……言って」
「申し訳ございませんが、顔の形を変えることはできなくて」
申し訳ないですわ、と右頬に手を添え残念そうに呟くアリーシャはとても可憐だ。
坊ちゃんは見惚れて口を噤んだ。
アリーシャの口角がニタリと上がるのに気づくまでは――。
「何をふざけたことを!聖女が人を馬鹿にする様な態度をとっていいと思ってるのか!?」
「ふざけてなどおりませんが?ケガも見当たらず、病……があるようにも見受けられませんし……。少々頭が?と思いましたが違うようですし。私がぱっと見たところ悪いところといえばその見た目くらいしか……」
そう言いながら顔を見て更に下の方にも視線を移す。そのむっちりボディに。
その視線の意味に気づいた周囲の者から更にくすくすと忍び笑い、いや、めちゃくちゃ笑っているものもいる。
坊ちゃんは口をパクパクしながらどんどん顔を真っ赤にさせていく。そして唾を巻き散らかしながら叫ぶ。
「ふ、ふざけるな!聖女が来たって聞いたからわざわざ見に来てやったのに。ちょっと顔はいいかもしれないけど所詮、お前だって貧乏な平民だろう!?大金持ちの俺に向かってそんな態度をとっていいと思っているのか!?」
「あらあら、見学者でしたか。……だったら騒がず大人しくただ見てなさいよ」
すんと真顔になり髪の毛をかきあげながら発された言葉に坊ちゃんは言葉を失う。
なんなんだ、この女は。聖女……なんだよな…………?
「ここは診療所なのよ。怪我や病気を治療するところ。ただ聖女を見たくて来たなら邪魔にならないように隅にいなさいよ。こんな大騒ぎして特等席でこの美貌を見ようなんて……金とるわよ、金」
「……っ……!?」
坊ちゃんは自分の中で何かがガラガラと崩れていくのがわかった。いや、聖女の理想像が――――。
「だいたいさぁ金持ちか何か知らないけど、治癒師にいちゃもんつけるなんて何様よ?あんたみたいにふんぞり返って威張り散らしてるやつより人の怪我治して病が少しでもよくなるように努力している人の方がえらいじゃん。治癒師は人が最も大事な命を救う仕事をしている尊い人よ?」
まっすぐに男の目を見て言った言葉なのに男だけでなく周囲の者まで静まり返る。うんうんと頷くもの、気まずそうな顔をするもの、様々だ。
「聖女の劣化版とか言われてるけど、そもそもほんの一握りの頂点の人を除けば誰かの劣化版みたいなものじゃない。私だって、大聖女様の劣化版よ」
大聖女……この世を救った桁違いの聖力を持つと言われている聖女。その人に比べたらアリーシャなど劣っている、たぶん。
「あなただって超超超金持ちと比べたらまだまだ小金持ちでしょ?血筋だってここにいる平民となんら変わりないし……見た目に至ってはねえ……普通にブザイクだし。よく人のこと劣化版とか言えるわよね」
あ。
普通にブサイクって言った。
誰も音にして口に出していないのに、坊っちゃんの耳には皆が心の中でそう思っているのがしっかりと聞こえた。
顔が羞恥で朱に染まった。




