34.任務
アリーシャ、ロメロの2人はある大きな診療所の一室に横並びに立っていた。
目の前には忙しい中なんとか集まることのできた数人の治癒師や助手の人々。彼らは2人をチラチラと不審げな表情で見ていた。
(ふぅん……) アリーシャ
(この女性が……) ロメロ
(う~~~~ん……) アリーシャ
(なんというのか………) ロメロ
(…………うん、まあ) アリーシャ
2人がじぃーーーーっと1人の女性を凝視しているからだ。
彼らの視線の先には可愛らしい一人の若い女性。ふわふわと波打つ柔らかいクリーム色の髪の毛を緩く一つに結び、黒いワンピースに白いエプロンをつけている。目はぱっちりと大きく、小鼻と桜色の唇がバランスよく配置されている。そしてまとう空気はなんとも穏やかで心が落ち着く。
2人はちらりと女性から視線を外し、彼らの隣に立つジャックに視線を向ける。
彼はこの前のようにぼーっとはしていないが、なんとも平和ボケしたぽーっとした生暖かい目で女性を見ていた。
なんともわかりやすい男である。
この女性が彼の心をゲットしたのは間違いない。
だが…………
なんとも意外である。
ちらりと再び2人の目が女性に移る。
((可愛いんだけど…………))
そう、可愛い。可愛いのだが、
((…………思ったより普通?))
こうなんだろうか……自分たちの中で相手を美化しすぎたのだろうか?
超堅物非現実聖女理想狂なジャックが惚れた相手。
聖女並みの美貌で、スタイルも抜群で、慈愛に満ちた笑顔で、なんでもうんうんと頷いて、おトイレにも行かなさそうな感じの女性を連想してしまっていた。
まあ、自分を遥かに上回る美貌になどお目にかかったことなどないのだが。
目の前の女性は可愛らしいし、雰囲気も柔らかで癒し系だ。だがまあ一般人10人中2、3番目?という感じだ。美女たちの中に入ってしまえばうもれてしまうだろう。
うーーーーーーん………………………。
これはよっぽど中身が非現実的な善人なのかもしれない。
「あの………………」
見すぎたか。
女性が少々眉を下げながら戸惑いの声を掛けてくる。
こういうときは――――――
「短い期間ではございますが、こちらに派遣されましたアリーシャにございます。こちらは神官のロメロでございます。至らぬ所が多々あるとは思いますが、少しでもお力になれたら幸いにございます」
ふわりとバックに花々が咲き乱れる春の如き暖かな微笑みつきでのご挨拶。力技で知らぬ存ぜぬ、なんでもない風を装いごまかす。
その笑顔に見惚れるもの多数。
もちろん女性もその一人だった。
~~~~~~~~~~
「いや~それにしても光栄にございます。我が診療所に聖女様が……しかも、最も優れた聖女様と呼び声お高いアリーシャ様に来ていただけるなど…………っ!」
嬉しさのあまり感極まり言葉に詰まる小太りの中年おじさん、もとい診療所の所長。
あ、
なんか同僚が惚れた相手がどんな人か偵察に来た自分たちの心の汚さが際立つ気がする。なんとも申し訳ないような、気まずいような複雑な心境である。
そう、彼らの今回の任務はジャックの想い人がどんな人か見極めること。そして、診療所の手伝いである。
ちなみにもともとこちらの診療所より人手が足りないとヘルプ要請が入り、ジャック一人が派遣されていたところに神官長がなんやかんや言って2人を追加で派遣した形だ。
アリーシャに女性を見極めるようにというのが任務なのだが、別にアリーシャに特別な見極め術があるわけではない。神官長が聖女様々……超優秀超人外、なんでもお見通しなどと思っているわけでもない。
なぜアリーシャというか、聖女を派遣したのか?
それはジャックの父親が神官長に泣きついたから。
可愛い息子が性悪女に誑かされていないか心配で眠れないと。どうにかできないか、と。息子の恋愛事情筒抜けである。どこかにスパイでもいるのだろうか。
神官長は思った。
喜んでお任せください、
などと思うはずもなく、
え、面倒……と。
だいたい成人した大人の恋愛、
ほっとけばよいのじゃと思う。
しかし、
どうにかできないか――それは相談というよりも、しろという命令。
それに女性が良い人だと分かればよし、やべえ女なら引き離すべし。うまく乗り越えれば公爵とより強い結びつきができ、利益となる。やること自体は簡単な気がする。
どうにか…。
どうにかならんか……………………ピコーン!
神官長様閃いてしまいました!
聖女に丸投げしちゃおう。ジャックの父親である公爵は宰相の地位に就いている。聖女に対する尊敬の念が引くぐらい強く、崇拝しちゃっている。
彼女たちがいいって言えば、多少の性悪女でも納得するだろうし、本当にヤバい相手なら引き離せばいい。後から何か言われても聖女様が……といえば引くだろう。
それになんやかんや言ってジャックは聖女が駄目だと言ったら大人しく身を引くような気がする。うんうん、たぶん引く。彼はそういう男じゃ。
たぶん公爵も自分の言う事は聞かないけど聖女とか仕事関係者の話には耳を傾けるとわかっていて話を振ってきたと思う。
うんうん、聖女に任せるのが一番。後は流れに身を任せ。
何よりも自分は忙しい。
お貴族様たちといったらあっちもこっちも、どうにかしろ、どうにかしろ……と。
あ、コメカミの血管が……やばいやばい。
というわけで、どうやって聖女たちを丸め込もうかと聖女村に向かったら、興味津々な様子。本人たちもやる気満々。神は我に味方した也。
というような神官長の他力本願な考えによりやってきた聖女1人と神官1人。シェイラとリリアとロビンはお留守番というか他の任務についている。聖女とて忙しいときはかなり忙しい。とても残念な顔をしていたが、こんな任務に3人の聖女をつかせるなど勿体ない。
3人共興味があるようだったので、厳正にくじ引きで派遣さるものを決めたらアリーシャだった。
というわけでやる気満々で来たはずだったのだが…………。




