33.恋
「あれは恋煩いですじゃ」
「「「「「まっさかぁ」」」」」
神官長の発言を皆で即座に切り捨てる。
「まさかではない。恋煩いだっちゅうに」
「「「「「すみません」」」」」
そんな怖い顔で言わなくてもいいのに。しょぼんとする5人に神官長は呆れ顔をしながらお相手について述べる。話を聞き終え現実味を帯びてきた神官2人は仲良くハモる。
「「ジャックが…………恋!?」
叫ぶ神官二人は仲良くハモる。
あの堅物夢見がちジャックが恋!?
仕事大好きジャックが仕事に手がつかなくなるほどの恋!?
驚きーとしか言いようがない。だが暫くしてくると少しなんとも微笑ましいような甘酸っぱい気持ちが湧き上がる。
恋……良い響きだ。かつて自分たちも落ちた。
妻に。
可憐で気高き聖女。
こう見た瞬間に胸に仄かに花がうっすらと開いたものだ。
彼女の一挙一投足が気になり、目が合っただけで、お供に着けられただけで胸が弾んだものだ。
両思いになれたときは頭の中にお花が咲き、よく上司に仕事をしろと叱られた。
ああ、懐かしい。
今は、愛しい妻だが、うん。
まあ色々と本性も見えてくるし、うん。
甘酸っぱさはないかな。うん。
嬉し懐かし思い出に浸っている二人は気づく。
3人の聖女が
下を向き
唇を噛み締め
腕をさすりながら
ブルブルと震えていることに。
「「聖女様!?大丈夫ですか!?」」
これまた仲良くハモる神官二人。
「「「………~…………~…………」」」
「「?」」
3人がそれぞれ何やらごにょごにょ言っているが、何を言っているかは聞き取れない。
え、急に何事?
体調不良?
3人一斉に?
感染症?
はっ!もしや……
穢れが発生したとか……
3人が震えるほどの脅威とは――――ガバッ!
うおっ、びっくりした。
3人揃って上がった顔に驚く神官二人。
その顔は透けるように白く血の気が引いている。
いや、これは冗談抜きでヤバい感じでは……
「「「きゃーーーーーーーっ!」」」
「「!?」」
可憐な口々から漏れ出る悲鳴、もとい恐ろしいものを見たときのような奇声に目を見開く神官二人。
「ジャックが……恋!?」
「あの堅物夢見がちジャックが……!?恋!?」
「仕事大好きジャックが仕事に手がつかなくなるほどの恋!? 」
なんだろう。
この自分たちが考えたことと同じなのに鬼気迫るような、世にも奇妙なものをみたようなこの感じは
思わず遠目になる神官二人。
「いやいや、ジャックだって人間なんだから恋くらいするわよね!?」
「え!?じゃあ、何?それ人間?みたいな善人が存在するってこと?」
アリーシャ様……そんな自分に言い聞かせるように必死に言わなくても……。シェイラ様……人間?って……別に心が優しさで溢れて、邪な心や妬みの心を持たない人間だっているだろうに。自分たちが少々性格に難アリだからとそのような見方をするのはいかがなものだろうか。
まあ常々聖女に対する高尚なイメージが強すぎるジャック。彼の女性へのタイプもたぶんそんな感じかもしれないと思うのは致し方ない。
でもあくまでそれは聖女に対するイメージで理想の恋人の姿ではないかもしれないのでは……?
青褪める3人はおたおたしながら好き放題言っている。
ちょっと、これは色々と失礼ではないだろうか。
「…………は!」
は!?今度はなんだ?リリアの顔が更に青褪めたかと思うと口が開いた。
「もしかしてぇ…………騙されたりしてないよねぇ?」
その言葉に聖女たちだけでなく、神官も青褪める。
あり得る。
ジャックは公爵家の末っ子。家族仲も悪くない。
神官としてもその血筋からして上に上がっていくだろう。
見目麗しいとまでは言わないが、清潔感のある好青年だとは言える。金持ちや権力がある脂ぎったおじさんやふくよかな青年よりも何千倍も一般受けするはず。
性格は真面目で誠実。浮気の心配もあまりないだろう。
かなりの優良物件。
それを手に入れようと女狐が…………
5人の脳裏にゴージャスな金髪美人がにたりと口角を上げる様が浮かんだ。
「「「「「いやーーーーーーっ!!!」」」」」
上がる悲鳴に何事かと神官たちの注目を浴びるが気づかぬ5人。そして、そんな悲鳴にも無反応なジャック。
ジャックは見る目がない。きっと演技だろうと気づかない。特にこう清楚な美女とかが美しい涙の一つでも見せたら、毅然とした態度を見せたならそれが演技だろうときっと落ちる。
その中身が真っ黒くろすけだろうと騙されるはず。
脳内がパニックでゴージャス金髪美人から清楚美人に変わっていることに気づかない5人。頭の中が完全に暴走モードである。
「落ち着きなされ!!!」
どんっと杖を床に強くつく音と場を凍らせるような威厳のある声が耳に入る。
いや、実際に神官長は彼らの頭を冷やそうと魔法による冷気を発していた。
「暴走のし過ぎですぞ」
あ、やば……。こめかみに青筋を浮かべる神官長が目に入った5人は察す。
説教だ。
「よく聞きなされ!そもそも別にジャックは何かを貢いでいるわけでもいないのじゃ。それなのに騙されたのなんだの何を騒いでいるのじゃ?」
「「「「「申し訳ございません」」」」」
床の上に正座ではなく、神官長の前にきれいに横一列に置かれた椅子に腰掛け項垂れる5人。
「だいたい人の恋路にごちゃごちゃと、斡旋ババアじゃないんですぞ。ジャックが誰に恋しようと自由じゃろう?それにお相手の方がジャックを手に入れようと猫を被るのがなぜいけないのじゃ?誰しも女性ならやっていることじゃろ?」
「「「「「おっしゃる通りでございます」」」」」
誰しもは言いすぎな気もするが……、まあ大なり小なり好きな相手にはよく見られたいといつもと違う言動にはなるものだとは思う。
「そもそも付き合ってるわけでもなければ、2人の間には何かがあるわけでもないのですぞ?なのにごちゃごちゃと……あの方たちだけでも面倒なのに、貴方がたまで………………」
うん?
他にもジャックの恋を気にするものが……?
…………?……………………………!
ピコーン!3人の聖女の頭が閃いた。
そしてににたりと上がる口角。うんざりとした表情は消え、爛々と愉しそうに輝く瞳がとても美しい。
彼女たちは察した。神官長が聖女村に来た理由を。
「ほっほっほっ。聖女様たちはさすがですなぁ」
神官長は思う。聖女に必要なものとはもちろん穢れを祓う能力、そして人を惹きつける美しさ、なんやかんやいって人は美というものに弱い。そして、察しの良さ――――力を持つ平民が貴族と渡り合うにはとても重要なものだ。
それに比べ神官2人ときたら……ちらりと困惑する神官2人を見やる。
はぁと息を吐いた後、少し背中を伸ばしトン、と床に杖をつく。5人の顔がすっと引き締められる。いや、若干ニヤけているものが3人いるが――――まあ、良しとする。
「任務を申し伝える。――――――――――」
申し伝えられた彼らの顔はウキウキしていた。




