31.皆幸せ
そんなこともあったと思い出し、ツリーズ家に協力を頼んだのだ。変人侯爵様もありがとうといったところである。
「まあでも今回は皆幸せな気分で終われて良かったですね」
顔も知らぬ侯爵に心で感謝を述べていたリリアはジャックの言葉に目をパチクリとさせる。
「幸せぇ?」
「あらあら、何言ってるのかしら」
「本気?」
ジャックの言葉に聖女3人組は呆れ顔である。何もおかしなことなど言っていないのに、と片眉上げるジャック。神に仕える神官としては幸せになる人が多いというのは喜ばしいことである。たとえ悪人であっても……
「リリア様はお望み通り謝礼金を得て、
ツリーズ伯爵家は聖女であるリリア様に恩が売れ、
侯爵家も金蔓を手放さずに伯爵家やリリア様に恩が売れ、
男爵家は予定通り侯爵家の姻戚関係になれ、娘は惚れた男が手に入る。
皆、何かしら得られたではありませんか」
それはそうなのだが。3人はお互いの顔を見やる。
男爵家に関してはリリアに金を払い、現状を維持することができただけ。彼の持つ資産から見たらどうということはない。それに世に出回る本に出てくるヒーローにやられる悪役の顛末から考えたら彼は結局欲しいものは手に入るわけだからなんとも幸せな小悪党といったところだろう。
だが――
「ま、そりゃそうなんだけど。ジャックは本当に彼らが幸せに……」
呆れながら紡がれるアリーシャの言葉を手を前に出しピタリと止めるジャック。何よといわんばかりに怪訝な表情を浮かべるアリーシャの顔をピタリと見据え視線を合わせる。
「言ったではないですか。皆幸せな気分で……と」
一瞬の沈黙の後、プッと堪えきれぬ笑いが出たのはどの聖女からなのか。それを皮切りにクスクスと忍び笑いが漏れ、あはははははと大きな笑い声と変わっていく。
3人は嘲笑う。ジャックのその仄暗い邪気を纏った笑みを浮かべる顔を見て。
彼が何を言わんとしているのか理解して―――。
「……ジャック、いい性根になってきたじゃない」
「あらあら、素敵な微笑み」
「神官としていいのかなぁ?」
からかってくる彼女たち一人一人を見る。
何を言っているのだか。
そう言う聖女様方とて、
美しき悪魔の如き黒い……ゴホンッ妖しき微笑みですよ。
「アリーシャ様、シェイラ様、人とは共に過ごす者たちに似るものですよ」
「えー、私たちもクソ真面目な神官に似てきたってこと?」
「まあ……綺麗事大好き、偽善大好き、でも自分大好き、金も大好き、権力大好き、強者に強くでられない神官に似るなんて私嫌よ」
はははは、唯我独尊くせの強い聖女様たちが神官に何か影響を受けるなんてあり得ないでしょうね、と言いたいところだが黙っておく。
どんな言葉が返ってくるかわかったものではない。
顔を見合わせ、ねーと言い合う様はとても可愛らしいが内容は全然可愛くない。神官ディスりである。
的を射た言い方ではあるのだが。一概には言えないがなんやかんやいって神官だって人間。神にお仕えする身であっても煩悩は浮かぶものだったりする。
聖女と近しい存在だからと、それだけで尊敬の念や忖度というものをされることもある。そして、誘惑というものも多いものなのだ。
そして、その分世の汚い部分も見ることが多かったりするわけで。そういう者に罰が当たっちまえと心の中で思うこともしばしばというもので。
かと言って一介の聖職者が悪事を暴いたり、権力者に楯突くことも難しいというものだ。貴族というものは多少なりとも何かしら後ろ暗いことはしているものでそれが当たり前。まして今回男爵がしようとしたのは聖女への謝礼金未払いという責められる要素はない。まあ聖女への態度、領民への態度は地獄に落ちるに値する罪だとは思うが。
だからこそ……
悪徳貴族が不幸に見舞われるであろうことを考えるとちょっとばかり嬉しく思ってしまうのは仕方ないこと。
神官だって人に対し心で悪態をついたり、
不幸になってしまえと願ったり、
嫌いなやつの不幸を嘲笑ったり、
そんなことくらい許されるだろう。
まして今回は男爵家はリリアに貴族として本来払うべき金を払っただけで、何も失っていない。ほぼノーダメージと言って良い。他者の幸せを妬むことなく自分のことのように喜びなさい。そう、良かった。彼らが得られるものを何一つ失わなかった。
そう、今は――――――――――。
果たして男爵家は幸せになれるのか?
侯爵家と姻戚関係になったとして。
――――侯爵家から得られるものは?権力?金?侯爵が持っていないのに?人脈?侯爵が素直に男爵に紹介するとでも?
ああ、優越感?それなら得られるかもしれない。彼の取り巻きたちから。婚前と変わらないけれど。
――――愛する人を手に入れた。ライバル(一方的な敵視だが)ではなく自分が手に入れた。そりゃあ嬉しいだろう。愛?見栄?優越感?様々なもので心がいっぱいだろう。
自分が手にしたものが大して価値のないものだと気づいたときも幸せな気分でいられるだろうか。
彼は人を破滅に導く男であるのに。
4人は仄暗く笑う。
もしかしたら侯爵だって成功するときが来るかもしれない。だがそんなことはどうでも良いのだ。良かったね、ちゃんちゃんだ。
だが現時点でその可能性は0に近い。
十分、彼らが不幸になる姿が思い浮かぶ。
そして、現実的にそうなるだろう。
ふふふふ……そのときのことを想像し笑ってしまう3人。ああ……人の不幸は蜜の味とはこのことだ。
「皆様、そんなに悪い顔をしてはいけませんよ」
「あらあら」
「何をおっしゃるジャックちゃん」
「一番悪い顔をしているのはあんたでしょ?」
ジャックの言葉に愉しそうに返すシェイラ、リリア、アリーシャ。
「ふふふふ……私が言うのもなんだけどぉ、神官たるものがそんな顔していいのかなぁ」
何をおっしゃいますリリア様。金をぶんどろうとしていたあなたには言われたくなどありませんよ。
でも
「いいんじゃないですか?私は聖女様方のために存在しているのですよ?貴方がたのことを一番に考えるのに何か問題が?聖女様方の御業に感謝せず軽んじるものなど…………ねぇ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべたアリーシャの口からヒュウと音が鳴る。
はしたない、と注意をしようと思って口を開きかけ、やめる。まあこんなときがあってもいいだろう。
今日の自分は気分が良いから。




