27.教会での相談会
そうあれは1年程前。
教会での相談会でのことだった。
「笑顔、笑顔ですよ~リリア様~。スマ~イル、スマ~イル。あら素敵、素敵すぎますよ~リリア様~」
うるさいよぉ、若造神官君。たぶん自分より年上だけど。
そんな宥められなくても最後までちゃんとやりきるよぉ。
だからお黙りになってほしいなぁ。
現在リリアは教会の中の一室にいた。
教会には悩める人々が集う。教会では度々神官が相談に乗っているのだが、たまに聖女にもその役割が回ってくる。
が、この聖女の相談会というものには人が集まる集まる。
リリアはふぅ~と息を吐く。
本当に悩んで来る人もいるのだが、聖女見たさに適当に何かしら理由をつけてくるものが圧倒的に多い。そういった者でも邪険にするわけにはいかず、ずぅーーーーっと笑顔を貼り付けてきたが、辛い。
先程などは……
ぽーっと人の顔に見惚れていたかと思ったら、机の上に置いていた手に手を伸ばす男性。触れられる前にとっさに手をさっと引いたがキモかった。
彼は神官たちに引きずられていった。
その前は下ネタ満載の相談……というよりも、下着の色はだの、処女なのか等々下心ありありの質問ばかりする中年ジジイだった。こちらも早々に神官たちに引きずられていったが。
はあ…………疲れるぅ。
というか、普通に苛立つ。
悩みというのはなかなか吐き出せない人もいる。だが聖女になら……と勇気を出して来てくれる人もいるのだ。だが時間は有限。全員の相談に乗れるわけではない。そういう人たちを帰らせるのはあまり気分のいいものではない。
早朝から始まり日が暮れてもう少しで終わりという時間帯なのだが、まだ教会の外には人がいる状態である。
だが、もうお終いだ。これでも3時間ほど延長したのだ。休みたい。相談室を出て自室に戻ろうとするリリアに声がかけられた。話を聞き終えたリリアは満面の笑みを浮かべる。
「はい?」
顔は笑顔、迫力は怒り。はてさてこれは喜んでいるのか怒りなのか。
「……それは承諾のはいではありませんよね…………」
目はキョロキョロと彷徨い冷や汗をだらだらとかきながらもリリアの前に立ち続けるのは先程スマイルスマイル言っていた若造神官である。
「せいか~い。3時間も延長してセクハラ、パワハラ、勘違い相談にも笑顔を絶やさず乗り続けた私にもう一度言ってくださいますかぁ?」
「は、はいぃぃぃぃぃ。あの……貴族の方がどうしてもリリア様に相談がしたいといらっしゃったので教会長室へお願いしますうぅぅぅぅぅ…………!」
胸の前で両手を握りしめぎゅっと目を瞑りながらブルブルと震える神官。
リリアの口から息がこぼれるとビクリと跳ねる身体。
…………私は悪魔ですかぁ。そんなにビビらなくても……神官、特に若い神官にとって聖女というのは偉大な存在なのだから仕方ないのかもしれないが。
「…………ちゃんと行きますよぉ。もちろん……謝礼金はもらえるのよねぇ?」
リリアの言葉にぱあっと表情が明るくなりこくこくと頷く神官。その神官をじいっと見つめていたが自然と口が綻ぶリリア。神官の震えが止まり、代わりにその顔は朱に染まる。
何気ない、微笑み。だがその威力は抜群だった。
たとえ微笑みの理由が金がもらえることだったとしても。
二人ともほんわかとした気持ちで教会長室前まで歩く。
「ねぇ」
「はい」
そう、そんな気持ちは教会長室の前までだった。
「これさぁ、入らなきゃ駄目だよねぇ?」
「僕は……帰りますね…………」
「ちょいちょい待てぇい」
和みモードはとても短かった。
今、2人の耳には男女の言い争う声。
「これは貴族様が言い争ってるんだよねぇ?」
「だと思います」
「まじかぁ」
貴族同士のトラブルなどに平民が口出ししても良いことなどない。男女のようだから恋愛のもつれ?相談とは仲裁だろうか。何にしても厄介そうだ。
だが、一応聖女に相談という形で来ているわけで……無体なことはされないだろう。
うん、大丈夫だぁ。
というか入るしかない。
意を決して聞こえるとは思えないが、ノックを2度した後失礼いたしますと言ってから入る。
…………………………あらぁ?
リリアが入った途端、止む怒鳴り声。
目の前にはオロオロとする白ひげを生やした教会長と
きりりとした吊り目が魅力的なダンディなオジサマと
同じく吊り目が魅力的なセクシーなご令嬢がいた。
相手は貴族。さっと頭を下げようとしたとき、オジサマと令嬢が先にさっと頭を下げた。
………………あら?
なんだこのバカ丁寧な二人は。時間外に来て大騒ぎしているからどんな非常識な輩かと思ったのだが。意外とまともである。
「リリア様、このような時間に申し訳ございません。隣国にて伯爵位を賜っておりますツリーズと申します。こちらは娘のマリアにございます」
その言葉にご令嬢は更に頭を下げる。先程まで大喧嘩していたとは思えないナイス連携プレーである。
「伯爵様から謝罪など……滅相もございません。リリアにございます」
遅ればせながら2人以上に深々と頭を下げるリリアに2人は頭を上げる。頭を上げるように言われ、リリアも頭を上げる。
挨拶をしたことで心に余裕がもてた3人は腰掛ける。教会長と若造神官はリリアの後ろに控える。
なんか、自分よりもだいぶ年がいった教会長を立たせておくのはなんとも忍びないが、致し方なし。
「私にご相談とは……?聖女などと言われておりますが、平民の私が何かお役に立てることなどないと思いますが……」
お貴族様が平民に相談事。貴族に解決できなくて平民にできることなどあるのか?と思いつつ、話だけは聞く姿勢を見せる。
実際できることと言えば、穢れ祓いと怪我を治すくらいだが、なんとなくそういう理由で来たわけではない気がする。
「…………………………あの……そのですな…」
重苦しく口を開くものの本題にはなかなか触れない伯爵。それほどまでに言いにくい相談事とは一体何なのか。リリアは不謹慎ながらちょっとわくわくしていた。




