26.winner
「ふふっ………ふふふふっ………ぶっ!…むふふふふふっ!」
いや…きもっ。
いや、むふふふふふって。
流石にないわぁ。
なんとも品の無い笑みをこぼすリリアを前にしてアリーシャとシェイラはドン引きである。
ここは聖女村支部内にある聖女の歓談スペースである。簡素なテーブルと椅子が置かれた空間である。聖女村にいくらでも話をする場所はあるのだが、仕事の連絡とか神官長に呼び出されたときの待ち時間など意外と使ったりする聖女は多い。
お茶も淹れられるし、お菓子も置いてある。持ち込みもできるので3人はよくここでガールズトークの花を咲かせている。だってお茶もお菓子もただなのだ。
「やだあん、そんな顔しないでよぉ。これを見てぇ!」
ババーンとこれでもかと目の前に突きつけられた紙にアリーシャは吠える。
「いや、近すぎて見えんわ!」
目の前というよりもまつ毛に触れる紙。それを持つ手を軽くパシリとはたくアリーシャ。
「リリア、私にもその戦利品を見せてちょうだい」
穏やかな声音と笑みに新たな獲物発見とばかりにキラリと目を光らせたリリア。その手がシェイラの眼前に伸ばされ―――ずに、とても見やすい顔の前でピタリと止まった。
ブルブルと震えるリリアの腕にはシェイラの長い指が絡まっている。
にこにこと微笑み合いながら心の中で睨み合う二人。その隙にアリーシャはひょいとリリアの持つ紙を覗き込む。
「おー……実にお見事」
「ぼったくったわね」
アリーシャに続きリリアの腕を離したシェイラも紙―――男爵からもぎとったもとい、善意で頂いた莫大な謝礼金が振り込まれた通知書をまじまじと見て言う。
「いや~それほどでも~~~~~~」
テレテレと片手を頬に当て体をくねくねするリリアに二人は褒めてはいないと心で思う。
「私もね、ちょっと多いかなぁとは思ったのよ?でも男爵が是非受け取って欲しいって仰るからぁ。私たちは聖女だしぃ。やっぱり人のご厚意を無下にするわけにはいかないでしょう?」
「「本音は?」」
「労働に対する正当な対価じゃ。支払い遅延したんだから当然の額でしょ。そもそも最初からこれくらい払っとけやハゲ」
「「だよね~」」
すんと真面目な顔になり言い放つリリアにアリーシャとシェイラは声を上げて笑う。それに釣られるようにリリアも一緒に笑う。
「皆様!お金のことでそんなに笑うなんてはしたないですよ!」
ガールズトークに突っ込んできたのはもちろんこの男ジャックである。
何やら寝不足なのかお疲れなのか目の下にひどいクマが見える。
「出たよお説教魔人」
「あら、すごいクマね。大丈夫?」
「覗きは犯罪だよぉ」
まあ3人の聖女はそんな怒りに動揺などしないが。
「アリーシャ様、お説教されるようなことをするのがいけないのです!シェイラ様、すんごい忙しいですよ。人手足りなさすぎです!リリア様、覗いてませんけど、そう思われたならそれはすみません!」
ばっと頭を下げるジャックに3人は呆れる。疲れすぎてハイテンションなようだ。そしてなんとも律儀というか真面目な男である。これでは世の中生きにくいだろうに―――。
なんとも嘆かわしいといわんばかりの視線を向ける3人。
「冗談よ。ジャックもこちらに掛けなさいよ」
「いえ、クソ忙しいので遠慮致します」
クソ言うた。なかなかのお疲れ具合のようだ。本当に大丈夫だろうか。
「改めて皆様、あまりお金のことで高笑いなどしてはいけませんよ?本来なら払わなくても良いお金なのですから。善意でくださったものに対し、そのように笑うのは感心いたしませんよ」
結局休憩も大事だと無理矢理座らされたジャックが物申す。
善意ねぇ……男爵の心に善などあるのか?アリーシャとシェイラは黙ったまま心と同じく冷めたお茶の入ったカップに口をつける。が、黙らぬは彼女だ。
「善意!?これは私が知恵と人脈と狡い手を使って勝ち取った戦利品だよぉ!私が勝ち取ったんだよー!!!」
リリアの歓喜の絶叫が支部内に響き渡った。ありがとう伯爵!ありがとう見たこともない侯爵!
男爵の調査書に侯爵の名前があって気づいたのだ、これは利用できると。
「…………おめでとうございます?」
その言葉におや、とアリーシャは片眉を上げる。
「なによジャック。あの手この手で男爵から金を奪ったリリアへの説教はおしまい?今日は短いじゃん」
よっぽど忙しいのだろうか。であればここで聖女に説教をたれてないで仕事に戻ればよいのに。
「………………………」
ニヤニヤと吐かれた言葉にジャックは少し気まずそうに目を彷徨わせた後、視線を逸らしたまま呟く。
「……これでも神官として聖女様にお仕えしている身ですので。聖女様たちの命がけの御業を当たり前のように考え、ましてそれを利用し貴族社会における自分の名前を挙げようなどとする不埒な輩には何かしら罰があっても構わないのではないかと」
「罰じゃないよぉ。正当な対価だって言ってるでしょぉ」
ニッコリと笑っているのに怒りのオーラがメラメラと燃え上がるリリア。だがそれをスルーする3人。
「あらぁそんな毒吐いちゃうなんて。ジャックもこの村に毒されてきちゃったんじゃないの?」
それは嫌ですシェイラ様。
でも、確かに少し口が悪くなってきたような気がする。さっきもクソとか……。いや、違う。これはちょっと疲れたからに違いない。
まあ、毒されてきたとすれば、
聖女村の雰囲気というより………ちらりと3人を窺い見る。
この美しくもやかましい3人の毒花の影響によるもののような…………。
「なによジャック?私たちに見惚れてるの?まあ仕方ないわよね。だって私たちはこんなに可憐な美女なんだから」
はははアリーシャ様。
惚れた腫れたなんてあったらなんて思ったのは最初だけ。聖女との恋愛?はははは、そんなもの幻想幻想。
最近ではその辺でくっちゃべっているおばさまと被ることもあるくらいですよ。
「こらジャック、無視するな」
「あらあら、耳が遠くなるのは早いのではなくて?」
「そんなまじまじ見てぇ。観覧料取っちゃうぞぉ」
これだよ。
「すみません。少し考え事してただけですよ。やっぱり聖女様というのは偉大だなぁと思っただけです。高名な伯爵家と知り合いなのですから」
「ああツリーズ伯爵家のこと?」
「はい」
あそことは繋がりをもちたいという貴族も多い。それを動かすことができるとは。やはり聖女という名は伊達ではない。
「まあ、穢れ祓いを依頼されるときに繋がりができることは多いんだけど。あそこは違うんだよねぇ」
「違うんですか?」
「うん。あそこはねぇ…………」
リリアは遠い昔を思い出すかのようにふ、と遠い目をする。そして口を開く。遠い昔……などではなく、つい1年ほど前のことを。




