25.聖女には敬意を
だって仕方ないじゃない?聖女様になぁんにもしてないんでしょ?」
「は?聖女様?」
なぜ、急に聖女のことが?男爵は再び固まった。頭をフル回転するが何を言いたいのかわからない。
「うん、リリア様。穢れ祓いしてもらったでしょ?」
「……!?た、確かにしてもらいましたが。で、でも別に謝礼金は自由ではないですか!?穢れ祓いに関しては無償で行っているものです!払わなくともなんの問題もありません!何よりもそれがなぜ婚約破棄に繋がるのですか!?」
男爵は唾を吐かずに話すことができないのだろうか。今度は不快な表情を隠しもせず、ハンカチで頬を拭く。
あ……と青ざめる男爵。
「貴族というのは面子が大事なんだよ。自分の命、領民の命を助けてもらっておいて何もしないなんてありえないんだよ?」
普通に話しかけてきた侯爵に安堵したものの、ありえないという言葉には再び冷や汗がでてくる。なんとかしなければ。
「あ、あ、あの……あっ!ですが領民達が自ら謝礼しておりましたし」
「尚更見苦しいねぇ。持つ者は出さず、持たざるものが出すなんてね」
「いえ、でも社交界でも領民が男爵家のために代わりに払ったと。普段の運営が素晴らしいからだと評判になっております!」
「あははははは、それはお世辞というものだね。そんなこと言ってるのは君がお金を貸している者や君の金目当てに寄ってきているものだろう?陛下や他の貴族たちはみっともないと思っているよ」
親子ほど年が離れているはずだが、一生懸命言い訳する男爵とかわす侯爵。どちらが親でどちらが子かわからない。将来の義理親子だが。
「み、みっともない……」
その言葉に急に恥じらいを覚え顔を赤らめる男爵。
みっともないなどと……聖女の穢れ祓いは無償のものではないか。貴族社会ではよっぽと経済的に余裕がない限り莫大な謝礼金を払うのが当たり前になっている。
だが、だが……無償と謳っているのだから、別に無償で恩恵だけ受け取って良いではないか。彼女たちとて平民が貴族の役に立てて光栄だろうに。
そんなにいけないことをしたのだろうか。
「我が家は君の家に支援してもらっているわけだけど……聖女様への謝礼金も払えない家に支援してもらってるなんてうちまでみっともないじゃないか」
そんなふうに周りは見るのだろうか。
「余裕がないから?まるでうちへ支援金を払うせいで払えないみたいじゃない?」
別に余裕がないわけではない。ただ聖女にお金を払うのがもったいないだけで。だって一応慈善事業なのだから。
「聖女様には払われず、わが家には払われる。人々を救う聖女様には払わず、特に役に立たない僕には払われる。こちらとしても快く受け取れないよね?うちが非人道的なやつみたいじゃないか」
やれやれと両手を天井に向ける侯爵。
「…………………………」
黙る男爵ははたと気づく。
いや、これこちらが下手に出ることなのか?
金を払っているのはこっち。こちらには特に見返りはない。まああるとすれば取り巻きたちからの賛辞の声や妬みの視線。
だが何か大きなものは得ていない。こちらが強く出て困るのは侯爵だ。少し脅しておくか。
「あの、侯爵……。それほど言われるのであれば婚約破「破棄しちゃう?」」
その言葉にどきりとする。自分が脅しに使おうと思ったのに、人とは不思議なものでその愉しそうな目に自信がなくなる。
「いえ、それはご勘弁を!」
あ、言ってしまった。
でも、実際問題侯爵を手放すのは惜しい。周りからの視線も変わるはず。侯爵家に我が男爵家の血が混じる。相手が貧乏だろうが、なんだろうが、それはとてつもなく甘美なもので――――。
ごくりとツバを飲み込む。
「あ、あははははは。皆様何やら勘違いしておられるようですな!これから、これから払うのです!」
「へぇ」
「私も年ですな。すっかり払い忘れておりました」
その言葉にうんうんそうだよねと麗しい笑みを浮かべながら頷く侯爵を見て腰が抜けそうになるのをなんとか堪える。なんとか婚約関係は続行のようだ。娘もほっとしたのか涙ぐんでいる。
それでは支払いに行ってまいりますと去っていく男爵親子を窓から見つめる侯爵に執事が声を掛ける。
「侯爵様、うまくいきましたね」
「そうだねぇ」
先日ツリーズ伯爵がやって来た。何をしに来たのかと思えば以前宝石店で揉めたブルーダイヤの購入権を譲りたいということだった。
その代わり、ガネーシャ男爵が聖女に謝礼金を支払うように仕向けてほしいということだったのだが。
口角が上がる。
ブルーダイヤは男爵の金で手に入る。
伯爵にも恩を売れた。背後にいる聖女様にも。
莫大な何かを返してはくれないだろうが、ちょっとしたことくらいのお願いは聞いてくれるだろう。
自分の懐は痛めず、何も失わず色々なものが手に入った。
まあ、正直なところ領民を助けてもらっておいて何もしない男爵とは手を切るべきかと思っていたところだったので、こちらとしても金蔓を手放さず済んで助かった。
この国で、いや世界における聖女人気を甘く見過ぎである。
そして、全ての人を守り続ける聖女への敬意が薄すぎる。
彼女たちは本当に多くのものを救っているのだから。
――――自分とは違って。
侯爵の口元には歪な笑みが浮かんでいた。




