24.婚約破棄!?
リリアのもとに手紙が届いてから数日後のこと。隣国にいるガネーシャ男爵は顔を真っ赤にして怒っていた。
「侯爵!ツリーズ伯爵家に乗り換えるおつもりですか!?なぜですか!?これまで散々援助してきた我らを裏切るつもりですか!?」
唾を撒き散らしながら叫ぶ男爵。その隣にはブルブルと震える令嬢。そして二人の目の前には娘の婚約者にして若き侯爵家当主が腕組みをして座っている。
ここは侯爵邸だ。残念ながら落ち目の侯爵家であるものの、一応男爵家からしたら格上の相手。事前に来訪の連絡もしなければ許可も得ていないながらも通してもらえた理由は、彼らが婚約関係にあり侯爵にとって大事な金蔓だからだ。いや、だったから、になるかもしれないが。
侯爵はゆっくりと懐からハンカチを取り出すと頬を抑えた。その動作に我に返った男爵は視線をおろおろと彷徨わせる。
その際に目に入る高価な調度品。だが新しいものが多い。男爵の眉間にしわが寄る。
人が支援している金でこんなものを買いやがって……怒りが沸々と湧いてくるが、堪える。金があろうがなかろうが相手は侯爵。
あの憎きツリーズ伯爵よりも格上の相手。侯爵と縁続きになれば自分たちの格も上がるというもの。
「でいきなりなんですか?このように急に怒鳴り込まれるとは……少々品位に欠けるのでは?」
二人に腰掛けるように言ったあと、不快そうに侯爵は切り出す。男爵は部屋に入るなり先程の言葉を吐いていたのだった。
「も、申し訳ございません。ですが……侯爵がわが娘と婚約破棄しツリーズ伯爵家のご令嬢と婚約すると聞きまして。いや!あの……それを信じているわけではないのですよ!?ですが、念の為と言いますか、一応確認をと思いまして」
ちなみにツリーズ伯爵家というのは国内で歴史もあれば金もある、権力もある伯爵家。かつて男爵の娘が侯爵をめぐって争った娘の父親が当主を務める家。
はぁと息を吐く侯爵。あれだけ怒鳴り散らしておいて何を言っているのか。金があるから娘と婚約はしたが、あくどいことをしている成金男爵というのは品がない。
とは言うものの、まあ彼の疑念は仕方ない――
ちらりと冷や汗をかく男爵を見る。
―――だって噂を流したのは自分だから。
「令嬢との婚約は金ありきのことは男爵も理解しているだろう?」
「え、ええ」
「乗った船が沈みかかっているのであれば、他の船に乗り換えるべきではないかな?ましてその船がより価値のある高価な船であるならば」
「は!?」
侯爵は何を言っているのか。男爵はブルブルと身体を震わせながら頭の中をフル回転していた。沈みかかっている船というのは男爵家のこと。だが別に男爵家は少しも落ちぶれてはいない。
侯爵家に少し援助するくらいで倒れるような経済状況ではない。
「あの女狐のせいですか…………?」
声の発生主――娘を目だけでちらりと見ると真っ赤になりながらブルブルと震えていた。かなり怒っているようだ。ここで怒鳴ってくれるなよ。自分のことは棚に上げそんなことを心配する男爵。
「もしや、色仕掛けとか……?それとも父親の力を使って……?」
その言葉に侯爵は呆れを隠すのが大変だった。父親の力を使って自分の婚約者になったのはお前だろう?と。というか、貴族社会、特に高位貴族において金や家の力関係なしの婚約の方が珍しいと言うものだ。
よっぽど権力に興味がないか、興味を持つ必要がないか、潤沢な資産を持つか。
結婚をすれば情は湧くものかもしれないが、それもちゃんと生活できることが前提としてだと侯爵は思う。むしろ愛など無くても、条件が良ければ結婚生活は続く。
どれだけ愛があっても金がなければ惨めなものだ。特に高位貴族社会においては。
男爵の娘とて愛愛愛愛言っているが、この顔が彼女にとって最上のアクセサリーになるからに他ならないと思っている。侯爵夫人という肩書、美貌の旦那、男爵家の娘からしたら周囲に優越感を感じられるものなのだろう。
そしてそれが彼女にとっては大事なのだ。
ほとほと見る目がないな、と思う。ゆっくりと紅茶の入ったカップを口元に運ぶ。
「伯爵家の方が全てにおいて上だからね」
ツリーズ家の娘マリアが自分に夢中になっているのは知っていた。だから伯爵家から婚約の申し出があるのを待っていたのだが……。男爵と違い、伯爵はやはり見る目があるようでうまく娘を宥められてしまった。
惜しいものを逃したものの、この目の前の男爵家の財力とて捨てたものではないと、婚約の申し入れがあった中で一番の財力を持ち、自分の顔に執着している男爵家の娘を選んだのだが…………。
「そんなの不義理ですわ!?もう既に支援もしておりますし、婚約書も取り交わしておりますのよ!?いくらあちらが権力者とはいえ酷いですわ!」
「不義理ねぇ」
そう言うと侯爵は足を組み背凭れに背をずしりと預け、男爵を見据えた。




