20.求む協力
神官庁聖女村支部にある一室にてロビンとロメロは冷や汗をかいていた。
「協力してよぉ!」
「勘弁してくださいよぉ」
「ここは大人しくしておきましょう、ね?」
2人人の前で腕を組み仁王立ちする聖女―リリアのせいだ。可憐な容姿のはずだが、その背には何やら邪悪なオーラと共に悪鬼が見える。不思議だ。
「な・ん・で私が引かないといけないのよぉ!?ルール違反をしているのはガネーシャ男爵じゃない!!!」
「いや、別にルール違反はしていませんよ……?」
「そうですよ、あくまで聖女の仕事は善意ですから。お金がもらえなくても仕方ありませんよ……」
「仕方なくなんてなあああああああああああい!!!」
気合いのこもったリリアの叫び声が建物内に響く。
「ガネーシャ…………!あんの悪徳貴族があ!」
「リリア様、落ち着いてください」
「なぁにが穢れ祓いは聖女の務め、善意、ボランティアでしたよね?よ!そんなの建前に決まってんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!金持ってる貴族が穢れ祓いをお願いして一銭も払わないなんて前代未聞よぉ!」
きっ、と睨みつけられヒッと口から悲鳴が洩れるロビンとロメロ。
「そ、そうは言われましても……支払い義務はありませんし」
「も、もしかしたら財政状況が良くないのかも…………」
「は?まじで言ってるぅ?」
リリアの口から洩れる重低音の声。まじもんの怒りである。
「「思ってません」」
彼らがはっきりと言い切る。それもそのはず
「ガネーシャ男爵があくどい金貸しや商売で懐がうはうはなのは調べ済でしょうがぁ!」
ガネーシャ男爵――領地を持ちながら、金貸しやなんともあやしげな商売をしている成金男爵である。リリアの今月もらった給料に納得がいかない原因。
「貴族ともあろうものが自領や自領民を助けてもらっておいて、金を払わないってどういうことよぉ……!?しかも金持ちなのにぃ……!納得がいかなぁぁぁい!!!」
そんなこと言われてもどうにもできない……ロビンとロメロは冷や汗が止まらない。まあ確かに貴族が金を払わないなど極めて稀なことではある。聖女というのはそれだけ崇められる存在であり、貴重な存在。彼女たちに控える神官庁とてなかなかの権力者。そういった者に礼を尽くすのが貴族というものである。
というか金払いがいい自分ってかっこよくね?こんなに払えるというマウンティングをとってなんぼという世界なのだ。
「私の人生設計がおじゃんになるじゃない!私の老後!聖女が金になるのなんて今だけなのよ!」
いやいや、どこの娼婦のセリフなのだろうか。聖女はある程度年をとっても続けられる仕事のはずなのだが。頭にきているリリアにそんなことを言えば更に激昂するだけだから黙るしかない。
しかし、その選択が必ずしも良い方に向かうわけもなく。
「今からぁ私が言う通りに行動して?」
「「えーーーーーー…………」」
その言葉には心底嫌だという気持ちが乗せられていた。だがそんなのリリアは気にしない。
「あなたたちだってぇ、たくさんお給料ほしいでしょぉ?奥様だってぜぇったいにそう思ってるはずぅ」
えーーーー……今度は声なく心で呟く二人。自分の妻はそんなこと思っていないはず……………………と思いたい。というか自分たちは毎月決まった金額の給料なのだが。
「いやいや、あなたたちのお給料じゃなくてぇ。奥様達の話。先輩たちだってぇガネーシャ男爵みたいなやつが増えたらお給料減るじゃん。子供もいるっていうのに困るってぇ。駄目だよぉ金があるやつからはむしり取らなきゃ、金を持ってるやつも謝礼金を払わなくていいなんて風潮にしちゃあ」
「「………………」」
現実として奥方たちの給料は自分たちより遥かに多い。それに助けられてる部分も将来に関しても安心なところがある。
でも一応目の前のリリアや奥方たちも聖女なわけで。リリアはさておき自分の奥さんが金がなければやっていられるかなんて思考を持っていたらなんか悲しい。
ジャック程ではないが自分たちも聖女にまだ多少夢を持ってしまっているのかもしれない。
あ、なんか涙が出そうだ。
「三聖女と呼ばれる私がこんな扱いをされたら他の貴族もお金払わないかもしれないじゃない!?そうしたらあなたたちの奥様だって給料減るのよ!?奥方の笑顔を守るためにも戦うのよ!!!」
いつもののほほんとした言葉遣いから一転して、胸の前で握り拳を作りはっきりと戦う宣言するリリアに呆気にとられる2人。
妻の笑顔。いや、なんかお金を手にしたときの満面の笑顔て…………いや、まあ愛しの妻たちの笑う姿は美しいのだが、美しいのだが…………でもなんか嫌だわぁ。
遠い目をする二人の気持ちなど置いてきぼりにリリアは叫ぶ。今彼女の頭にあるのはこれだけなのだから。
「いざ参らん!お金ちゃんの為に!!!」
ばっと握り拳を作った右手がばっと上に伸びた。その姿は生き生きとし、見ているものにまで力を与えるかのごとく目は爛々と光り輝いている。
彼女の見た目も相まってとても美しい光景だ。まるで女神が苦しむものを救いに行くかのような神々しさ。
「「はぁぁぁぁぁい」」
実際は金を払わせんとする守銭奴聖女だという事実になんとも虚しさを感じながら、ため息みたいな返事をするロメロとロビンだった。
周りからは同情の視線が突き刺さる。痛い痛い。
だが彼らは聖女のどれ……ではなく、彼女たちを心から敬い支え、助ける存在。聖女のことを第一に考え行動する聖女村支部の神官たち。どんな無理難題だろうが、聖女の思し召しとあらば従う、それが彼らの仕事なのだからリリアの言うことに従うしかないのだ。
と彼らは思っているが、現実的に断ることはできる。
ではなぜしないか?
結局彼らは聖女に甘いからだったりする。




