19.お給料
「で、ジャックちゃんはアリーシャにお説教しに来たのぉ?皆忙しそうにしてるのに下っ端君は暇なのかなぁ?」
片目を瞑って茶化すように言葉を発したのはリリアだった。
「冗談はその性格だけにしてください。忙しいですよ」
口悪……。3人は心の中で同時に呟いた。最近の彼は少々お口が悪い。人というのは付き合う人で変わるということなのだろうか。
「じゃあ何しに来たのよ」
さっさと用を済ませて去っておゆきとばかりの態度のアリーシャにジャックは一瞬むっとしたもののローブのポケットから3つの封筒を取り出す。
それを見た3人の目がぱーっと輝いた。
「それは……」
「先月の」
「お給料の明細!」
ばっとお行儀よくジャックに向かい両手を伸ばす3人。ジャックはなんかこんな聖女嫌だなと思いながらも、お疲れ様でしたと声をかけながら給料袋を差し出された手の上に乗せていく。
金額を確認し、ムフフと笑う2人分の下卑た笑い声。満足のいく額だったようで何よりである。少々呆れつつも彼女たちが頑張ったのも事実。これで彼女たちのモチベーションが上がるというのならば――ん?2人?
ジャックは気づく。
1人だけ給料明細を凝視しながらブルブル震えるリリアに。
「ねぇ…………これはどういうことぉ?」
「何かありましたか?」
「少ない…………少なすぎるぅ……!」
「聖女様たちのお給料は謝礼金から支払われるものですから、少ないときもありますよ」
ジャックの呆れたような声など完全スルーで、リリアの視線は金額の内訳をなぞっていく。血走るリリアの目に引きながらもなぜそんな状態になっているのかわかりかねるジャック。
穢れ祓いや治療行為、結婚式の立ち会いなどをしても対価として必ず金銭がもらえるわけではない。聖女への依頼料は決まっていない。というよりも一応慈善事業みたいな位置づけであるので、0円でOKなのだ。
だが実際はかなりの金額が神官庁に入り、そこから聖女にも入る。
正直ジャックがもらい過ぎだと思うくらいには。
要するに依頼主の心次第で給料は決まる。いや、いくら感謝の心があろうとも経済状況によっては少額でも出せない場合もある。
基本的に貧しい人や村からは金銭は貰わない。
だが、お金持ちからはその高いプライドやメンツを利用させてもらい多く頂いている。
ジャックは首をひねる。リリアの仕事に不備があったとは思えない。口に難があれど三聖女と呼ばれるほどの実力者なのだ。ということは経済状況があまりよくない依頼主がいたのだろう。もしくはドケチか。
だが仕方のないこと。
聖女の仕事は慈善事業なのだ。むしろたくさん頂くほうが不道徳というもの。今回リリアの給料額とて生活していく分は貰えているのだからそこまで目くじら立て無くとも良いと思うのだが……。
彼女は若いが新人聖女ではない。依頼をこなしたとて思うような金額がもらえなかったことなど初めてではないだろうに。
まさか、初めてだったのだろうか……………………?
それならショックでも仕方ないのかもしれない。とりあえず慰めの言葉でも、ぐるぐると考えてそう決め顔を上げると既にそこにリリアの姿はなかった。
「えっ!?な……っ!?どこに……!?」
彼の叫びにその場にいたアリーシャとシェイラは黙って窓の外を指差す。そこにはスカートを鷲掴みふくらはぎをあらわにしながら猛ダッシュするリリアがいた。いや、速すぎだろう。しかも顔が鬼みたいになっている。というか彼女は一体どこに走っていったのか……?
追うという選択肢など頭に浮かばぬジャックが呆然としている間にリリアの姿は完全に見えなくなった。そしてやっと動き出す思考。
「いやいやいやいや!リリア様どこに走っていったんですか!?そもそも何をしようとしてるんですか!?」
ギンッと動揺やら困惑やらで無駄に力強くなった眼力がアリーシャとシェイラに向けられる。がそんなことで怯むこともなければ気にすることもない二人はのほほんとケーキを口にしている。
ごくんと飲み込んだ後二人は一瞬呆れたような視線をジャックに向けた後、ちらりとお互いの目を見合わした。
「どこかは知らないけど、何をするかは……ねえ?」
シェイラがコテンと小首を傾げながらイタズラっ子のように微笑む様はとても麗しい。
「決まってるじゃない……ねえ?」
こちらもまたコテンと小首を傾げるアリーシャ。サラリと肩に乗っていた髪の毛が一房胸元に落ちる。とても絵になる仕草。女神も羨む美しさ。
だが、
その顔に浮かぶ笑みに何やら悪いものを感じるのはなぜだろうか。これはリリアはとんでもないことをやろうとしている気がする。
「「得るべきものを得に行ったのよ」」
「はあ?」
当たり前の事のように言われた言葉に思わず心の声が……。
「「何がはあ?だこら若造」」
「すみません」
若造って……。2人の方が若いのだが…………。それよりも。
「得るべきもの…………って。まさかカツアゲとかしないですよね?」
「そんなはしたないことするわけないでしょう?」
「でも」
「給料を取りに行っただけじゃない」
恐る恐る聞いた言葉に返ってくるは呆れ声。そしてこちらが呆れる返答。
「いやいやいや。ですから、聖女の仕事に見返りなんて求めてはいけないですよ。謝礼金を期待するなんて聖女としてあるまじき行為でしょう!」
「「はあ?」」
ジャックの言葉にギラリと光るアリーシャとシェリラの瞳。爛々と輝く瞳にジャックは一歩後退る。バンッ!とテーブルに手をつくと立ち上がるアリーシャ。
「謝礼金がないときもある。そんなことはよおおおおくわかっているわよおおおおおおおおお」
お、おおおおおお…?なんだこの迫力は。
「でもさぁ、こちとらボランティアでやってるわけじゃないんだよ?生きてく上でこれが必要なわけですよ」
これと右手の手のひらを上に向け親指と人差指で丸を作るアリーシャ。
「いやいやいや、ボランティアですよ」
「んなわけないでしょうが。所詮そんなものは言ってるだけよ。こちとら命を張ってるんだよ?善意だけでやってられるわけないでしょ。無償ですぅなんて建前よ建前」
そんな無茶苦茶な暴論……。
「いやいやいやいやいや、聖女様がそんなこと言ったら駄目でしょう!?」
「うるさい!いいから黙ってリリアが帰ってくるのを待ちなさい!」
ふんっと鼻から息を出し、ドカっと足を組み座るアリーシャ。ジャックはまじでこんなのが聖女なのか、と引いてしまった。




