17.絶望
はっはっはっと蔑むような笑いにブリリアンは胸に怒りの感情が湧いてくる。がわからないものはわからない。
「子作りですよ、子作り。我が王に求めるのは跡継ぎ、それ以外は不要です。立場上王妃も必要ですが王と娘を婚姻させても旨味などないと思う家臣ばかり。だからこそあなたのような仕事もしない、国などどうでもいいと思っている色好みの者を王妃に据えたのではないですか。お好きでしょう?色事」
い、色好み。確かに性行為は好きだ。だって何も考えなくても男が都合のいいように勝手に動くし、気持ちいいし……楽だし……。
「わ、私はこんなところに閉じこもらないわよ!?」
「それは困りますなぁ。王妃様にも王同様こちらにいて頂かなくては。いや、むしろ貴方様にはここから出る機会はありませんな。マナーのなっていないあなたを表に出すわけにはいきませんので」
物騒な言葉なのにあまりにものほほんと言うので危機感が薄いブリリアンは滑稽なことを叫ぶ。
「でも、こんなところに閉じ込められたら買い物だって、皆にちやほやされることもないじゃない!嫌よ!」
出られないと聞いてそこを心配するとは――公爵は呆れてしまった。
「常識的な額内でこのお屋敷でおしゃれすることは構いませんよ。ですが、あなたのそのお顔で多少着飾ったところで……誰か褒めてくれるのですか?」
名ばかりの王妃。ここにいる女たちは王のお手つきになっていくだろう。いわゆる王妃とてライバルだ。権力も後ろ盾もない王妃におべっかを使うものなどいない。
「陛下からたくさんの女性を連れてくるように言われております。陛下は面倒がお嫌いなお方。陛下とあなたの間には娘という障害があり、それにより一時は燃え上がった関係かもしれません。が、今はあなたが他の女との障害。ヒステリーを起こせば起こすほど、他の女とのことに口を出せば出すほど王はあなたから離れていきますよ?」
まあ、何もしなくても王の心は離れていくだろうが。いや、そもそも別に熱い関係と思っているのはブリリアンだけ。王からしたら性に関する奔放さが似ているから楽くらいにしか思っていないはず。仕事をしろとも言わないし。
今後ここに寄越す女は娼婦や落ちぶれた貴族の娘などを予定している。1人の男の相手をするだけで衣食住に困ることないと聞き、それなりの人数の女性が自分もと手を挙げている。見た目もブリリアンでは太刀打ちできないものばかり。
「…………そうだわ!子ども、子どもを産めば私は次代の王の母よ。絶大な権力が手に入るわ!」
目を輝かせるブリリアンに返ってきたのは非情な答えだった。
「王子や姫の生活も教育も家臣のものがみることになっております。王も同意しております」
というか、ある程度跡継ぎが生まれたら王もブリリアンも消えてもらうことになるかもしれないが……そちらの方が色々と楽だから。
「そんな……」
どうやったってブリリアンの理想とする生活が手に入ることはない。ここにきて彼女はやっと悟った。ぐわっと口を開く。
「そんなの思っていたのと違いすぎる!嫌よ!離婚するわ!手続きをして頂戴!」
「おやおや、せっかく手に入れた王妃の座を手放すのですか?」
面白そうに片眉を上げる公爵に虫唾が走る。何が愉快なのか。こちらは不愉快だというのに。
「こんなの娼婦じゃない!私は好きに贅沢させてくれてちやほやしてくれて、周りのやつらが羨ましがるような生活をしたいのよ」
「おやまあ、ここには自ら来るものもいるのですよ?」
たくさんの贅沢はできないかもしれないが、ここで王の相手をするだけで美味い飯にありつけ、生活するものを揃えてもらえ、住むところにも困らないのだ。
食うに困る貧乏な娘や娼館で趣味の悪い奴や乱暴な者を相手する娼婦など、平凡な性技と趣向しか持たぬ王の相手の方がましという者はいくらでもいる。
「早く手続きをしてよ」
「それは無理にございますなぁ」
「なんでよ!?」
「そもそも王の離婚とは簡単にできるものではありません。まして聖女様に立ち会って頂いた婚姻の離婚など前代未聞です。聖女様は幸せの象徴、彼女たちの祝福を受け離婚をするなど、許されませんよ。王もそのような醜聞はお認めにならないでしょう」
その言葉にブリリアンはさああと青褪めた。
「まさか、聖女を呼んだのは離婚させないため……?」
「はい、逃げられては困りますから。しかしなぜ逃げる必要が?王妃なのに政務も勉学も必要ない。あなたの大好きな色ごとをするだけで普通のその辺の平民より貧乏貴族より豪華な食事も与えられるのですよ?」
「い、嫌よ。違う、そんなの私が求めるものと違う」
確かに政務や勉学をやらずにすむのは嬉しい。そもそもそんなものする気はなかったし、側室を迎えるかルカミアにでも押し付けようと思っていた。
じゃあ、これでいいのでは?
いや、違う。
何か違う。
こんなところに閉じ込められ、色事のみして生きろだなんて……。子どもを産んだとしても取り上げられるなんて……。
私は王妃になったのだ。
皆に王妃様と呼ばれ傅かれて、誰よりも高価で派手なドレスやアクセサリーを身に着けて、皆にちやほやされて羨望の的になるはずだった。
「ではネタバラシも終わりましたし、私はこれで失礼されていただきますね」
公爵が立ち上がり、軽く頭を下げ目の前から去ろうとする。ブリリアンは行かせてなるものか、と公爵の胸に飛びかかる。
いや、かかろうとしたが…………
彼の護衛に止められた。
「王妃様、私は王の女人に手を出す趣味はございませんのでご容赦を」
再び頭を軽く下げ去っていく公爵。その目には愉悦の色が浮かんでいた。そんなつもりなどない。お前みたいな爺こちらだって願い下げだ。
そんな目で私を見るな。
惨めにさせるな。
ブリリアンの瞳は怒りに、そして絶望に彩られた。
公爵を暖かく迎えるのは外の光。
対照的にブリリアンがいる場所はだんだんと暗くなってゆく。ゆっくりと閉じていく扉から入り込む光はどんどん細くなっていく。そして完全に玄関の扉は閉じた。
この扉からブリリアンが生きて出られることはあるのだろうか。ブリリアンの心は絶望で彩られた。




