16.王妃とは
「王妃がなんなのかですって?」
「はい、左様にございます」
公爵の威圧的なオーラが消えたことで心に余裕が戻ったブリリアンはホッとした。そして気づく。彼は心配しているのだ。私が王妃にふさわしい人物なのか。彼は忠臣だから。
「王妃は国の中で2番目に偉い人でしょう?国の為に着飾ってこの国は幸せだってアピールしてパーティとかするんでしょ?ああ、あとは貧乏人のために施しをしないといけないのよね?」
どうだと言わんばかりに胸を張るブリリアンに公爵はうんうんとにこやかに頷く。
「言い方は雑ですが、あながち間違ってもおりませんな」
「でしょう?」
ふふん、と得意げなブリリアンを見つめる公爵の目には何の感情も浮かんでいない。侍女たちはそれが不気味だと思うがブリリアンは気づかない。
「ですが…………」
ですが?なんなのよ。当たりなんでしょう?私は王妃として着飾って、皆に命令して、貧乏人に施しをすれば良いのでしょう?そんなの簡単よ。じろりと公爵の顔を見る。
ブリリアンは軽く目を見開いた。
公爵の目に蔑みの色が見えたからだ。
「な、な……」
「王妃とは全国民の母であるわけですが、あなたが母でどれだけの人が喜ぶと思いますか?」
「は?」
「国に利益をもたらす家柄でもなければ、国を栄えさせる才女でもない。特別な美貌もない。まぁその胸には価値があるかもしれませんがな。王宮のことを切り盛りできるわけでもない。あなたはただ与えられるだけの生活をするだけ。男を咥え込むしか能がない人間を母に迎え嬉しいという人間はそうおりますまい」
「失礼だわ!無礼だわ!私に……王妃にそんなこと言って無事でいられると思うの!?ライルに言えばあなたなんて消しちゃえるんだから!!!」
先程は言葉に詰まり出なかったが、今度は金切り声が出た。興奮しすぎてふーふーと荒い息を吐きながら肩を上下させる様はなんとも小者感が漂う。
「御冗談を。切り捨てられるのはあなただと思いますよ?」
「ライルが私を捨てるわけないでしょ!?ライルはあんたの娘を捨てるくらい私にぞっこんなんだから」
余裕の笑みで言われた言葉に、馬鹿にしたような態度で言い返すブリリアン。
だが
「娘は婚前に身体を許しませんでしたからなぁ。そのようなことをするのは娼婦のようだからやめなさい、と教え込んできたものですから……」
その言葉にブリリアンの頬がカッと朱に染まる。
それは、私が娼婦みたいだってこと!?
「なんとでも言えばいいわ!結局最後に選ばれたのは私なんだから。権力者であるあんたの娘よりも私を選んだのよ!あんたよりも私が選ばれたってことよ!」
そうだ、ライルは公爵の娘を捨てた。公爵家と姻族になることをやめた。それは絶大なる権力を持つ公爵家を捨て、自分を選んだということ。
心に余裕が芽生えるブリリアン。立ち上がり、椅子に腰掛ける公爵を優越感たっぷりに見下ろす。
「おめでたい頭ですなぁ……。あなたと結婚したら良いと勧めたのは私なのですよ?ある条件をつけましたがとても喜んでおられましたよ?ああ、あなたの結婚似ではなく条件にですが」
「は?」
余裕は一瞬だった。即座に顔を強張らせることになったブリリアン。
「政務をせぬ王。民に興味を示さぬ王。国のことを知ろうともしない王。彼が興味があるのは女のみ。王は女と致すことしか考えていないし、考えたくもない」
「ぶ……無礼よ」
大変無礼な言葉だが、事実なだけに言葉に詰まってしまう。それを利用して王を落としたのだから。そんなブリリアンに構うことなく続ける公爵。
「しかし我が国は世襲制。兄弟がいない彼の肉体、血筋は大変貴重なもの。王は彼でなければなりません。ですがね……ただの女好きの王に貴重な駒を渡したいという高位貴族などいないのですよ?もちろん私も含めて、ね」
駒――貴族にとって娘は大変貴重なものだ。美しければ美しいほど、賢ければ賢いほど貴重な駒となる。
「……あなたは娘を婚約者にしていたじゃない」
「ええ、王と娘は生まれたときから婚約関係にございました。いかに私とて赤子がどのように育つかなどわからないのですよ?それに皆で努力はしたのです。ですが、人間には本質というものがあります。彼には皇太子として後の王になる自覚も適性も無かった。努力さえしようとしなかった。王になってもありのままの自分で居続けた」
だからどう娘と婚約破棄させようか考えていたのだが、新しく侍女としてやってきたこの女が王妃の座を狙っていて使えると思った。
「お、王なんだから別に自由でいいじゃない。一番偉いのよ」
「ええ、おっしゃる通り。ですが王が遊んで政治を回さぬのであれば誰かがやらねば。政をしたくない王と国をなんとか回したい家臣。王は家臣を利用し、家臣は玉座に王という飾り物を置く。お互いにwinwinというわけですな」
公爵の言葉に怪訝な顔をするブリリアン。
「何言ってるの?まるでライルに王の仕事をさせないみたいな言い方じゃない」
「ええ。陛下は表舞台……まあパーティなどどうしても必要なときは人前に出て頂きますが、他は出しゃばらない、口も出さないことになっています。その代わり女を定期的に寄越し、政をここに持ち込まないこと。なので私達家臣が政を行い、陛下には最も大事で陛下にとって幸福な仕事を任せております」
「仕事…………?ていうかそんなの監禁じゃない!?閉じこめて、自由を奪って、何をさせるっていうのよ!?」
「はは、察しの悪い方ですなぁ」




