14.帰還
「んで結局結婚式の3日後に出発したんだけど、2人からの見送りはなしよ」
なんともグダクダな締まりの無い彼らの行動だったが、家臣や使用人や国民が集まり、華々しく送り出してくれたので、アリーシャ的には仕事を無事終えられた感はあった。
「「へ~~~~~~~~」」
アリーシャの話を最後まで聞き終えたシェイラとリリアはやべぇやつもいたものだと引き気味だ。ちなみにライルとブリリアンはアリーシャが出発するまで寝室から出てくることはなかった。
結局彼らはいつ寝室を出たのだろうか、などと遠い目をしていると、リリアのからかう声が耳に届いた。
「何よ、見送られたかったのぉ?」
「いや、全然」
ぼやいておいてなんだが、彼らの見送りがなかったことは正直ほっとしている。なぜなら……
「ふふ、王からの見送りなんてなくって良かったじゃない」
「そうそう、だってねぇ」
シェイラとリリアは顔を見合わせた後、アリーシャに視線を向け悪戯っぽく笑いながら言った。
「「色ボケ勘違い王に最後のセクハラをされなくて」」
「まあね」
自意識過剰と言われても良い。夜にアリーシャとチョメチョメができなかったあの男はきっとやってた。最後だからと手をニギニギと握られ、腕を回され抱擁され、お別れの挨拶とか言って顔を近づけられ…………キモッ、考えるのやめやめ。
「とりあえずお疲れ様ぁ。意味の分からない予定変更に巻き込まれてぇ、セクハラにも耐えてぇ、ブリ娘からのマウンティングにも耐えてぇ、結婚のお祝いもしてぇ。えらいよぉアリーシャ」
鳥肌が立った腕を擦るアリーシャにリリアが声を掛ける。
「ま、仕事ですからね。ちゃんとやりますよ」
「穢れ祓い諸々お疲れ様でした。ですが結婚式では本当にちゃんと心を込めて祈ってきましたか?」
「「「うおっ!?」」」
本当に自分を褒めてあげたいわよとぼやくアリーシャの近くから低い声がして、3人は驚きの声を上げながら声の主に視線を向ける。
「「「ジャック、いつからいたのよ!?」」」
「ほぼ最初からいました。御三方に用事があって来たのですが、何やら聞いていいようないけないような言葉が聞こえてきたものですから気になりまして」
「あらあら聞いちゃうのね」
「あはっ、ジャックもなかなか太々しい男になってきたじゃん」
シェイラとリリアに突っ込まれるものの、ジャックは腕を組み仁王立ちし、どこ吹く風という顔と態度である。
「聖女様方は噂好きで、悪口大好き、口も悪い、人をこき使うのも大好きですからね。ここに勤めるようになって似てきちゃいましたよ」
「あらあら、私たちのせいじゃないわよ。あなたの心の中にもそういう性質があったというだけ。ま、それを引き出したのは私たちかもね。あらやだ、じゃあ私たちのお陰で一層人生を楽しめるようになったってことよね?感謝してもよろしくってよ?」
片目をつぶりながら茶化してくるアリーシャにため息が出るジャック。……ここに来る前までは人の悪口や噂など口にしたこともなかったのだが、あまりにも彼女たちが楽しそうにしているのでつい……んんっ!いや、自分は決して噂話とかが楽しいと思っているわけじゃ…………
と心の中で自分に言い訳していて気づく。
「で、アリーシャ様嫌いな相手だろうとちゃんと祝福をしてきたんですよね?」
「ちゃあんと結婚式にも立ち会って、幸あれって言ってきたわよ」
その言葉にうんうんと頷くジャック。中身はどうあれ仕事をきっちりこなすその姿勢はやはり聖女である。
「…………心はあんまり入ってなかったかもだけど」
ぼそりと呟かれた言葉に動きが止まるジャック。
「アリーシャ様」
ジャックの口から地を這う低い声が飛び出る。その表情は目を見開き、座る3人を立ったまま見下ろす様は何やらオーラが立ち上っている。
が、
「は?何?」
文句あっかとばかりに目を見開き、睨み返すアリーシャ。
「あらあらそんな顔をしては怖いわ」
と言いつつニタニタしているシェイラ。
「ちゃんと仕事してきたアリーシャに失礼だよぉ?」
ぷんぷんとかわいらしく怒るのはリリアだ。
ジャックの怒りのオーラに動じる3人などではない。なんとも怒っているのがバカバカしくなってきたジャックははあ、と息を吐く。
「アリーシャ様、お仕事お疲れ様でした。予定外のことや嫌な思いもされながらお役目を果たされたのは御立派です。ですが……聖女として結婚式の立ち会いに臨まれたからにはムカつく相手だろうが、うざい相手だろうが、色ボケ野郎だろうが、御三方が羨ましいであろうデカパイ女だろうが――」
そんなこと誰も言っていないでしょうが…………なんとも失礼なことをいう男である。それに羨ましいとか思ってないから。というかお前が1番失礼である。3人が白けた視線を送るのに気づかぬジャックは話し続ける。
「――ちゃんと心から祝福するべきです。でなければ彼らに幸せが訪れることはないでしょう」
??????????
その言葉に3人は不思議顔である。
そしてその反応にジャックは不思議顔になる。
「?????」
「「「?????」」」
お互いに見合うこと数秒。
「あのさぁ、私が心を込めて祝福しようとしなかろうと結果は変わらないわよ?」
「いや、でも」
「今回は穢れ祓いと結婚の立ち会いをして祝いの言葉を述べる。それが私の任務だった。そこに感情なんて関係ないのよ?」
「でも、なんか聖女様に心から祝福されたら幸せになれそうじゃないですか!」
「まあ、夢見る坊や」
「ジャックちゃんロマンチストぉ」
アリーシャとジャックのやりとりを聞いていたシェイラとリリアから茶々が入る。
「あのねー、別に私たちに祝福されようとされなかろうと幸せになる人はなるし、ならない人はならないの!そもそも立ち会いは神官がやるもので私たちにってお願いしてくるやつはただのパフォーマンスなのよ?箔付けよ箔付け!」
アリーシャの言葉に二人の聖女もうんうんと頷く。要するに聖女を立会人にするというのは高価なアクセサリーを身につけるのと同じ。自分にそれだけの力があるという誇示、自慢なのである。
たまに幸せになれるからとか言う人もいるが王族や高位の貴族たちはそんなこと思ってやしない。
とはいうものの別に不幸になっちまえとか思っているわけでもないし、ちやんと真面目にやっているつもりである。まあ、そりゃあ聖女とて人間。相手によって思い入れだって違うこともある。
でも別にそれでいいじゃない?だって
「私たちの心のもちようで幸せになる幸せにならないとか決まるなら、そんなん結婚とか関係なしに祈るわよ」
「アリーシャ様……」
「不幸になれー不幸になれーとかね」
「アリーシャ様……」
感動のアリーシャ様から憤怒のアリーシャ様へと声音が変わるジャック。
「でもね、実際私たちにそんな力があるわけではないのよ。私たちは穢れ祓いをしたり怪我人の治療をしたり結界を張ったりすることができるだけ」
「シェイラ様……」
「そうそう、聖女なんて呼ばれてるけどぉ、私たちなんてその辺のちょっとだけ影響力のある小娘なんだからぁ」
「リリア様……」
「その影響力も微々たるものでしかないけどね。力があったらこんなところでだべってないし、ルカミアちゃんにいい男の一人や二人見繕ってあげてるわよ」
実際のところアリーシャとて人脈はあるがそれは利用しない。それは彼女の父親の領分である。権力者に楯突くほどの情は申し訳ないがない。それに、あの父親はなかなかの曲者のよう。
「聖女様って言われたって所詮、ただの小娘よ」
椅子の手すりに片手を置き頬杖をつき、足を組みながらしみじみと言う姿はとても哀愁が漂う。世間の世知辛さを噛み締める様子はまるで
「年取ったおばあさんみたいですね……」
ぼそりと言われた言葉にアリーシャは思いっきりジャックを睨みつけるがシェイラとリリアはクスクスと笑っている。
全くどいつもこいつも失礼な……………
そしてふと…………
聖女の祝福を受けた相手は離婚しないと世間では言われているようだが、果たして彼らはどうなのだろうか?
そんな事実はないのたが、ある意味それは利用できるもので。
きっと………………
アリーシャは口元に邪悪な笑みを浮かべた。




