12.本音②
「彼女が現れ、なぜかしてもいないいじめをしていると陛下に言われるようになりました。ドレスを切り刻む。悪質な手紙を送る。暴言を吐いた、と。最初は彼女を側室にすると言っていた陛下がお前のような性格の悪い女は王妃にはできないと言うようになりました。そして、最後は暗殺未遂を起こすような女とは結婚できないと婚約破棄をされてしまいました」
例えやっていたとしても浮気相手にそれくらい良くない?と思ってしまうのは性格が悪いからか。何もせず我慢するだけか美徳とは思わないが。
婚約破棄という言葉と同時に溜まっていた涙が頬を伝った。美しいといえば美しい光景と言えるのだが……それは哀しみの涙か、それとも悔し涙か……
「やってもいないことで人に責められるのは辛く悲しいものですね。まして暗殺未遂だなんて」
「あ、いえ。それは私が依頼しました」
「…………………………」
なんと。
「いえ、あの……イジメなどというのは意味がないと言いますか、私がイジメたからといってひくような方ではございませんでしょうし。彼女を王妃になどと言われたので、阻止するために確実に消そうとしたのですが…………」
驚きに固まるアリーシャになんとも気まずそうな申し訳なさそうな様子で言葉を紡ぐルカミア。
「ま、まぁ確かな手段ですよねー……」
お互い下を向いて必死に言葉を探す。アリーシャは閃いた。
「……!ルカミア様はそんなに陛下のことがお好きだったんですね!私からしたらどこが良いのかわかりませんが!」
あ、ヤベ。口が滑った。
「いえ、別に私も好きではありませんが。あんな自分勝手な男のどこに好く要素が?幼馴染ではありますがもう情さえもございません」
「は?え?あっ!では、王妃になりたかったとか?」
「王妃になりたかったかと問われると、別にといったところでしょうか。勉強、仕事に終われて大変ですし。もちろん国のために働くというのは光栄なことではあるのですが。やらなくて良いのであればラッキーと思うくらいです」
「ではお家関係とかでなんとしてでも王妃になろうと思ったとか……」
「いえ、公爵家の立ち場は私とは関係なく揺るぎないものです。父から婚約破棄に関しても手続きの後も特に何も言われることもありませんでしたし、叱られることもありませんでした。普段通りという感じで。あら、そういえば婚約中も何か言われたことなどありませんでしたわ」
?アリーシャは首を捻った。頭の中も現実でも。彼女は一体何を言っているのだろうか。
「……ではなぜ涙など?」
「え?」
「王が好きでもない、王妃になりたいわけでもない、親に見捨てられたわけでもない。ではなぜ涙が流れるのでしょうか?」
そう言われたルカミアはピタリと動きを止めた。
なぜ?
昔から王妃になることが決まっていたのに、なれなくて悲しい?
自分の立場が惜しい?
責任放棄することが情けない?
答えは否。
王も好きでない、王妃に興味もない、婚約破棄による害もない。
ではなぜ?
気になる答えを待つアリーシャは嬉しいのかわくわくしている様子。少し子供っぽい。思わずクスリと笑ってしまう。
「そうですね……流れ、みたいな。暗殺も婚約者として排除しないといけないと言いますか……。涙は一応不幸な感じになったわけなのでその空気感に流されてしまった、みたいな…………」
なんと、と表情が固まったアリーシャにルカミアはなんともいたたまれなかった。2人は黙ったままお互いを見つめ合う。
「ま、まあ、ありますよね。こうしないといけないみたいな空気って」
アリーシャの絞り出した言葉にルカミアはブハッと吹き出した。
「ふふっ、嫌だわ。私ったら空気感に酔ってたなんて恥ずかしい。全然思ってもいないのに、なんか自分が悪かったのかな、みたいな懺悔しちゃって」
その後もクスクスと1人笑うルカミア。アリーシャは今日の彼女はよく笑うなと思いつつ、彼女の笑いが収まるのを待った。
「あーあ、ごめんなさいアリーシャ様。なんかこんな夜に来てくだらないことで時間を取らせてしまって」
くだらない?
そうね、婚約破棄に対する涙などくそくだらない。
だけど
「滅相もございません。自分の心が見えてきたとのこと。お話を聞いた甲斐があったと存じますわ」
アリーシャの言葉に再び吹き出すルカミア。
急に猫を被るアリーシャに。
そして
自分の本心……こんな王どうでもいいという心に。
その目に浮かぶは力強い前を見据えた瞳。
思わずアリーシャの口角が上がる。生き生きとした瞳を見るとこちらまで明るい気持ちになるのはなぜだろうか。
「アリーシャ様」
「はい」
「一週間後の結婚式の立ち会い頑張ってくださいませ」
アリーシャの顔が露骨に歪められる。
その顔にはいや~ん。やりたくないと書かれている。
「私は立ち会うことは許されておりませんので、見ることはできませんが。さぞ滑稽な……失礼。見苦しいものが見られるかもしれませんね。では、私は王宮を去らねばなりませんのでこれにて失礼いたしますわ」
最後に見事なカーテシーをして去っていくルカミア。
いや、滑稽からの見苦しいって……。絶対失礼と思っていないだろう。
なんともご令嬢の2人への恨みの一部を垣間見たような気がする。
しかし、冷たい仮面よりよっぽど清々しく感じられるのはなぜだろうか。




