11.本音①
いろいろ思い出してないでもう寝ちゃおう。目を閉じる。
ああ、このベッドフカフカだわー。すぐ寝られそう。
コンコン
訂正、寝られなさそうだ。
ムクリと身を起こす。無視しても良いのだが結界を通して扉の向こうから感じる気配は彼女のもので……。
「…………夜分に失礼いたしました。良い夢を」
「お待ち下さい。少しうとうとしておりまして申し訳ございません。どうぞお入り下さい」
返事がなかった為、去ろうとする彼女をなるべく優しい声音で入室するよう促す。少し間をおいてガチャリと扉が開いた。
失礼致しますという言葉と共に入ってきたのはルカミアだった。
「お休みになられるところだったのですね。申し訳ございません」
「構いません。少々疲れたものですから」
「ああ」
そう言って何かを察したのかルカミアは遠い目をする。
「ナルシー男とぶり娘の相手は疲れるものですね」
「は?」
は?と呆けたようにぽかんとする顔を見てニッと笑うとルカミアはまあ、とクスクスと笑い出す。ここに来て初めて彼女の笑う顔を見た。冷たい印象を受ける美人さんだがこのように笑うとなかなか親しみやすそうな感じがする。
2人で机を挟み、椅子に腰掛ける。
アリーシャは立ち上がると部屋の片隅へスタスタと歩きだす。しゃがんだかと思うと、おもむろに手を伸ばす。
!?ルカミアは驚いた。アリーシャの手がなくなったからだ。まるで何かに吸い込まれているかのようなその様に慌てて立ち上がりアリーシャの腕を引っ張る。
「大丈夫ですから」
その言葉にゆっくりと腕を離すとアリーシャは何やらゴソゴソと探すように手を動かす。そして動きを止めると手を上げた。
「安物ですけど、ルカミア様もいかがです?」
「あっ…………」
その手には1本のワインと2つのワイングラスがあった。アリーシャはどこかに行く際結界で作った収納袋を作成し部屋の片隅に置いている。その中にあまり人に見られたくないものを入れておくのだ。見ることはできないが触ることはできるのが少し難点だが、便利なのでアリーシャはよく使う。
「はい、いただきます」
聖女のお茶目な一面を垣間見たルカミアの表情はとても穏やかで楽しそうに笑う様は年相応の女の子のものだった。
見えない袋に入れておいた酒のつまみも取り出し、口に運びながら当たり障りのない話をするアリーシャとルカミアだったが、ルカミアがふと黙ったのでアリーシャも口を閉じた。
「アリーシャ様はお美しくて聖女としての力も持っていて、お優しくて……でもお茶目な面も持っていて、楽しいお方で…………………………………。私もあなたのようだったら陛下に、父に捨てられなかったのでしょうか?」
それはアリーシャの目をまっすぐ見た問いかけだったが、アリーシャには自分にそうだと言い聞かせているように聞こえた。
アリーシャは黙ったまま、ルカミアの目をじっと見る。ルカミアはそれに慈愛や温もりを感じ目に涙がたまる。そして、ゆっくりと開かれる美しき唇。
「私は……幼い頃から皇太子の婚約者として、王妃としてふさわしくあるように自分を律し、国のために勉学に励み、彼を支えてきたつもりです。容姿についても……そんなに悪くはないと思います……」
その言葉にアリーシャは激しく同意だった。ちょっと気の強そうな感じはあるが間違いなく美人だ。出るところは出ているのに引っ込むところは引っ込んでおり手足も程よい筋肉がついておりしなやか。そのスタイルはアリーシャからしても羨ましい。ぶり娘のようなバストを強調しただけのお色気むんむんボディよりも美しいと思う。
「ふふ、でも捨てられてしまいました。婚前性交をしなかったのがいけなかったのでしょうか?ブリリアンじょ……様とはその………」
まああのたわわに実ったものを見せるだけ押しつけるだけで、ルカミアを押しのけることなどはできなかっただろうからやっちゃってるでしょうよ。
婚前性交についてはなんとも言い難い問題である。高貴な令嬢が簡単にその身を許すのもいただけないし、身篭ろうものならどれだけのバッシングがあるか……。
そうなると男性は持て余す欲を他の女性で発散するしかない。まあ我慢できれば良いのだが、皇太子や王となるとたくさんのいい女が寄ってくる。
特にここの王は性に関して奔放なようだからあらゆるところに手を出しているよう。肉体関係を遊びと割り切るか本気になるかはその人次第。いくらぶり娘の肉体に溺れようとも彼女を婚約者にする理由としては弱いような気もするが頭があれだけ弱ければ納得というものである。
「皇太子時代から陛下はあまり勉学がお好きなようではなかったので、私は陛下の分まで勉学に励みました。国内の視察もお好きではなかったようなので、常に1人で行きました。お前が代わりにやれと言われたことは全てやって参りました。でも…………いつしかお前は何様だと言われるようになりました。なぜお前が王のように振る舞うのか、と。私はどうすれば宜しかったのでしょうね」
どんどん視線が下がっていくルカミアと比例するようにアリーシャの心は冷えていく。
( まあ、どうしようもなかったでしょうね。肉体関係を結べば良かった?そんなの関係ない。高貴な令嬢が娼婦の手管に叶うはずもなし。言いなりにならなければ良かった?はは、何も役に立たないやつだと王宮にさえ来ることが許されなくなったでしょうね。だって相手はただの我儘傲慢ナルシスト王だもの )
彼はほんの1年前に即位したそうだが、皇太子時代も王になってからも何も変わらなかったよう。
人とは何かを契機として変わる者もいれば、変わらぬ者もいる。王は前者だろう。何をしたって変わる人間ではない。なぜ、そこまで自分に自信があるのかは不明だが。よっぽどちやほやされて生きてきたのかもしれない。




