10.お帰り願いたい リターンズ
「やあアリーシャ!ディナーはいかがだったかな?」
「……大変美味しゅうございました」
アリーシャが使用する部屋の前にいたのはナルシー王だった。あ、やば、ナルシー王とか言っちゃった。心の中だからセーフよね。でもさぁ……彼がここにいる理由を考えたら、ねぇ?
というかいきなり呼び捨てになっているし。そしてフレンドリー。まあこちらは平民でございますからね、当然でございますね。でもなんか嫌だ。
「それは良かった!ディナーの間ワインが進んでいなかったようだから持ってきたんだよ」
うきうきとそう言いながら王が御自ら手に持つのはワインである。
「さあ、入ろう!二人きりで素敵な夜を過ごそう!」
いやいやいやいや、ワインとかいらないし。こんな夜遅くに部屋に入られたくなどない。なんでお前と過ごすのが素敵な夜なんだよ。
「私……お酒は嗜みませんので。お気持ちだけいただきます。では失礼致します」
「ああそうなんだね!でも私とは話したいよね!ブリリアンとばかり話していてアリーシャの相手を全然できていなかったと思ってね!さあ、これから親交を深めよう!」
一歩踏み出してくるライルにアリーシャは血管が切れそうだった。
「私は聖女でございますので深夜に殿方と2人きりになることは控えさせていだきたいと思います」
それらしいことを言ってみる。
「聖女とて1人の女だろう?素敵な男性と一夜を過ごすことがなぜ罪になるだろうか。女とて歓びは必要だろう?」
もうやだ、この人。ていうか、もう一夜とか言っちゃってるし。ライルは胸を張り、前髪を片手でかき上げる。その目はギラギラと輝いており、とても気色が悪い。
「あなたのような美貌を持つ女性を私は初めて見たよ。申し訳ないが結婚はブリリアンとするからできないが、一夜の夢くらい見せてあげようと思ってね」
いや、いらぬ。お断りである。一目見てやりたいと思うのは致し方ない。だって私超絶美女だから。だが、なぜ私がお前と一夜を過ごしたいと思っていると勘違いしているのか。
お前がやりたいんだろうが。
もしかして、世の中の女性は皆自分のことが好きだとでも思っているのだろうか。
ははははは!ありえないですからぁ!
よし、ここはズバッと言ってやろう。すぅと息を吸い込むと背後からイメージダウンの危険を察知した神官たちがオロオロし始めた。
だがそんなの関係なし。聖女のイメージなど関係なし。こいつが何を言おうと誰も信じまい。信じるとしてもぶり娘と諸々くらいのはず。
口を開こうとしたとき――――
「陛下」
近寄ってきたのはルカミアの父である公爵だった。彼はライルに近づきこそっと耳元で何か囁いた。王の鼻の下が伸びたのがわかった。
これは……
「アリーシャ。他の美しい花々が私をベッドで待っているようだ。おっと、今更惜しくなっても無駄だよ。恨むなら勿体ぶった自分を恨むんだね」
そう言いマントをヒラリと翻し去っていくライル。
えー……そういうのって隠していくもんじゃないの?こちとら一応客人なわけで体裁を整えるものじゃないのか。まるで私が振られたかのように言われたのだが……ははっ、最後までわけがわからない。
とりあえずお帰りいただけて良かったと思っておこう。
「聖女様」
思わず顔を引き攣らせるアリーシャに声がかけられる。
「はい」
「王の無礼な行い謝罪いたします。今宵は相応しきものが王の相手を致しますので安心してお休みくださいませ」
「………………ご配慮感謝致します」
一応結界も張っておこう。
「先日の穢れ祓いお疲れ様でございました。実に鮮やかで見事な御業であったと聞いております。流石は聖女様にございます。おかげで無事我が国は安寧を取り戻しました。誠にありがとうこざいます。この恩は決して忘れは致しません」
その言葉にいえ、と頭を下げる。公爵のこの誠意ある態度とライルの自分中心でしか考えられぬ行動、どちらが王かわかったものではない。
「再び穢れが発生した際にはまたよろしくお願いいたします」
「承知しております」
どんな王が治める国であろうと聖女としての仕事は果たすつもりである。目を伏せて答えていたアリーシャは何やら視線を感じて目線をあげる。
公爵と目が合った。
「アリーシャ様。我が王は少々頭が心配でしょう?」
その言葉にアリーシャは目を丸くした。
えー!変だけど、超絶変だけど、それを家臣が言っちゃうの!?言葉を失うアリーシャに公爵は薄っすら苦い笑みを浮かべた後、細めた目をすっと開いた。
アリーシャはその瞳に潜む仄暗い光にびくりと体を震わせた。
これは……
「アリーシャ聖女様は賢くてあらせられる。この国のことを侍女からお聞きになったそうで…。ですが余計な口出しをなさらない。たまにいるのですよ……それはだめだ、と綺麗事を並べる者が」
いやいや、その目怖いんですけど。ゴクリと唾を飲み込み言葉を紡ぐ。
「私の仕事はあくまで穢れ祓いや治癒ですので」
それ以外は口出ししない。世直し?国の事情?そんなものはスルーである。
「賢明なご判断です」
「ですが」
アリーシャの強まった言葉に公爵と彼女の視線が真っ向から交差する。
「私は自分の利はしっかりと頂戴します。そして、それを邪魔したり奪おうとするものは……ふふふふっ」
その微笑みはとても美しいのに、天使よりも悪魔が頭に浮かんだ。公爵は一瞬目を丸くしたあと、笑った。
「承知しております。このような愚行は結婚式後は二度と目にすることはないでしょう。どうか我が国をお見捨てにならぬようお願い申しあげます」
胸に片手を当て丁寧に頭を下げた後、公爵は去った。
あーーーーー…………
なんか
穢れ祓いより
疲れた。
早く寝よう。




