新ダンジョンの奥
「私、蜘蛛は苦手なのよ」
「え?蟻と同じようなものじゃないか」
「あのツルツルしている蟻の方が何倍もマシよ。よく分からない毛が生えて、しかも厄介な糸を撒き散らすなんて面倒でしかないじゃない」
ジョフレッドに言い切っているミミ。
口には出していないが、ルナリーナも蜘蛛は好きではない。いや、そもそも前世でもある程度の年齢になった女性は、虫の類はだいたい苦手と思うのが普通だったと、心の中で思う。
ミミが苦手にしていることも十分知っているボリスやアルフォンスたちは、ジャイアントスパイダーが接近する前に、と駆け出していく。
「ほら、こっちだ」
アルフォンスが蜘蛛の前足に切り付けて、敵を誘導する。
その挑発で、横腹を見せたかたちになったところで、その大きく膨れ上がった腹部にボリスがロングソードを叩きつける。
怒ったジャイアントスパイダーが、尻から粘着する糸を吹き出すが、過去に経験していたボリスは既に距離を取っていたのと、そちらに気がそれた隙に今度は蜘蛛の顔面にブロードソードを叩きつけるアルフォンス。
ジャイアントスパイダーもDランク魔物であり、Cランク相当の銅級冒険者である2人にすると格下に対して余裕のある攻防となる。
「ミミ、こいつの討伐証明部位は?あと高く売れそうな素材はどこなんだ?」
「それが……討伐証明はあごよ。で、高く売れるのは尻の糸を出すところ、“糸せん”なんだけれど……」
「すまん。こいつの攻撃手段ってあまりないから、普通に戦闘になってしまうと糸をいっぱい出してしまうんだ」
「ということは」
「そう。糸をたくさん出した後の器官には価値はなくて……」
「じゃあ、魔石とあごだけ取って、さっさと次に行こうか」
とは言うものの、広い森のどこに向かえば良いのか。洞窟の場合には通路のみというような制限がないだけ目標となるものを決める必要がある。
「そうね。まずはどれだけの広さがあるのか分からないから、この階段のあった壁沿いに一周してみる?」
「ルナのマッピングに任せるわ」
空があるように見えるが、壁は存在している。その壁は先ほどまでの洞窟と同じように土で出来ていた。
切り立った崖に囲まれた谷の中にある森を歩いている感じになる。
「なぁ、この崖を登るとどうなるんだろう?」
「見た目に行き止まりはなくて空まで行きそうだけど、何もない可能性の方が高いよな。それより途中で力尽きて落ちて死んでしまいそうだが」
ジョフレッドの疑問にアルフォンスが答えている。だが、昔に同じ疑問をルナリーナにしていたことは内緒にしているようで、それを知っている仲間たちはニヤニヤしている。
途中で巨蜘蛛の何体かに遭遇しても、相手の数がこちらより少ないのでそれぞれ撃退して進むこと半日。
「なぁ空が暗くなって来ているんだが」
「そうね。つまり夕方ってことね。適当に野営する場所を探さないとダメね」
途中で川らしいものもなく、ひたすら壁沿いに森の中を進んで来た一行。
「みた感じ、どこで野営しても同じように見えるな」
「確かに。まぁ、壁を背中にしていると敵が襲って来てもまだ安心だよな」
「じゃあ、明るいうちに枝を集めてきて夕食の準備にしようか」
ボリスによる調理の横で、今日使用した武器の手入れを行う仲間達。
川などがなかったので、ルナリーナの水魔法で生成した水で料理をする。
「ルナ、あれをお願いできるかな」
「はいはい、ちょっと待ってね」
ミミとイグナシアナの要望を受けて≪洗浄≫魔法も発動するルナリーナ。
汚れを落とす水属性の初級魔法だが、風呂に入れない野営では身体や衣服をきれいにするので、女性陣にとっては重宝する。
野営の際にルナリーナの魔力を温存しないのか?という意見もあったが、女性陣からの必須だという意見には逆らえなかった男性陣である。
昨日はまだ我慢していたが、今日は2日目と言うのと蜘蛛の糸を相手にしていたこともあり、余計に必要性を感じたので仕方ない。
「で、この森は円形だろうというのはほぼ確定なんだな?」
「おそらくね。洞窟から降りて来た階段からだいたい半分きたのだと思うけれど、ずっと曲線、弧を描いている感じだったし。明日も残りを歩けば、その階段に戻れると思うわよ」
「うーん。そこで一周したとして、次はどうする?適当に進んでも……」
「そうね。洞窟のフロアが地下1階、この森のフロアが地下2階だったとして。地下3階より下がある場合の、降りていく階段。もしくはここが最下層だったとして、ダンジョンコアがどこにあるのか」
「やっぱり真ん中じゃないのか?」
「そう単純だったら良いのだけどね」
しかし、まだ出来て新しいダンジョンだからか、結果としてはその単純な話であることは翌日に分かる。
夜襲の蜘蛛の対応をする羽目になり、ただでさえ蜘蛛が好きでない女性陣の気分が下がったまま、朝を迎えた一行。
朝食をとり、洞窟フロアから降りて来た階段まで外周を歩き終えた後は、とりあえず中心を目指すことになったのである。
「おいおい、まさかな」
「アルの当てずっぽうが当たるとは……」
このフロアの中心には小山のような岩場があったのだが、そこに下に降りていく階段があったのである。
「ま、ここまで来たら次のフロアも探索するわよね?」
「そりゃそうだろう。行くぞ」
「流石に次は蜘蛛ではありませんように……」
そう願って階段を降りていく6人。
「え?なんだ、これ?」
育った港町ワイヤックの近くのダンジョンでも経験してしなかった砂漠のフロアであった。
もちろん前世記憶のあるルナリーナはそのことが分かるが、それ以外の者たちは初めてみる光景である。
「これって、砂?」
「近くに海があるというのか?」
砂といえば海辺の砂浜と思う、海に面していたナンティア王国の仲間達。
「でも、潮の香りはしないな」
「海と関係なく、水が少ないところではこういう砂漠になるみたいよ」
「砂漠?あぁ、私たちがここに来るまでの土地は草原や荒原が多かったけれど、そういう土地もあるらしいわね」
ルナリーナの言葉に、王女として教育されて知識があるイグナシアナが答える。
「へぇ。でも水が無いのか。それは困るな。それにこんな暑いなんて」
「色々を脱いでしまおうか」
「アル!ダメよ。逆にローブなどでしっかり身体を覆っておかないと。砂が入ってこないくらいの格好をしないと」
「ルナ?そうなのか?」
「あの雲もない空に太陽はないけれど、こういう場所で裸に近い格好なんてしていたら水分を奪われるわよ。それにダンジョンなんだから魔物も居るわよ」
あまり納得した感じではないが、アルフォンスたちはローブやフードをまとって歩き出す。
ここでも、円形と思われる壁を一周することになったのである。
「おい、あれって」
「あぁ、Cランク魔物の巨大な蠍、ジャイアントスコーピオンだろうな」
「戦ったことはあるのか?」
「名前くらいしか知らないぞ」
「尻尾に毒があるはずよ。それに左右のハサミは強力よ。硬い殻にも気をつけて!」
「流石はルナ。よし、まず盾を持つ俺たちが前に」
戦い方そのものはジャイアントアントと変わらず、硬い殻の隙間を狙って攻撃するのだが、蟻は頑丈なアゴや突進などのように攻撃手段が少なかったのに、このジャイアントスコーピオンは尻尾や両手の巨大なハサミも脅威である。
さらにCランク魔物と格が上がり、自分達と同格になったのである。
1対1の場合に同格となるので、こちらが複数人で相手をすれば余裕があるはずだが、知らなくて慣れていない敵というのは気疲れもする。さらに毒があると言えばなおさらである。
「ふぅ、なんとかとどめがさせたようだな」
「これって、どこを選んで持ち帰れば良いんだ?」
「肉は食べられそうだよな。エビやカニみたいに」
「少なくともジャイアントアントよりも高く買ってくれそうだから、もし魔法の収納袋がいっぱいになったら、蟻の胸部を捨ててこっちに交換する方が良いわね。尻尾の毒のところや左右の大きなハサミは討伐証明になりそうだし」
暑さに辟易しながら、そして砂漠の悪い足場での戦闘であるので、どうしても怪我人は出てしまう。
「毒を受けるより怪我の方が安心だよな。ルナの回復魔法があるのだから」
「だからと言って怪我ばかりしないでよ」
「分かっているさ。探知も水の生成もルナ頼りだから」
「洗浄も、ね。攻撃魔法に魔力を使わなくて良いから温存しておいてね」
暑さで汗も大量にかくので女性陣にとって≪洗浄≫魔法は切実なようである。




