気分転換
そして到着したのは、モンタリオン王国のロワリオンという街であった。
それほど大きな街ではないので、ルナリーナが神殿で魔法を習うという思惑には相応しくないが、都会よりも魔物討伐の依頼には期待ができそうである。
まずは冒険者ギルドで登録更新をするのに合わせて、この街での依頼について聞いてみるミミ。
「そうですね。銅級6人ですか。ありがたいですね」
「ということは?」
「はい、この街の規模では銀級以上なんて定住していないですし、銅級も限られています。それなのに、近くに新しいダンジョンらしいものが出来たという噂がありまして。調査をするにも鉄級以下ばかりでは不安でした」
「じゃあ」
ミミの顔がほころぶ。
「はい、6人もいらっしゃるならば大丈夫でしょう。ぜひその調査をお願いしたいのですが」
受付から少し離れた立食用テーブルに6人が集まって相談する。
「正直なところ、ダンジョンとなると不安がある。冒険者になっても王都付近の依頼だけだったから、ダンジョンの経験がない」
「私たちは罠の解除とかできないわよ」
「ジョンもイグも正直にありがとうね。でも大丈夫よ。私たち4人はワイヤックの街でちゃんとダンジョン経験をして来ているから」
「いや、ミミの言うようにダンジョン自体の経験はある。でも、ダンジョンに対して経験豊富とは」
「アルの言うとおりね。罠が多いとか、上位の魔物ばかりとかだと対応できないわよ。ダンジョンは危険なものなんだから」
慎重論も当然に出てくるが、結局は調査依頼であり踏破が目的ではないので、まずは様子を見てくるという結論になる。
「もちろん、どんなダンジョンか調査が目的です。もし皆さんにとって弱い敵ばかりならば、踏破してくださった方がこの街としては安心ですが」
ギルドの受付も調査依頼であることの念押しに対して答えてくれる。
「じゃあ、携帯食料や松明などを調達して行くとするか。馬は宿に預けて徒歩で行けるくらいの距離らしいし」
「確かにそんなに近くだと、畑仕事をしている人たちには不安だよな」
「他国ではあるけれど、弱い民のためになることならばやる気が出るわ」
「イグ、張り切りすぎるなよ。俺たちはダンジョン初心者なんだから」
「何にせよ今日のところは宿に泊まって、朝から出発としよう」
「よし、今日は景気付けに肉でも食べようか」
「お酒も久しぶりに飲もうかしら」
「「イグはダメ!」」
イグナシアナが酒に弱いのに酒癖が悪く記憶も残らないのには懲りている仲間達は必死に止める。
「私だって飲みたいのに」
「まぁ、翌日のダンジョン探索もあるし、日頃と違うことはやめておこう」
うまくジョフレッドがなだめてその場を終わろうとしている。
「誰か!助けてくれ!」
呑気な会話をしながら、翌日の準備などを手分けしつつ宿探しに行こうかと、冒険者ギルドを出ようとした6人。
そこへこの近隣の住民と思われる男性がギルドに飛び込んで叫んでいる。
「どうしたんだ?」
すれ違いになりかけたアルフォンスがその男性の話を聞く。
「子供が!うちの子供が、あの洞窟に遊びに行ったみたいなんだ!」
「あの洞窟って?」
「ダンジョンかも知れないっていう最近できた洞窟だよ!あ、あんた、冒険者なのか?助けに行ってくれ!頼む!お金は、お金はあまり無いが、何とかするから!」
「え!?」
その男性の喧騒に、ギルド受付の職員も入口近くにやって来て、話を引き取る。
「落ち着いてください。お子さんがその洞窟に行ったのは確かですか?小さな子供はかくれんぼしてしばらくしたら家に帰って来ていたりしますよね」
「いや、そのかくれんぼをしていた友達同士の話なんだ。どうも肝試しのような感じで1人で中に入ったのに、しばらくしても出てこないから、怖くなってその子の親に教えに戻って来たらしい」
「お子さんの特徴は?」
「10歳の男の子だ。服装は、シャツとズボン、普通に汚れた感じの薄茶色」
「髪や瞳の色は?」
「俺と同じ赤毛で茶色の目だ。あんたと同じだよ」
色を聞いたアルフォンスの服をつかんでくる。
「頼むよ、助けに行ってくれ」
「仕方ないですね。松明と食料はギルドのものを提供します。子供の捜索依頼も追加で、それら消耗品代はその報酬から差し引きます。今すぐ行けますか?」
「もちろんよ。みんな、行くわよ!」
ミミとイグナシアナが特に張り切っている。
「じゃあ、あんたは洞窟の手前で待っていてくれるか?」
「あぁもちろん。洞窟まで案内する!」
「いえ、あなたはこちらで手続きをしてから向かってください」
焦っている父親をギルド職員が落ち着かせて、事務手続きをさせる。
追加で駆けつけて来たギルド職員から松明と簡易食料を預かった“希望の灯火”の6人は事前に聞いていた洞窟に向かう。馬はギルドに停めておいて良い許可を貰っている。
「急な話になってしまったわね」
「まぁ、どれだけ深いダンジョンか分からないけれど、子供が行けるところなんて入口付近だろう?」
「迷子になって下手に動いていたら分からないわよ」
「とにかく急いで行くしかないな」
どうしても気が焦って、早歩きのつもりが最後にはジョギング程度になって目的の洞窟に到着する。
そこには、数人の大人と数人の子供が居た。
「もしかして、ルカくんと遊んでいた子供達?」
「そういうあんたたちは?」
「冒険者ギルドで、子供の捜索を依頼された冒険者です。お父さんはギルドで手続き中ですが、取り急ぎ駆けつけました」
軽く走って来たのは見えていたようであるし、少し息を整えながら話すミミのことを疑う気配はない。
「こいつらの話だと、もうルカくんが入ってから何時間も経っているはずなんだ。家には別の大人たちも待っているから、もし入れ違いで家に帰っていても連絡が来るはずだし」
「きっと中で迷っているんだ!助けてあげて!」
「お願い!」
ルカという男の子の友達と思われる子供たちからも必死な顔で頼まれる。
「大丈夫よ。こう見えてお姉さんたちはベテランなんだから。ほら、銅級ってわかる?」
「すげぇ!本物?」
「もちろんよ。早速、中に入るから。中がどんな感じかわかる人います?」
「俺、ちょっとは入ったよ。普通の洞窟みたい。でもカサカサって感じの音がしたから逃げて戻っちゃった」
「俺はもう少しは入ったけれど、すぐに外からの明かりが届かなくなって、怖くなったから戻って来ちゃった」
「ルカくんはどうして奥まで行けたのかな」
「あいつ、家から松明を持って来たって自慢して。それを持って入ったんだよ」
色々と事情がわかったところで、洞窟の中に入る。
すでに外は夕方で薄暗くなっていく気配もあったので、最初から松明に火をつけて、アルフォンスとミミが1本ずつ手にする。
「じゃあ、皆さんはここで待っていてください。あまり遅くなったら子供たちは家に帰らせて寝させてくださいね」
「あ、あぁ。頼んだよ」
アルフォンス、ボリスが先頭の右と左。真ん中にイグナシアナとジョフレッド、最後にミミとルナリーナの順で中に入る。
アルフォンスとボリスは盾を前にしながら慎重に進む。
「ルカくーん、迎えに来たよー」
「聞こえたら返事か音を鳴らしてー」
魔物を呼ぶ可能性もあるが、まずは男の子の救出が先であると、大声を出して進む。
「これ、最初は一本道だけど、すぐに別れ道があるわね」
「洞窟っぽくて壁や床は土が剥き出しだけれど、行き止まりも多いし迷路みたいだな」
「これはちゃんと地図を意識しないと迷子になるな」
「ルカくんも自分の場所が分からなくなっているかもね」
ルナリーナが手元で簡易の地図を書きながら進んでいる自分達は迷子にはならない自信はある。
「あの音は?」
「魔物がいる?」
「子供がカサカサって言っていたから、獣より虫なのかもね」
「って、いたぞ!」
「蟻か!」
Dランク魔物である巨蟻に遭遇する。
しかし、所詮はDランクが1体。松明を持ったアルフォンスの横からジョフレッドが前に出て、左手のバックラーで防御しながら右手のブロードソードでそれほど苦労することなく倒す。
「とりあえず魔石だけとっておこうか」
「気分転換のはずの魔物退治、もしくはダンジョン調査が大変なことになってしまったわね」
「そうだな。とりあえずルカくんの無事を願って進むとしよう」




