追っ手の最後
イグナシアナに飛びかかった男。それに気づいて一歩後ろに下がったイグナシアナの代わりに飛び込んだジョフレッド。バックラーで守ることまではできなかったが、ブロードソードと革鎧のおかげでかすり傷にもならずに済んでいる。
「ジョン!」
その姿を見たルナリーナが≪矢≫を乱発して、その男の頭部、顔面だけに限らず打ち込む。
「う!」
うめきながら倒れ込んだ男が再び立ち上がる懸念はあるものの、他にもたくさんのチンピラがいるためまずはその近くの男達を追い払う。その後にジョフレッドが、倒れ込んだ男を後ろ手で縛って転がしておく。
結果的に、そのイグナシアナに急に飛びかかった男以外では、せいぜいジュリオが手間取った程度であり、他の12人は簡単に武装解除して縛り上げることができた。
「で、お前達は何がしたかったんだ?昨日の逆恨みか?」
「は。そうだよ。ただ、そこの男が、お前達を上手く捕まえたら金貨をくれると言ったんだよ。それに今日に東に向けて出発するから、ここで待ち構えるようにって情報もくれた。その通りになったが、まさかお前達がここまで強かったとはな」
「じゃあ、お前の元々の仲間は13人で、あいつだけ違うというのか?」
「そうだよ。あいつの名前も知らねえよ」
「で、お前は何なんだ?」
そう言いながら倒れている男の身体を起こそうとしたら、すでに自決したようであった。
「はぁ。ま、自決するってことは、こいつが追っ手だったんだろうな」
「そういうことか。じゃあ、この剣には毒があるかもしれないし、要注意だな」
その後、相談の結果でアルフォンスが馬を飛ばして衛兵を連れてくることになり、衛兵に13人を盗賊として引き渡すことになった。14人目は死亡していたが、身元を示すような物は何一つなく、財布や武器だけは14人ともから回収しておいたミミたち。
「一緒にノルマノンに戻るのであれば、冒険者ギルドに証明を伝えるが?」
衛兵に言われて、何のことか思い当たったルナリーナは、まぁまぁと言いながらイグナシアナ達を説得し、王都ノルマノンの冒険者ギルドにまで戻る。
「あら、あなた達」
今朝に手続きをしてくれたギルド職員が空いていたので、そこに衛兵と一緒に先ほどまでの事情を説明する。
「ありがとう!つまりジュリオ達が奴隷落ちするのね。いい気味よ、本当」
「それで」
「あ、なるほど、そういうことね。ジョンさんとイグさんお二人の冒険者の証をお預かりします」
しばらくして銅色になった証明書を持って来た職員に銅級への昇格条件、人との戦闘の有無の説明を聞いたイグナシアナ達。
「そういうことだったのね。ちゃんと対人戦について誰かが証明できないと銅級昇格はダメだったのね。今回はその機会ということで」
「ルナが何か言えないのに、強引だった意図も分かったよ。確かに旅が長くなるならば、銅級に上がっておいた方が良いことが多いかもしれないからな」
「ルナ、ありがとうね」
「でも、余計にかかった時間を取り戻すために、早く出発しましょうね」
「あいつらの装備、手入れもしていなかったから大したお金にならなかったわ。あ、追っ手のショートソードにはやっぱり毒が塗っていたみたいよ。それだけは手入れがされていたから少しだけ買取額も高かったけれど」
合流したミミ達と共に東門から再び出発し、乗馬の訓練をしながら東へ向かう一行。
余計な盗賊や魔物も現れることなく野営になる。
「あいつらのせいで余分な時間がかかったから、ぜんぜん進めなかったわね」
「まぁ、イグとジョンの2人も銅級になれたのだし、旅費になる金貨に変わったあいつらには感謝するべきなのかも」
ボリスの料理を食べながら今日を振り返る。
「やっぱり追っ手はまだ来ていたんだよな……」
「ナンティア王国の現状を踏まえると、中止の命令も出せなかったのか、それが伝わらない状況だったのかも、な」
「ってことは、他に追っ手が来るかは分からないけれど、少しはマシになるといいな」
食事も終わり飲み物を飲んでゆっくりしているとき。
「で、アルは何を見ているの?」
「いやぁ、改めて見ると、それぞれの国の貨幣って色々と違うんだなぁと」
アルフォンスは残っていたナンティア王国の銅貨と、ノーブリー王国とパント王国の銀貨を取り出して比較している。
「そういえば、ワイヤックのダンジョンで見つかった古代の貨幣はもっと変わっていたわよね。今の貨幣は王家の紋章などの図柄か記号だけなのに」
「そうだな。古代のは誰かの横顔だったよな」
「あれって、学者がいうにはその時の国王の顔らしいわよ」
皆と会話しながら前世を思い出すルナリーナ。コインをコレクションする人が言うには、コイン収集は高尚な趣味で、特に各国のものを集めるとその国・時代が、そして経済がわかるという話だった。
「昔の話はわからないけれど、このカルカーン帝国の範囲内では、金銀銅の配合率は同じにする決まりがあるのよ。だから基本は等価交換ができるの」
「流石はイグ。じゃあ、この鉄貨は?」
「あ、あのチンピラが持っていたヤツよね。スラム街などで流通しているものらしいわよ。もちろん銅貨ほどの価値もないけれど、そっちの世界では大事らしいって」
「そうなんだ。ワイヤックなどナンティア王国では見なかったよな」
「きっとノーブリー王国の闇というか貴族達には分からない世界の話なんだろうな」
「……」
「なんだかんだ色々あるんだな」
「ん?アルはコインのコレクターにでもなってみる?」
「そうだな、集めてみたら面白いかもな」
「良いんじゃない?これから色んな国をまわるのだから。銅貨くらいならコレクションしても」
「確かに、金貨、銀貨、銅貨は同じ文様で材質が違うだけなのが普通だし、銅貨程度なら残しておいても経済的に困らないだろうし、両替でも余ってしまうこともあるだろうから」
前世では高尚と言われていたのに、この6人のなかで一番遠そうなアルフォンスが、と心の中で苦笑いするルナリーナ。そして、でもコイン収集は子供にもよくある趣味だったなぁと、また失礼なことを考えてしまう。
それからは、大きな街道のままカルカーン帝国の帝都サンレアンを目指す旅である。
各国でも主要な街道を通るので、大きな街ばかりではないがそれなりに交通量のある場所の宿場町などを経由することになり、危険な魔物との遭遇はない。
「ねぇ、単調すぎて暇なんだけど」
「イグ、その方がありがたいでしょう?追っ手なんて欲しくないし」
「そうなんだけど。あなた達も馬の乗り方を覚えたみたいだから、特に困ることもないし」
「まぁ、魔物に遭遇するような道を通っていないからね」
「緊張感がなくなりすぎるのも危ないけれど、わざわざ魔物がいるような道へ遠回りすると帝都への到着が遅れてしまうからなぁ」
のんびりと旅行を楽しむような旅でもないので、それぞれの街でも最低限の飲食や買物しかしていない。イグナシアナ達にすると退屈になるのも理解できる。
ルナリーナも、それこそ時間があればそれぞれの街で神殿にでも寄って新たな魔法の習得を試したいし、魔道具屋でも何かないか探したい。後者については少しできても前者の時間は確保できていない。
「少し根を詰めすぎたかもしれないな。まだ帝都へも遠い。このままで何か大きなミスをする心配もあるな」
「流石はジョン。でも、何をするの?」
「それは……皆でやりたいことを相談しよう」
「なんだよ、それ」
最後の詰めが微妙だったジョフレッドだったが、皆が笑っているので、狙った言動かとも思えてしまう。
「じゃあ、私から。剣の腕が鈍らないように、冒険者ギルドで適当な討伐依頼を受けてみたいわ」
「イグらしいわね。じゃあ私は、ちょっと似ているけれど、久しぶりにダンジョンに行ってみたいわ。他国のダンジョンってどんなのか気になるじゃない」
「ほぉ。確か副都には大きなダンジョンがあり、迷宮都市とも言われているらしいな。そこで訓練したから帝国の軍は強くなったと」
「ジョン、そんなことを聞いたら行きたくなるじゃない。でも、副都って遠いのよね?」
「あぁ、まだまだ。帝都に近い方向だからな」
「ミミ、諦めないとね。私は大きな街、王都とかの神殿で魔法を習いに行きたいわ」
「ルナらしいな。俺はそれでも良いが、そうなると皆はその街で一日ゆっくりするということか?」
「食材の買い出しや食べ歩きでも良いぞ」
「ボリスらしいわね。じゃあ、ジョンは?」
「剣の腕が鈍らないようにしたい、に賛成かな」
結果的に、まずは次の街の冒険者ギルドで適当な魔物討伐依頼があるか、ダンジョンが近くにあるかを探すことになった。
遠くすぎる目標である帝都よりも、身近な具体的なものが出来たため、少し緩んでいた気持ちも心なしかシャキッとした感じがする仲間達であった。




