ノルマノンからの出発
「先に伝えておくことがある」
落ち着いたジョフレッドが、皆を集めて話を始める。
「どうしたの?」
「せっかく一緒に帝都を目指すと言ってくれたが、資金は潤沢ではない。ここノーブリー王国の貴族達への面会調整など政治活動にそれなりの費用がかかった。きっと帝都サンレアンではもっと使うことになると思うから、節約する必要がある」
「ま、仕方ないわね。ここに来るまでの報酬と比べてどのくらい減るのかしら」
「いや、減らすほどではない。日数に応じた倍率で支払えると思う」
「なら問題ないじゃない。追っ手も来ないのなら安心だし」
首を振ってため息をつくジョフレッド。
「いや、追っ手はこの王都ノルマノンの街中では手出しできなかっただけだろう」
「え?だってイグを暗殺したい人達だって、ヴィリアン王国から攻められた状態のナンティア王国ならそんなことを考えている余裕はないでしょう?」
「そうであれば良いのだが」
「ま、何にせよ、ここまでの報酬と同じような日当が貰えるなら何の問題も無いわよ」
ミミの返事に対して、他のルナリーナ、アルフォンス、ボリスも頷く。
「すまない」
ジョフレッドが頭を下げるのに合わせて、イグナシアナも頭を下げてくる。
「ま、雇用主だけれど、これからの長旅は仲間、敬語は無しに戻していくわよ」
「あ、あぁ。よろしく頼む」
「ほら、まだ何か固いわよ。イグ、ジョン、しっかり背中を伸ばして!」
「リーダーには敵わないな」
ジョフレッドだけでなくイグナシアナも苦笑いをするが、ルナリーナ達は普通に笑う。
「じゃあ、イグ達は明朝にすることがたくさんあるわね。まずは冒険者証の更新。それと貨幣の交換ね」
「いや、貨幣の交換はこの館でやってしまおう。高額すぎて他所でするのは危険だ」
「そう?もうナンティア王国の貨幣は諦めるのよ、イグ」
「そうよね。距離も遠くなるのだし、これからは帝国共通貨幣も考えないとね」
「そんなのがあったの?」
「銀貨より下の貨幣には無いわ。基本的には魔銀貨、一部では金貨もあるけれど。通常時の取引では使われないわ」
「というと、政治的なことや大規模な商取引のときってことね。そもそも一般人に魔銀貨なんて関係ないからね」
「そうだ、ルナのいう通りだな」
まずナンティア王国の貨幣をなくし、ノーブリー王国の東にあるパント王国の貨幣に変える。大きな貨幣はこの大使館相当の館で行えるが、それ以外は宿屋など適当な場所に行って交換する役割をアルフォンスが請け負う。
食品など消耗品の仕入れはボリスとミミが行い、イグナシアナ達の冒険者ギルドでの更新作業にはルナリーナが付き添うことになった。
「じゃあ、この王都ノルマノンとも最後ね。料理長の美味しい食事を堪能しましょう」
明るく言うミミだが、職員達には厄介者がいなくなるのでせいせいすると言われる可能性も覚悟だからである。
「ジョンが貨幣交換などを指示すると、すぐに色々と伝わるでしょうね。それはそれで良いわ」
イグナシアナも割り切ったようである。
そして翌朝、冒険者ギルドに到着した3人。
「あら、あなた」
昨日の騒動を知るギルド職員に、ルナリーナが声をかけられる。
「あの3人組、逆恨みをしてあなた達2人を探していたわよ」
「あ、そうなのですか。ありがとうございます」
「こちらの2人も仲間なの?だから余裕に思っているのかしら?あのジュリオは、昨日のテオ、ニコ以外にも手下がたくさんいるのだから気をつけてね」
「ずいぶん親切に色々と教えてくださるのですね」
「まぁギルド職員としてはダメなんだけれど、私も色々と恨みがあるからね。もちろん内緒よ」
小声で色々と教えてくれた職員の女性にお礼を言いつつ、イグナシアナ達の所属変更と更新手続きを済ませる。
「昨日に話を聞いた、チンピラ達3人組のことだよな?」
「ルナってモテるのね」
「イグ、今のタイミングだと、それは褒め言葉になっていないわよ」
「あら、そうかしら」
どうせすぐにこの王都を出る直前であるし、チンピラ程度のことと思ってあまり気にしていないルナリーナ達3人。
それぞれの用事をしていた仲間達と、大使館で合流し6頭の馬に騎乗して出発する。
流石に王女の出立ということで、玄関の内側までは職員達もついて来て挨拶をしてくれる。門までついて来られると目立って逆に困るので、建物内だけにと指示をしたのだが、職員達も早くに厄介者達と縁が切れるのでありがたく思っているのであろう。
「じゃあ、まずはパント王国に向けて出発ね。あまり焦ってもダメだけれど、帝都までのんびりはできないから、頑張って行くわよ」
仲間達にしか聞こえない程度の声でミミが先頭を進む。
当然に街中で速度を出せるわけがなく、通常の常歩よりもさらにゆっくりと移動し、東門を出る。
「ここからは速歩の練習よ!」
「またかよ」
イグナシアナが乗馬の先生に戻り、ルナリーナ達を指導する。
これもイグナシアナの気分転換なのであろうと割り切って、それに付き合う仲間達。
「他の旅人達がいるところではゆっくり行くからな」
しかし王都ノルマノンを出て、人も減ったあたりで街道に飛び出てくる男達が10人以上。
「ちょっと待って貰おうか」
「おい、危ないだろう。馬の前に飛び出してくるなんて!」
「へぇ、今日は口調が違うじゃないか。ルンって名前だったか?」
かぶっていたフードをおろして顔を出してくる男達。
「あ、昨日の。確かお前はテオ」
「ほぉ、覚えていたか。お前達のおかげで、ジュリオの兄貴の面子は潰されたんだぞ」
「お前達2人組ではなく、6人組だったんだな。でもこっちは14人も居るぞ。さっさと馬を降りて降参しろ」
「見るからにチンピラのような連中が集まったところで怖くもないのだが。このまま馬で走り去ってしまおうか」
「そんなことさせるか!」
何か網のようなものを広げて、街道の行手を塞ぐ男達。
「この中を馬に走らせると、馬が転んで骨を折るだろうよ。良いのか、それでも」
「本当に足を折るとは思えないけれど、万が一のこともあるわね」
「そうだな。馬を降りるとするか」
イグナシアナ達も同意するので、6人とも下馬し、馬を後ろに下げて徒歩で前に進む。
「ほぉ、昨日の、アンだったかいう娘以外の2人の女もなかなかじゃないか。男3人に用はない。女3人を残してどこかに行ってしまえば許してやるぞ」
「そんな言葉に従うと思うのか?」
「ならば、力づくとするだけだ。男は殺しても良いからな」
「ほぉ、皆が剣を抜くか。ならば、自分たちが殺されても良いのだな」
ジョフレッドも王都での上手くいかない政治活動でたまっていたストレス発散と思ったのか、口調が厳しい。
「ま、盗賊ってことよね。返り討ちで殺しても良いだろうし。いや、生かして捕らえたら奴隷で売れるか。じゃあ、金貨が14枚か。みんな、殺すなよ」
「何だと!ふざけるな!」
男性陣の挑発にあっさり乗ってくるチンピラ達に対して、本気で戦う必要もないと思っている“希望の灯火”の6人。
実際、ブロードソードなどを振り上げて斬りかかって来るが、誰もまともに練習したようには思えない腕であり、ボリス、アルフォンス、ジョフレッドがそれぞれの盾を前にしながら、さばいていく。
まわり込んで来ようとする男達には、ルナリーナが≪矢≫の魔法を発動して牽制する。
「なんだ、こいつら結構やるぞ!」
「今さらね。降参するならば、命までは取らないわよ」
「ふざけるな!」
ミミの言葉も挑発にしかなっていないようで、ますますチンピラ達は顔を赤くしたまま6人を取り囲んで斬りかかって来る。
「もぉ、仕方ないわね」
イグナシアナも、両手に持ったショートソードを使ってチンピラの攻撃をさばくが、流石に急所を攻撃して殺す気にもなれない。
適当に相手をしていたら諦めて去ってくれるのだろうか等と考えていたその時。
軽くさばかれたと思われた男が、急に動きを良くしてイグナシアナに飛び掛かる。
「イグ!」




