ノーブリー王都ノルマノン
隣国ノーブリー王国の王都ノルマノンの冒険者ギルドで、新規に習得した≪氷刃≫魔法の練習に来ていたルナリーナとアルフォンス。
練習で発動した≪氷刃≫を見た他の冒険者に声をかけられている。
「はぁ、面倒ね」
「無視しておこうか?」
「今、この国で面倒を起こしてイグ達に迷惑をかけるわけにいかないし」
「こら!何をこそこそ話している!早く名乗れよ」
「あ、これはすみません。私たちのことですかね?彼女は私の恋人のアン、私はルンと言います」
「は、お前なんかにもったいない娘ではないか。俺様の恋人にしてやろう。そして、俺達の冒険者パーティーに入れてやるから遠慮するな」
「おぉ。お前達、ジュリオ様のパーティーに入れるなんて光栄なことなんだぞ」
「テオ、勘違いをさせるような言い方をするな。入れてやるのは女だけだ。男はどこかに行ってしまえ」
適当な偽名を使ったアルフォンスに対して、好き勝手なことを言ってくるチンピラに見える冒険者達。
「そんな殺生な。彼女は私の恋人なんです。勘弁してください」
これを機会に、というのがあるのか“恋人”を連発するアルフォンスに対してこっそりため息をついてしまうルナリーナ。
さらに悪ノリしたアルフォンスが、そのルナリーナの手を握ってその場を去ろうとするアルフォンス。
「こら、どこに行こうとするんだ!ジュリオ様が声をかけているのだぞ」
「テオ、ニコ。逃すな」
少し体格の良い男が、兄貴分のジュリオ。そして少し貧相な感じの子分達がテオとニコと理解する。
「勘弁してください」
周りに他の冒険者がいないわけではないが、関わりになるのを避けている感じである。ギルド職員は残念ながら見当たらない。さらに強引にルナリーナの手を引いて、テオと呼ばれた男の横を通り抜けようとするアルフォンス。
「生意気な奴。ジュリオ様は銅級冒険者なんだぞ。見るからに駆け出しの歳のお前達が叶うわけがないだろう!」
テオとかいう小者っぽい発言を聞いたアルフォンスはなおさら安心する。つまり、テオとニコはその銅級より下の鉄級なのかと思われるからである。
「ルン、手が痛いわよ」
いつまでも手を繋ごうとするアルフォンスに対して呆れて、手を強引に離すルナリーナ。それでもせっかくの偽名は使い続けている。
「ごめんよ、アン」「皆さん、我々はここで帰りますね」
テオの筋力では自分達を抑えきれないと推測したアルフォンスが、強引に自分の身体を盾にしてルナリーナを、ギルド職員達がいる受付のある方向に進ませる。
「そんなことを許すかよ!」
怒ったテオが腰に下げていたブロードソードを抜く。
「そうだ、待てよ!」
ニコという男もブロードソードを抜くが、ジュリオは仕方ないなぁという顔のままで剣を抜きはしない。
抜かれたどちらのブロードソードも、手入れもいい加減で汚れも刃こぼれも見えるのでため息をつくアルフォンス。
「先に抜いたのはあなた達ですよ」
自分は鞘から剣を抜くことはせず、鞘ごと剣を腰から外し、右手でそれを構える。
「アン、受付に」
「はいはい」
アルフォンスがチンピラの鉄級2人に負けるとは思わないが、銅級と呼ばれた男まで加わった3人を無傷で相手できるかは不安である。
かといってここで自身が魔法を発動するともっと騒ぎが大きくなる可能性がある。そうなるとイグナシアナ達への迷惑が心配である。
慌ててギルド職員を連れて戻ったところ、アルフォンスは引き続き鞘をつけたままの剣で、テオとニコの2人に対して相手をしていた。そのことにジュリオが痺れを切らして、腰のブロードソードを抜いたところでもあった。
「あなた達!何をしているのですか!」
ギルド職員が強く叱責する。
「まぁ冒険者ギルド内で剣を抜かなかったことは賢明でしたね。あの3人は銅級、鉄級、鉄級のパーティーですが、色々といい加減なので成長せず。また裏では若手に絡むという悪評もありましたが、今回は現行犯で確認できました」
「今までどうして見つからなかったのでしょうか?」
「ここの訓練場、初級者ばかりが使用しますので、彼らに逆らえなかったのかと」
「え?」
ある程度の強さになると、他人に自分の技を見られるのを避けるようになるので、この訓練場を使わないとのこと。それは街によって文化が違うかもしれないと補足はされるが、その認識が無かった自分達のことを反省するルナリーナ達。
「ルナ、ごめん。ここでの練習を誘って」
「それは自分も問題ないと思って来たのだし、お互い様よね。それよりも!」
「え?俺、何かしたっけ?」
とぼけようとするアルフォンスの足を思いっきり踏んづけてから早足で館に向かうルナリーナ。
謝りながら後を追いかけるアルフォンスだが、館に着いても口を聞いて貰えない。
「それは調子に乗ったアルが悪いわ」
「だからごめんって」
「……」
4人揃っての夕食時に、ミミにまで叱られるアルフォンス。
「それにしても、ここの冒険者ギルドも面倒ね。じゃあ私たちも職員のいるところだけで行動するようにしないと、ね」
ミミならチンピラに誘われることもないだろう?などの軽口をアルフォンスが言い出してしまう前に、ドアがノックされる。
「くつろいでいるところに済まなかった」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも王城の方のことでしょうか?」
「あぁ」
部屋に入ってきたイグナシアナとジョフレッドの2人の表情は暗い。
「このノーブリー王国を頼りにするのは諦めたいと思う」
「え?……そうですか。で、どうされます?ナンティア王国に戻ってレジスタンス活動をされますか?」
「あ、それは現実的ではないと最初から考えていなかった」
「では?」
「カルカーン帝国の帝都まで向かおうと思う」
「「え!?」」
「驚くのも無理もない。そう、ナンティア王国、ノーブリー王国だけでなく攻めて来たヴィリアン王国ですらカルカーン帝国の一国である。だから、帝都に向かい、そこで仲裁を頼めないか相談するという案だ」
「それって現実的なのですか?」
「レジスタンス活動よりは……」
「ジョン、もう良い。そうだ、皆が言うように意味があると思えない。レジスタンス、良いではないか。私も王族の1人。王国のためにこの命を使おうと思う」
「イグナシアナ様!それは単なる投げ槍でしょう!少しでも王国のため、国民のために可能性のある方向はどうなんですか?」
「ミミ!」
「すみません、言葉が過ぎました……」
「いや、そうだな……」
「みんな、すまない。最近の、このノーブリー王国での対応があまりにも、だったのだ。イグナシアナ様のお気持ちは日々……」
「そうなのね。で、いつ出発するの?明日?」
「え?付いて来てくれるの?」
「何を今さら。あ、それとももっと他に当てになる騎士団員達か冒険者達でも見つけられた?」
「いえ、そんな人達は」
「じゃあ、“希望の灯火”の6人組の復活ね。イグ、ジョン、気合いを入れるわよ」
「ミミ、あなたは帝都がどこにあるのか知っているの?」
「ルナ、そんなのを私が知っているわけがないでしょう。ここより北東のどこかよね?」
「ナンティア王国からノーブリー王国に来たみたいに簡単じゃないのよ。ま、行く結論に反対はないけれど」
「別に街に寄れないような犯罪者の逃避行でも無いよな。ならば、食事は数日分だけ調達で良いな」
「じゃあ、俺は何をしようかな。他国の貨幣への両替でもしてこようか?」
「みんな……」
「すまない。それだけ分の報酬は用意させて貰うから」
イグナシアナとジョフレッドはこの王国に来てから味方になる者が居ない状況だったので、仲間扱いをしてくれる4人の言動に目頭が熱くなり頭を下げる2人。
周りでは、その2人の状況に気づいているものの、あえて何も言わずに役割分担の話を続けている。




