新たな水魔法
ルナリーナとアルフォンスは王都ノルマノンの魔道具屋を巡った結果をミミ達に報告している。
最初はポーションの買取額が低くて気落ちしていたのに、続きを促されたときのルナリーナの表情がおかしい。
「ルナ、どうしたの?大丈夫?」
「え?」
「仕方ないだろう、あれだ」
「あ、そういうこと?ルナ、良かったわね。確かにナンティアの王都ナンティーヌでは探せなかったわよね。都会に来られて良かったわね」
魔法オタクであることは仲間達に知られているため、やさしい目で見られる。
「で、どんな良いものが見つかったの?」
「お、おい!長くなるぞ」
「良いじゃない、聞いてあげようよ」
「それがね、未習得の水魔法の魔導書が見つかったのよ。2冊も」
ルナリーナが嬉しそうに説明を始める。
まずは≪洗浄≫。これは汚れを落とす水属性の初級魔術であり、風呂に入れない野営の際などに身体や衣服をきれいにすることが最初に思いつくが、魔物達の返り血などに汚れたとき、武器にこびりついて落ちにくい血を落とすときにも使える。
「へぇ、それは良いわね。これから毎晩お願いするわね」
「おい、ミミ。野営のときにはルナの魔力を残しておかないと」
「アル!何を言っているのよ。女の子は色々と我慢していたのよ」
ミミの賛同を得られた≪洗浄≫に引き続き、≪氷刃≫の説明を行う。これは中級の水属性魔術であり、氷で出来た刃を作り出し敵に攻撃するものである。
「え?氷なんて冬にちょっと見るだけだったよな。確かに解けたら水になるし水属性なんだろうけど」
「そうね、まずは刃にする前の氷を作り出すだけで、夏でも冷たい飲み物が飲めるわよ。それに氷を使って冷やしておけば食べ物が腐りにくいのよ」
『かき氷なんてこの世界にはないのだろうけれど、まずは冷えた飲み物ね』
「何だと!」
日頃は口数の少ないボリスが反応してくる。
「それも良いが、実際の攻撃力はどうなんだ?バケツに張った氷なんて、脆かったよな」
「そこはどう作り上げるか、練習しないとね。≪火炎≫と同じ中級だし期待できるわよ。周りへの延焼も気にしなくて良いから使い勝手は良くなるかも」
「それは楽しみね。新しい魔法、しっかり練習してね」
リーダーのミミからも認められてますます調子に乗り、魔導書に記載されている細かいところまで皆に説明しようとするが、そこはうんざりされて拒否されるルナリーナ。
「ま、この王都ノルマノンにきた甲斐があったのなら良かったわ。イグナシアナ王女達には悪いけれど」
「確かに」
「じゃあ、明日は私とボリスで買い物に行くから、アルとルナは留守番をお願いね。まぁルナは買った魔導書の読み込み、写本などやりたいことがいっぱいでしょうけれど」
「その分、俺が館の中の様子をうかがっておくよ」
「お願いね」
実際、翌日にもイグナシアナとジョフレッドは王城に向かい、親ナンティア王国の貴族や官僚達との交渉を行なっている。
そしてミミとボリスは王都へ散策に出かけている。
「ルナ、根を詰めるのは良いが、昼ごはんくらいは食べないと」
「アル、ありがとう。でももう少しキリの良いところで」
「ダメだよ、そういっていたら晩ごはんまで食べないだろう。今ちゃんと」
「分かったわよ」
食堂に食べに行くと職員達に面倒がられるのも分かっているので、ワゴンにのせて来て貰った食事にする。
「ほら、野営だとこんなに落ち着いて食べられないのだし」
パンと野菜サラダがセットになったパスタ程度ではありスープ等もない簡易な食事であるが、野営では魔物の肉を焼いたものが中心になることを考えると十分ありがたい。それに、さすがは大使館相当の料理人であり、その腕も良い。
「そうね。ありがとうね、アル」
「えへへ。それより、魔導書の方は進んでいるのか?」
「え?うん。魔法陣以外でポイントとなるところを、自分の魔導書に転記するところまでは終わったわ。これ以上はもう少しその魔術を理解して、魔法陣の仕組みも理解してからにするから」
「よく分からないが、頑張れよ。冷たい飲み物、これから暑くなるし、楽しみにしているよ」
「ありがとうね」
アルフォンスはガサツな割に、自然とこのような言葉が言えるところは見習うべきである。
「帰ったわよ」
夕方になりミミとボリスが戻ってくる。
「楽しめた?」
「そうね。昼食はボリスが決めた店に入って、気になったらしい料理を食べられたわ。確かに美味しかったわよ」
「ここの調理場を借りられたら練習したいが……」
「まぁここでは厄介者扱いだし、変なことをしてイグ達に迷惑になったら悪いからね」
「で、それ以外は?」
「そうね。食材は、この街を出ることになったらそのときに買う場所の目処はつけられたわね。冒険者ギルドで私達2人も更新手続きは出来たわ。ポーション、ありがとうね」
「武器屋はどうだった?」
「うーん、確かに王都だからか品揃えは良いのだけど高かったわね。ま、冒険者が多かったワイヤックの方が価格帯と品揃えのバランスは良かったわ」
それから数日、2人ずつ交代で王都の中を散策していた仲間達。イグナシアナとジョフレッド達は王城に行かない日であっても、4人には自由行動を許してくれていた。
「アル、デメテル様とミネルバ様の神殿にも行きたいのだけれど」
「そうだな、そこでも新しい魔法に出会えるかもしれないよな」
しかし、2つの神殿ともにルナリーナにとって新しい魔法を教えて貰えることは無かった。
「ま、仕方ないよ。そんなこともあるさ」
「……まさか、私たちがナンティア王国出身って分かって」
「いや、神殿の人たちだから、それはないだろう?それに特にミネルバ様の神官なんて、魔法を広めるのを教義にしているって言っているのだったら、国家の話なんて特に関係ないだろう?デメテル様だって回復魔法の使い手が増えた方が良いって考えだろうし」
「そうよね……悪い方向に考えるところだったわ。ありがとうね、アル」
「あぁ。気晴らしに、冒険者ギルドに行こうぜ。お世話になっている館の庭では満足に魔法の練習も出来ていなかっただろう?」
冒険者ギルドには、武器を用いた対人戦などの訓練をする場所もあれば、弓矢など遠隔攻撃の練習をする場所もある。後者では周りに気をつけさえすれば攻撃魔法の発動の練習も実施できる。
まだ練習が足りていないので、魔導書を開き魔法陣などを見ながら、丁寧にその呪文を唱える。
「dedicare-decem、conversion-attribute-aqua、generate-glacies- ensis、iacere- ensis。glacies-ensis」
突き出した杖の先に青色の魔法陣が浮かんだ後、その魔法陣の前に透き通った氷でできた、顔の長さよりもう少し長いほどの刃渡りの、持ち手のない刃が浮かび上がる。そしてそれが的に向かって飛んで行く。
「ルナ!すごいじゃないか。何だよ、あれ。でも詠唱は長かったな」
「そうね。今までの同じ中級魔法の≪火炎≫は狙った場所に発動させるけれど、この≪氷刃≫は飛んで行くことで威力を増すから、その投げる工程が増えたわね」
「なんかよく分からないけれど、すごい。これでちゃんと狙ったところに行くならば」
「鋭いことを言うわね。そうよね。≪矢≫は簡単な発動だったしブレることもなく狙いやすかったけれど、これはまだまだ練習が要るわね」
「ま、ろくに練習もできていなかったのに、これだけ出来たんだから、あとは簡単だろう?」
「アルのそのお気楽さは見習わないとね……」
「ん?そうだろう、そうだろう?」
『次は氷だから水分子の動きを……』
狙いを正確にすることだけでなく、氷という物体の製作、大きさの変更、鋭さをどうすれば等を考え出すルナリーナ。
「おやおや、なかなか良い魔法を発動する魔法使いがいるかと思えば、綺麗な顔をした女の子ではないか」
「おい、お前達。兄貴がお声がけをしているんだ。名前を名乗れよ」




