ルージャンからの出発
ルナリーナが成人、15歳の誕生日を皆に祝われる楽しい出来事があったルージャンの街ではあるが、この他国の街にいつまでも居るわけにいかない。
「ジョン、合言葉の相手は来ないわね」
「あぁ、万が一のことも考えないとダメだな」
「あの追っ手の仲間にやられてしまったということ?」
「それも考えておくべきだろう、ということだ」
イグナシアナのお付きであるジョフレッドは今の状況を楽観的に捉えることができない。ルナリーナとの会話が決心させたようである。
「ミミ、ちょっと良いか?」
「そろそろ出発ということ?」
「あ、あぁ。分かるか」
「まぁね。王都に向かうのかな?」
このルージャンの街には、全く戦争の気配がない。ナンティア王国と仲が良いと言われるノーブリー王国の国境の街なのに、である。ナンティア王国とともにヴィリアン王国へ反撃するつもりがあるようには見えない。
ジョフレッドは、ノーブリー王国側の使いの者と一緒に王都に向かうつもりであったが、その受け入れの相手と連絡が取れない、もしものことがあった可能性があるならば、自力で王都に向かうしかない。
「イグには?」
「ま、ある程度は分かっているだろう。自分からは言い出せないだけで」
助けて貰いに来ているはずのナンティア王国の王女としては、期待が持てないかもしれない現実を受け入れるのは辛いだろう。また王都に行けば、という期待もしたいはずである。
これからノーブリー王国の中心部に向かうのであれば、なおさらナンティア王国の貨幣は使用できないはずなので、外貨交換を追加で行っておく。イグナシアナの表情は優れない。
「イグ。使いと合流していればお金を使う機会はなかったかもしれない。しかし、これからは俺達が支払うことしかないのだ」
「うん、分かっている。逆に金貨以下はほとんど交換してしまった方が良いわよね」
「そうか。では、皆で手分けして幾つかの宿をまわってくるぞ」
そして出発に向けての準備中。
冒険者らしく誰かの護衛依頼を探して行く案もあったが、何かが起きてその商人達を巻き込む可能性もあるため、自分達6人だけで行動を続けることにする。
「ま、馬車を持っている冒険者が護衛をするっていうのは変だしね」
「で、ミミ、ボリス、アル、ルナの4人が引き続き騎乗の練習。俺が御者をするからイグは馬車に乗ってくれれば、4頭立ての馬車でちょうど良いかな」
「嫌よ。1人だけ馬車に乗る冒険者仲間って変じゃないの」
「それはそうだが、夜に寝るときに馬車があるのとないのとでは大違いだぞ」
「春になって暖かくなって来たし。冒険者のふりをするならばみんなが同じように騎乗した方が良いでしょ?」
その会話の結果、馬車と合わせてさらに2頭の馬を売却することになり、6人がそれぞれ騎乗しての移動となった。
「じゃあ、王都ノルマノンへ出発ね」
翌朝、ミミが元気な声で気合いを入れる。
ルージャンの街から王都ノルマノンへは主街道に沿って進んで5日程の距離とのこと。普通の馬車での移動距離程度ごとに宿場となる村があると言われている。そこに合わせて進めば馬車の無くなった状態での野営は回避できる。
「何言っているのよ。せっかく全員が騎乗していて、その練習も兼ねるのだから、常歩なんて言わずに速歩だけでなく駈歩くらいはやるわよね?」
「う」
「だったら、野営になっても良いわよ。私達は、今は冒険者パーティー“希望の灯火”なのよ」
イグナシアナの勢いに負けてしまうジョフレッド。
ルナリーナ達は、確かに正論であるイグナシアナの発言と、彼女が数少ない自由に振る舞う機会であるという背景を踏まえて、言葉には出さないことで彼女を応援する。
「ほら、あなた達、まだまだ馬と一体になれていないわよ」
「なぁ、誰かあの王女を負かせられないのか?」
「本当、こっそり味方なんてしなければ良かった」
「こそこそ何を言っているの?ほら、余裕があるならばもっと馬を挟む脚に力を入れて」
「分かったよ!ほら!」
「そんな無理矢理したら馬も可哀想でしょう!」
乗馬の指導が厳しいイグナシアナの様子を苦笑いで見ているジョフレッド。確かに王侯貴族は幼いときから乗馬を学んでいるため、つい最近ようやく覚え始めた冒険者4人が敵うはずが無い。
「じゃあ食事休憩にするぞ」
「やっとか……」
余力のあるイグナシアナとジョフレッドが近くの草原で狩って来た角兎を主菜とする予定である。
しかし乗馬と違いこの2人、火をおこすことまではできても、毛皮を剥いだり内臓を取り出したりする解体や、その先の包丁さばきは苦手なようである。
「俺がする」
ボリスがいつものように口数少なく発言して、料理担当の腕を発揮する。
「包丁の使い方、教えてくれる?」
「あ、あぁ良いぞ」
イグナシアナが包丁で肉を切ろうとする際、食材を抑える手の指をのばしたままで危なっかしい様にジョフレッドが不安になっている横で、ミミは何となくモヤモヤしている。
ボリスによる香料も使った料理で一息をついた後は、再び乗馬の練習である。おかげで移動距離は稼げたが、夕方になっても次の宿場らしい場所に到着できていない。
「ま、予定通りにこの辺りで野営としましょうか」
「夜はスープにするぞ」
ボリスが調理に時間がかかることを宣言し、昼の残りの肉、そしてこれまでの街で調達して来た野菜などの処理を開始する。
手持ち無沙汰になる他のメンバは、ルナリーナが生成した水を馬に与えたり馬のブラッシングによるマッサージをしたり、模擬戦をしたりする。
ルナリーナはまだ習熟が足りていない≪探知≫魔法の練習を開始する。
「今のところこの周りに見えていない変なのは居ないわね」
「ま、ノーブリー王国でも主街道だから盗賊も魔物も少ないと思うけれど、油断はできないよな」
「確かに、宿場に泊まらないのだから、その危険は考えないといけないな」
焚き火の周りを囲うように石は積んだものの、これだけ何もない草原の中であるので遠くから目立つ目印になると思われる。
イグナシアナとジョフレッド、ルナリーナとアルフォンス、ボリスとミミの順で夜の見張りをすることになった。
馬車はなくなったので魔法の袋に入れてあるテントを張って、少しは暖かくして眠る。しかし万が一の際のために防具を脱いだりはできず、各自の得物は体のすぐ横に置くか握ったままである。
「イグ……」
「ジョン、何も言わなくて良いわよ。分かっているわよ」
「そうですか、分かっておられるならば」
皆が眠りについたはずの後、言葉少なく会話している2人。
そして見張り当番が交代になり、今度は2人だけになったルナリーナとアルフォンス。
「なぁ、ルナ」
「どうしたの?」
「イグって無理しているよな?」
「あの乗馬の訓練役、調理への挑戦など?そりゃそうでしょうね。押し潰されそうな気持ちを、別のことに意識を向けて忘れようとしているのだと思うわよ」
「そこまで分かるのか。流石はルナだな」
「きっとミミも分かっているわよ。でも、ボリスのことに焼き餅は焼いているようだけど」
何でも見透かされていると思ってしまい、女性は怖いと改めて思うアルフォンス。




