ルージャンの街
「あれがルージャンの街なのね」
「サンティアの街もそうだったけれど、いくら平原の街で魔物の襲撃の心配がなくても、城壁が簡易だね。国境の街なのに」
「そうね。ナンティア王国とノーブリー王国の仲が良い証拠じゃないの?」
「昔からそうなのね」
城門に並ぶが、今まで通って来た街に比べて列は少ない。
やはり連れている馬の多さに驚かれたが、ナンティア方面の情勢を踏まえて売れると思ったからという言葉に素直に納得して貰えた。
「ナンティア王国内に比べてノーブリー王国内は落ち着いている感じだね」
「そうね。これだと馬は高く売れないかもね」
「そっち?」
実際、売値と買値の違いもあるだろうが、サンティアの街で購入したときほどの金額にはならずに売却することになった。
6人の仲間の数より多めに、馬車を4頭立てにすることで2頭の予備を確保することにして、7頭の馬を売却したのである。
「足元を見られたのかもしれないな」
「馬車とこれだけの馬数を停められる宿屋だと高くなるわよね。早めに確保しておきましょう」
ミミがまた女3人、男3人の部屋割りで宿を確保した後は、街の散策時間に割り当てられる。
「ちょっと私達は連絡を取る相手が居るから」
「一緒に行かない方が良いの?」
「4人は多いわね。2人だけ一緒に」
「じゃあ、またルナ達にお願いね」
ボリスとミミは食材などの調達に向かう。
「で、連絡を取るって?」
「そう、ノーブリー王国側の人なの。受け入れて貰う相談をしていた相手よ」
「領主館?」
「流石にそれだと追っ手にもバレる可能性があるから」
連れて行かれたのは西門である。
「え、さっき通ったじゃない」
「こっちよ」
今は昼間で明るいので使われていない篝火のところにやってくる。
そしてその大きな3本の棒で組まれた篝火の台と城壁の間の地面にしゃがみ込むジョフレッド。黒い3本の棒を組み合わせて作った片手サイズの篝火の台の模型のようなものを置いている。
「漁火ではなく篝火だけど……」
イグナシアナが笑いながら言う。
「いつ到着するか分からないのに、ずっとここに合図を置くのを見張っている人がいるの?」
「まさか。あそこに宿の名前を書いてあるのよ」
「で、宿で“篝火”の合言葉を言う者が来たら、俺達に連絡をして貰うように宿屋の主人に頼んでおくんだ。と言うことで、後は宿屋に戻るだけだ」
「じゃあ、護衛なんて2人も要らなかったんじゃないの?」
「ま、念の為だよ」
宿屋の主人や従業員に言伝を頼んだ後は、昼食の時間となる。
「ミミ達はまだみたいだから、私達4人ね」
「さっきの店に行ってみたいわ」
イグナシアナの希望があったので向かったのは、夜は酒屋になりそうな少しだけきれいだがまだ庶民的な食事処であった。
「この肉煮込みスープとパンというのをお願い」
「はーい。皆様、銅貨10枚ずつですね」
看板娘に元気な声で言われて、差し出した貨幣に渋い顔をされてしまう。
「お客さん、ノーブリー王国の貨幣で無いなら、手数料として銅貨11枚にして貰えますか?」
「あ、そうか。ごめんなさいね」
先程は旅人を相手にする宿屋だったから他国であるナンティア王国の貨幣も使えたのだろう。庶民相手の店では自国の貨幣でないと、店側が後で外貨両替の手数料を負担することを嫌がるのも分かる。
国境で入国審査があったわけでなく、見た目や言葉も同じなので異国に来た感じがなかったが、ようやく他国に来た実感が出てくる。
「これは早々にこの国の貨幣を用意しておかないと、ナンティアから来たことが知られてしまうわね」
「ミミ達は大丈夫かな?」
「あっちは、馬を売却した貨幣があるから大丈夫でしょう。あのとき、ミミがちょっと変な顔をしたのはこのことだったのね」
「イグやジョンも両替しに行く?」
「そうだな、最低限は必要か」
『外貨扱いをするような銀行もない世界なのよね。となると、大きな商会に行くのかな』
ルナティーナの予想と違い、宿屋でチップを払うと交換してくれるようであった。確かに外貨を一番扱う場所の一つなので納得する。
幸いに、金貨、銀貨、銅貨、いずれも同じ価値であったので手数料さえ払えば外貨両替をしてくれる。
「イグ、全部を交換しなくても良いのよ。ナンティアに戻った時のために残していて良いのよ」
イグが悲しい顔をしているので、声をかける。確かに自国の貨幣を他国の貨幣に替える必要がある背景は辛いのかもしれない。それに、きっとたくさんの貨幣を持っていると思われるので、それを安宿ではないと言っても1つの宿屋だけで両替できるとも思えないので、ある程度だけであるのがそもそも妥当のはずである。
「イグを宿で休ませておくから、お前達だけでも用事を済まして来てくれていいぞ」
ジョフレッドの言葉に従って、ルナリーナとアルフォンスは街に出る。
「やっと魔道具屋に行けるな」
「そうね。ちょっと品揃えも見たいし、魔力回復ポーションも売れるかな」
楽しみにしていた他国の魔道具屋であるが、店舗を出て来たときのルナリーナの顔は暗い。
「そんなにがっかりするなよ」
「そうは言っても……」
「魔の森に近いワイヤックと比較してはダメだって。王都みたいに人が多いところでもないのだし」
「それは分かっているのだけど」
「買い手も少なくて街に1軒しか無いけれど細々とやっているあの人も大変そうだったじゃないか」
魔導書は全くなく品揃えが良くないどころか、魔法と関係ない雑貨も扱わないと商売にならない状況のようであった。魔力回復ポーションの買い取り額もとても納得できる金額ではなかった。
「ノルマノンって言ったっけ?この国の王都に期待するしかないって」
アルフォンスの慰めの言葉が右から左に流れていく。
「じゃあさぁ、武器屋に行ってみようぜ。ほら、あいつらから入手したショートソードがルナの袋に入っているだろう?」
「そうね……」
剣の類に異常に興味を持っていることを知っているアルフォンスは気分転換になるように提案してくる。
確かに武器屋は魔道具屋と違ってそれなりの品揃えであったが、提示された買い取り額は微妙であった。
「じゃあ、こっちの半分だけ買い取ってください」
戦闘で刃こぼれした等で安い方の5振りを買い取って貰う。
「残りはどうするんだ?」
「もう少し高く買い取ってくれそうなところで売るか、仲間の誰かの予備品になれば良いかなと。魔法の袋にしまっておけばそれほど邪魔にならないし」
ルナリーナの機嫌が少しは戻って安心するアルフォンス。
「アル、ごめんね」
「ん?何か言ったか?」
「ううん」
その後、サンティアでは行けなかった神殿、そして穴の空いたローブの補修をするための裁縫道具を買うために服屋などいくつかの用事を済ませてから宿に戻る。
宿に戻っても、“篝火”の合言葉の来客は無かったようである。
「じゃあ明日もこの街で待機ってことね」
ミミが何か嬉しそうである。
翌朝にルナリーナ達がもう一度城門近くの篝火のところに行っても、昨日のまま残っている。
単に待っていても仕方がないので、冒険者ギルドでの依頼状況を見に行くが、手頃な討伐依頼のようなものは無い。やはり平原に囲まれて魔物の脅威もあまりない平和な街のようである。
「でも、何かナンティア王国の情勢が良くない噂だけは聞こえてくるわね」
「あまりイグ達の耳に入れないようにしないとね」
「でも、この国って仲が良いならば助けに行くのかと思っていたのに、その募集などの気配も無いわね」
「イグ達、どうなるのかな」
「情報のない私達が考えても仕方ないわね。できることをやるまでよ」
ギルドの後は用事があると分かれて行ったミミ達。
ルナリーナは宿に戻り、イグナシアナとジョフレッドに状況を報告する。
「そうか。何かあったのかもしれないな」
「このまま王都ノルマノンに向かうことも考えないとダメかもね」
夕方まで待っても合言葉の客は来ていない。
「じゃあ、晩御飯に行くわよ」
ミミが連れ出した店は、安い居酒屋というよりは少しだけ雰囲気の良い店であった。他の客に絡まれる気配はないと思われる。
全員が席に着いたところで店員が持って来た大皿の肉料理の上には、“おめでとう”という文字がソースで描かれていた。
「ルナ、誕生日おめでとう!」
「成人、おめでとう!」
ミミ達が用意したサプライズパーティーだったようである。
そう、この日はルナリーナの成人、15歳の誕生日であった。成人を待ってからワイヤックの孤児院を出る予定であったが、漁火の手紙を受け取って出て来たので、成人の祝いをしていなかったのである。
「みんな、覚えてくれていたのね」
「ルナ、そうだったんだな。おめでとう」
ジョフレッド達は耳打ちもされていなかったようで一緒に驚いているが、祝いの言葉をくれる。
成人になって何かが変わる感じもしないが、区切りを祝ってくれる仲間が居るのはありがたいことである。この世での両親はもういないので、この仲間が家族のようなものである。
「みんな、ありがとうね……」
どうしても涙が溢れてしまう。




