ナンティア王国からの出国
サンティアの街を出てノーブリー王国に向かう野営中に襲われた“希望の灯火”。
賊は言葉のやり取りをしないつもりのようで、声を出さずに剣を抜いて襲ってくる。
「イグ!」
特にジョフレッドは目の前の敵にブロードソードで斬りつけながら、イグナシアナの方に移動しようとするが、敵もそうはさせまいとしてくる。
飛び出した扉は焚き火の反対側であるため、ルナリーナ達からイグナシアナの姿は、見えない。屈めば馬車の下の向こう側で足ぐらいは分かると思える程度である。
自分もアルフォンスも脚に矢が刺さっており、すぐに駆けつけるのは難しい。
「まずは目の前ってことね」
「そうだな」
ルナリーナのつぶやきにアルフォンスが応える。
賊は黒っぽいローブを着た者ばかりであるが、金属音はしないので鎧は無か革鎧と思われる。この近距離であるので無理に胴体を狙わなくても当てられる自信があるので、無属性魔法≪矢≫を目の前の3人の脚を狙って放つ。
「仕返しよ!」
≪火炎≫ほどの攻撃力は無いが、発動が速いのと意表をつくことができるので重宝する。
「よし!」
敵が怯んだ隙に、一番近くの敵にアルフォンスもブロードソードで斬りつけるが、敵のショートソードで防がれる。
「まだまだ!」
互いに腿を怪我した状態であるが、そのまま打ち合いになる。
「アル、もう1人もお願いしたいのに」
文句を言いながらルナリーナは≪火炎≫を残る2人それぞれに発動することで、敵の勢いを削ぐ。そしてそのまま後ろ、馬車の方に後退していく。
魔法を当てても声を漏らさない賊に驚きながら、≪火炎≫の火を消すためにローブを脱いだことで分かった革鎧の範囲外である頭に≪矢≫をそれぞれ当てる。
アルフォンスの相手している1人も同様と思われるので、その頭に再び≪矢≫を当てて隙を作らせる。
そしてローブを脱いだ男2人に再び≪火炎≫を発動する。
「もう脱げないでしょう?」
男達が転がって火を消そうとしている隙をついて、足を引きずりながら馬車の横に移動する。そこはジョフレッド達が戦っている場所である。
そこの賊3人の頭にも≪矢≫を発動する。
「助かる!」
隙をついてジョフレッドがイグナシアナ達の方に行けたようである。
そうなると残った賊の相手がボリスだけになるので、≪火炎≫を3人に追加で順次発動しておく。
「アル、大丈夫?」
そこで元の焚き火の方向を振り返ると、アルフォンスが転がって火を消そうとしていた男2人と戦っているようである。
「手伝ってくれると助かる」
つまり、1人は倒し終わっているのだと思われるので、アルフォンスが相手をしていた残る2人の後頭部に≪矢≫を発動する。
そして再びボリスの方を向くと、こちらもローブを脱いでいる最中の賊3人が見える。
ボリスが手前の1人に切りかかることで脱ぐのを邪魔しているようだが、その奥の2人は手が空いてしまいそうである。
ボリスにも火が着いてしまわないように、奥の2人にだけ≪火炎≫を追加発動しつつ、手前の1人の頭に≪矢≫を当てて隙を作る。その隙を逃さずボリスはロングソードを首に斬りつける。
残るミミ達の方が心配であるが、矢が刺さったままの脚ではそちらに駆けつけるのが難しい。
「ボリス!」
意図は伝わったようで、すぐにボリスが馬車の向こう側に駆け出す。こちらには火を消そうと転がる2人が残っているが、後ろから来る足音はアルフォンスであろう。
念の為に振り向いてその事実を確認する。
「アル、今のうちに矢を抜いて」
アルフォンスがルナリーナの矢を抜こうと近づくので、自分の脚だと手で示す。
戸惑いながら自分の矢を抜いたアルフォンスの太ももを杖で差しながら神霊魔法≪回復≫を発動する。
≪大地の恵みをもたらす豊穣の女神デメテル様。僕たるルナリーナの願いをお聞きください。この哀れなる男の大怪我を治したまえ≫
≪回復(recuperatio)≫
動きを取り戻したアルフォンスが、転がって火を消していた男2人を倒して、馬車の向こう側にかけていくのを見ながら座り込むルナリーナ。
「流石に魔法を発動し過ぎたかしら」
ただ、のんびりする余裕があるか分からない。そのため、座ったまま矢を抜いて自分にも≪回復≫魔法を発動する。
「あーあ、ローブに穴があいちゃったじゃない」
愚痴を言いながら、馬車の反対側にまわってみる。剣戟の音が聞こえなくなっていたので念のためであったが、確かに仲間達は無事であった。
ルナリーナがその仲間の怪我を治療している間に、他の仲間達が息のある賊を縛り上げていく。
あかりのために焚き火の近くに生死に関わらず引きずって来て並べてみると、装備が統一されていることが分かる。
「ま、誰も声を出さない訓練度合いを考えると盗賊でないことは確かだったんだけどね」
「これって、王国かどこかの騎士団?」
「まぁ革鎧まで統一している王国の騎士団は知らないから、どこかの貴族の私兵だろうな」
「へぇ、貴族にも騎士団がいるんだ」
「あぁ、私兵を率いて戦争に参加することも貴族の義務だからな」
10人全てが同じショートソードであり、革鎧も統一されていたのだが、その貴族の紋章らしいものは無かった。
「ま、紋章は外して来たのだろうな」
「で、息があるのはこの3人か。猿轡を外しても大丈夫かな」
互いの様子を見せないために、1人ずつ馬車の反対側に連れて行って猿轡を外して喋らそうとするも、3人ともすぐに舌を噛んで自害してしまった。
「なかなかしつけられた奴らだったんだな」
「なぁ、もし生きたまま衛兵に引き渡したら犯罪奴隷として金貨1枚になったのかな」
「アル!」
「うむ、まぁそうだな。4人それぞれに追加報酬を払っておこう」
ジョフレッドが金貨を取り出して配ってくる。
「え?良いの?ありがとう!」
素直に喜んでいるアルフォンスだが、ミミとルナリーナは微妙な顔をしてしまう。
「それよりも、心当たりはあるのよね?」
「まぁな」
「でも、よく追っ手が来られたわね」
「どこかに乗って来た馬を隠しているんだろう。最初に矢を撃って来た方向を朝に探せば見つかるかもな」
「それも、なんだけど……」
「あぁ、ルナ。そうだ、多分だが酒場の騒ぎで気づかれたのかもな」
「やっぱり」
10人の死体から装備を確認するが、冒険者の身分証のように名前のわかるものは一切なく、同一装備だったショートソード、革鎧の他には傷回復ポーション、解毒ポーション、少量の貨幣ぐらいしか発見されなかった。
鎧は戦闘で傷ついていたこともあって脱がさず、ショートソードやポーション等だけ取り上げて、目につかないところに運んでおく。
翌朝にその死体を馬の背に乗せて街道から離れた場所に捨てに行くのと合わせて、賊が乗って来たはずの馬を探す。
「お、居たぞ」
手綱を適当な岩に結びつけて繋がれていた10頭の馬。その馬具にも所属する貴族の紋章なども見つけることはできなかった。
「せっかくだから貰っておこう」
6人の仲間に対して15頭の馬になってしまう。
「自分と相性の良い馬を探すにはちょうど良いだろう?」
「ジョンの言う通りだけれど……」
確かに先日に余り物として購入した馬よりもしつけがきちんとされた馬のようであり、体格も良いものが多かった。
イグナシアナも自分が乗れる馬を探すのかと思ったが、王都の家から連れて来た馬の方が良かったようである。
馬車を4頭立てにしてもまだ余る馬は手綱を繋ぐだけで一緒に引っ張って行く。
「こんなに目立って良いのかな」
「そうね。まぁ次の街で、今なら売れると思って連れて来たとでも言えば良いかな」
「そんなに上手く行くかな」
「ダメだったらそれまでよ」
かと言ってそのまま逃す選択を取るのはお金がもったいないと思ってしまう孤児院育ちの4人。
そうして、この辺りが国境と思われるとジョフレッドが言う場所を越えて、ノーブリー王国の領土に足を踏み入れる一行。




