乗馬訓練
翌朝、昨夜のことを覚えていないイグナシアナに対して呆れながら、もう飲ませないと互いに目配せをする仲間達。
「まぁ良いわ。じゃあ今日はノーブリー王国の最初の街、ルージャンに向けて出発ね」
「そうね」
昨日に買えた馬は2頭だけで合計5頭であるため、馬車を引く1頭以外に元々の“希望の灯火”の4人が騎乗する。御者台にはジョフレッド、馬車の中にイグナシアナという配置にしている。
戦の噂からか、商人とは違う雰囲気の、荷物を抱えた住民が逃げ出そうとしているのか、早朝にも関わらず街を出る側もかなりの行列であった。
「みんな、この街を出てどこに行くんだろうね」
「知り合いのいる村か、他の国か」
「いや、冒険者でもなければ、他国に簡単に移住はできないでしょうに」
「イグ達には悪いけれど、ヴィリアン王国に比べるとこのナンティア王国は弱い、だから簡単にクレテールの街がやられた、って噂だったわ」
「守備兵のいない村ならば降参するしかなくて略奪にあうだけじゃないの?」
「いや、下手に兵のいる街の方が戦火に巻き込まれるかも。本当に領土を支配するつもりなら、村々からも過度な略奪はしないって推測かも」
「逆に街に逃げ込んできている人達は、兵に守って貰う期待ってことね」
イグナシアナ達に聞こえないと思って推測を話し合うルナリーナやミミ達。
実際に、街の城門では入る者も出る者も多い。
荷物を抱えた住民っぽいのは、大八車の有無は置いておいて徒歩が多いため、街を出てしばらくすると街道を進むのは乗馬した自分達だけになる。
「ようやく安心して進めるな」
「アルが乗ってくれた馬は、昨日に買ったうち、あまり大人しくない方だからね」
「あぁ、小さい子供が近くにいるとちょっと緊張したよ」
「みんな上手になって来たぞ」
御者台に座っているジョフレッドが声をかけてくれる。
「だから、そろそろ次の練習を始めようか」
「え?」
「今まではとりあえず馬に乗る練習で、実際には馬を走らせてもいないだろう?」
「そういえば」
ジョフレッドが馬車を止めて、ルナリーナが乗っていた馬に乗り換える。
「馬の歩法っていう、歩き方、走り方には4種類あるんだ。今までのは常歩。これは普通に歩いているだけだから騎乗していても揺れが少なかっただろう?次は速歩。これはさっきの倍ぐらいの速さで、馬の足4本ともが地面を離れていることがあって、乗っていると上下に揺れる。人で言うとジョギングみたいな感じだな」
まず常歩の後に、速歩を実演するジョフレッド。
「で、だんだん速くなるぞ。次は駈歩。これは常歩の3倍ぐらいの速さ。これは乗り手が大きく前後に揺れる。で、最後は襲歩。全力で走るから、常歩の10倍ぐらいの速さだ。これはなかなか難しいかもしれないが、いざという時にはこれができて欲しい」
ジョフレッドのいったんの実演を見た後は、同じく街道横の平地で少し練習をする4人。
野生の馬ではなく購入したしつけられた馬のため、少しは楽なはずなのに、苦労する。
「速歩までは何とかなりそうだけど、襲歩はとても」
「いやいや速歩と駈歩、うまく使い分けるのも大変だな」
「これで、馬に乗りながら戦ったり矢を射ったり、そして魔法を発動したり……うーん、常歩まではできるけれど。速歩でもできないと駄目な感じね」
「ねぇジョン、馬車の馬も同じ感じなの?」
「あぁ、似たように4種類言われるが、実際のところ安定して乗れる普通の立ち歩きか、乗り心地が悪いけれど長距離走らせられる速歩までだな。それ以上は、襲われて逃げる場合などだな。ただ、そうなると馬車本体は捨てて馬だけにして騎乗した方が速いから、使うときは難しいな」
「なるほど」
街道が空いていることもあり、馬車も並行して速歩で進みながら東に進む一行。
「これは慣れると、移動時間が半分になるし良いな」
「まだまだ疲れるけれどね」
馬を交換しながら練習していると、速歩のつもりが駈歩になりたがる馬も居て差があることも分かってくる。
昼休憩の際には会話の多くが乗馬技術のことになってしまうのは仕方ないだろう。
「ねぇ、私も乗りたい」
「イグ、今はみんなが練習するときだから」
「じゃあ、この休憩中にだけ」
「馬も休ませないと」
イグナシアナの希望をジョフレッドが否定しているのを見たルナリーナ達。
「意外と王女様も普通の女の子だったのね」
「そうね、ミミ。逆に今まで大人しくさせられていて、今その分だけやりたいことも多いのかもよ」
ナンティア王国最東の街サンティアを出て1日、東へ向かっていた一行は街道の横のスペースで野営を行う。速歩などを混ぜて移動して来たからか、同じ場所で野営をする他の人は居ないようである。
「今日は隊商も旅人も居ないのね」
「同じ場所に他の人がいるとちょっと気を使ってしまうから良かったわ」
「でも、盗賊に狙われたら6人だけで対応になるわよ」
「確かに国境に近づくほど治安は悪くなると言うけれど、ナンティア王国とノーブリー王国は仲が良いから国境付近の警備も手を抜いていないはずだぞ」
「流石はジョン。ま、見張りは2人組の3交替のままね」
ミミが今夜の順番を決める。最初はイグナシアナとジョフレッドが見張り、その後はルナリーナとアルフォンス、最後がボリスとミミである。
「女性は馬車の中で寝たら良いからね」
「春もだいぶ過ぎて暖かくなったからまだ良いけれど、冬の移動ならば馬車はありがたいよな。風を遮る物の有無は大事だよな」
「冬は野営をしない場所で過ごしたいわね」
今の王女護衛業務の後はどうなっているか、1年に近いほど先のことについては分からない。
まずは、ノーブリー王国に到着して王女を引き渡すまでを無事に達成することである。
「結局、サンティアでも魔道具屋に行けなかったな」
「そうね。魔力回復ポーション、王都ナンティーヌでも売り損ねたし、ノーブリー王国に行けば高く売れるかな……」
「あっちの国でも魔法使いってそんなに居ないだろうし、都会でしか売れないかもな」
「そうよね。ノーブリー王国の王都でなら売れるかしらね」
見張り当番がルナリーナとアルフォンスの番のときの雑談である。
見晴らしが良い平原で、襲ってくる者は居ないとの油断であった。
「きゃ!」
灯りのためでもある焚き火の近くで油断して座っていた2人に矢が飛んで来る。しかも敵からすると面倒とわかる魔法使いっぽいローブで長い杖を手にしているルナリーナが狙われるのは道理である。
ルナリーナは太ももに刺さった矢とその痛みに驚く。
「敵襲!?みんなを起こして!」
戸惑っているアルフォンスに指示をしながら、周りを見渡す。
矢の飛んできた方向を見ても、夜の暗さで見える範囲では敵の存在は分からない。
また、矢を放ってすぐに移動している可能性もある。
この状態で、不慣れな≪探知≫魔法を使用するためにそちらに意識を注力するのも不安である。
「う、痛い」
矢が刺さったままでは邪魔なので折ってしまおうと思うが、自分の力では傷口を刺激するだけで矢柄、真ん中の棒の部分を折るのは両手でも無理かもしれない。
見張りとして持っていたスタッフを手放すのも、これから戦闘開始であることを踏まえると、と考えてしまう。
そんなことを考えているうちに、やはり敵は移動していたのか違う方向から再び矢が飛んでくる。
ちょうどアルフォンスが皆を起こそうと移動していた方向のようで、今度はルナリーナではなくアルフォンスの太ももに矢が刺さる。革鎧が守る場所なので、何もなかったルナリーナより刺さりは浅いと思われる。
「痛えじゃねぇか!」
気合いを入れるためか、皆を起こすためか、大声を出している。
騒ぎで起きた仲間達。馬車に乗り込もうとした賊が扉の前にいる気配を知ってか、イグナシアナとミミが勢いよく扉を開けて飛び出してくる。その勢いで弾かれた賊以外、3人ほどが女性2人を取り囲む。
「こっちは4人。他は?」
ミミが叫ぶ。
「こっちは3人!」
アルフォンスとルナリーナ付近にいる人数を答える。
「こっちも3人だ!」
馬車の近くで眠っていたジョフレッドとボリスの方からも返事がする。




