サンティアの街
王女イグナシアナの話を聞いた後は、6人に増えた“希望の灯火”として東にあるサンティアの街に向けて移動を開始している。
王女が狙われる話を聞くと、全員が乗馬できるようになった方がいいと理解して練習を開始しているため、今はルナリーナとミミが乗馬、御者台はボリスで、馬車にイグナシアナとジョフレッドとアルフォンスになっている。
「で、ルナの彼氏は君なのかな?」
「ぶ!」
いきなり突っ込んで来た王女。
「え、いや、俺達はそんなんじゃ無いです」
「ダメよ、砕けた口調に慣れて貰わないと。あら、でもあっちのミミとボリスがペアならば残る2人なのに」
「あっちの2人もひっついているわけでは」
「へぇ。じゃあ、アルは私と、どう?」
「イグ!いくらタガを外して冒険者に紛れる振りをするのでも、パーティーを潰したらダメだろう」
ジョフレッドが冷静に指摘してくれることに、心で感謝するアルフォンス。
「私も市井の恋愛模様を知りたかったのに」
「また別の人達とお願いします」
アルフォンスは何とかその言葉を絞り出す。
小休憩になったところで、ルナリーナが御者台、アルフォンスとボリスが騎乗に入れ替わる。
「ボリス、あの王女様には気をつけろ。ヤバいぞ」
「ん?何が、だ?」
「色々だ」
それからは乗馬の練習の不要なイグナシアナとジョフレッドが馬車に乗るため、その2人に挟まれることになった1名がイグナシアナの一般国民への興味の対象にされ、精神的疲労が積み重なって行く。
「あれがサンティアの街だよな」
城壁を遠目に発見し、違う話題に持っていけることに安堵の声をあげるアルフォンス。
「じゃあ、街では色々と買い出しが必要ね」
もうここの城門ではジョフレッドも貴族特権を使用しないようで、長い列に並んで街に入る6人。
「やっぱりここでも戦いの噂が広がっているようね」
「あぁ商人っぽく無いのにたくさんの荷物を持った人が出入りしているのは、そういうことなんだろうな」
もうすぐ夕方になる時間帯であったので、まずは宿屋の確保に向かう。
「部屋割りは女3人、男3人にしたわよ。余計な反論はダメよ」
ミミが決めて調整したのだが、馬車を停められる宿を選んだので安宿にはならず、それなりの金額である。そのため個室料金は高いし、2人部屋にすると色々と面倒なのでいい割り切りである。
「じゃあボリスとミミは馬の調達をお願いね」
今後のことも踏まえて1人1頭にするため3頭を追加調達する話だが、他にも食料など買い出したい物が多いためその2人が分かれて行くことになっていた。
「馬の選び方なんて分からないわよ」
「言うことを聞いてくれそうな、おとなしい馬を選べば良いさ。ここまでもそうだっただろう?」
ミミの不安にジョフレッドがアドバイスしながら、調達資金として金貨を複数枚渡している。
「馬具も忘れないように頼むな」
「で、私達は武器屋ということね」
「俺達だけでも良かったのに」
「あなた達、何だかんだと言っても自覚がないまま高級品を使っていたじゃない。ダメよ」
「ルナ、そんな口調……」
「良いのよ、本人達もそう言っているんだし。それよりアルも別の買物に行って良いわよ」
「いや、付いていくよ。(武器屋で見惚れすぎる)心配もあるし」
宿屋に紹介された武器屋に到着すると入口付近に人が集まっている。
「あぁ、情勢が……身を守るための武器が欲しいのだろうな」
「確かに冒険者というより一般の人達だな」
すり抜けて店の奥に進む4人。
「今、良いかな」
「あぁ、だから入口近くに手頃な物はあるとって、これは失礼」
後ろを向いて作業中だった店員は振り向く前から返事をしていたが、途中で気がついたようである。
「すまないな。あんた達は冒険者だったんだな」
「あぁ、入口の混雑を見たよ」
「買い手が増えるのはありがたいのだが、素人が扱えるもので安い物なんて売上には……。それと、治安が悪くなるのも……」
「そうね」
イグナシアナは王女として思うところがありそうである。
「少し武器を見せて欲しいのだが」
「ん?すでに十分立派なって、いや、なかなか良いものを持っているじゃないか。それより良い物はうちには置いていないよ」
「やはり分かるのか。そう、今の状況だから目立たないようにしたくて、な」
「その流れではあまり嬉しくないが買ってくれるならばお客様だ。ただ、ロングソードの在庫はあまりないぞ」
「いや、そうだな、こいつのようにブロードソードか何かの片手剣と盾を頼みたい」
ジョフレッドはアルフォンスの姿を示す。
「私は今のままショートソードを2振りね」
イグナシアナは左右の腰の剣を少しだけ持ち上げて補足する。
「なんでジョンはロングソードにしなかったんだ?」
「ん?アルの真似をした方が冒険者っぽいだろう?」
「う……」
結果として、アルフォンスと全く同じブロードソードとバックラーの装いになったジョフレッド。
『キャラ被りを気にしているのかしら、アルったら』
アルフォンスの心配のようにルナリーナは、2人の武器選びよりも展示されている武器の方に興味が行っており、買い物が終わったところで無理矢理に店外に引っ張り出されて来ていた。そのことを棚に上げて、アルフォンスの発言に失笑しているのである。
「でね、イグ」
「ん?」
「昔に貰った服なんだけど、私であることの証明にもなるかと思って持って来たんだけど……」
「え?あの服?まだ持っていたの?」
「シスターがしまっていてくれて。で、2人とも着られる大きさではないしどうしようかなと」
「もうルナにあげた物だし、売ってくれて良いよ」
しかし、そのまま服屋に持ち込むと、冒険者に似合わないかなり上等な子供服。盗みを疑われてしまうところを、イグナシアナが高貴なカテーシーを披露する。
「昔に貴族様のところで行儀見習いさせていただいたことがあったの。でも、今ならば昔の思い出よりお金よね」
口調や態度などから、単なる冒険者でないことを認められる。
「ついでに、私も顔や姿を隠すローブが欲しいわ」
そのままの態度を続けて、イグナシアナがフードをおろすと顔が隠れるぐらいの黒色ローブを購入する。
「確かに、イグの顔を知っている人に見つかると面倒よね」
「まぁ、国民にはあまり知られていないみたいだけどね」
以前に海賊の島でのやり取りを思い出す会話になり、ルナリーナとイグナシアナがニヤリと笑う。
「ほら、次はどこに行くんだ?」
その2人のやり取りがよく分からないアルフォンスが次をせかす。
「そうね。魔道具店にも行きたいけれど、そろそろ宿に戻らないとミミ達が怒るかも」
夕方になり日が暮れた頃、宿屋で合流する仲間達。
「そうか、馬は2頭しか買えなかったか」
「うん、これはお釣り。しかも高かったの。今はすごく売れて品薄って」
「確かにどこかに逃げるなら、少しお金をかけても馬が欲しいか」
「そんなに馬に乗れる人はいないでしょう?」
「お金があって馬に乗れる。貴族につながる人達か。嘆かわしいな……」
ジョフレッドの辛そうな顔。
「いやいや、冒険者達かもしれないし、考えすぎなくても。それよりご飯にしましょうよ。ご飯」
リーダーらしくか、ミミが空気を変える。
宿屋に併設の食堂ではなく、イグナシアナが希望する、どちらかというと安い酒場で食事にしている6人。
「こういうところに来たかったのよね。冒険者の練習をしているときでも、ジョンは許してくれなかったし」
「護衛も俺1人ぐらいでは無理だったからな。それに王都では流石に顔がバレる可能性も」
「だからフードなのね」
服屋でのやり取りを知らなかったミミが納得する。
「お、ここには良い女が2人、いや3人か」
「いや、この2人に比べて顔を出すのに自信がなくてフードなんだろう?」
「どっちでも良いさ。なぁお姉ちゃん達、そんな野暮ったい男達と飲まずに、俺達と飲もうぜ」
「そうだ、俺達はこのサンティアの街では顔が効くんだぜ。今の情勢でこの街に逃げて来たんだろう?仲良くしておいた方が良いぜ」
空気を読めない感じの男3人が、6人が食事をしていたテーブルにやって来て絡んでくる。
「ほら、姉ちゃんも顔を見せてみろよ」
その勢いのまま、イグナシアナのフードをめくろうと腕を伸ばして来る。
イグナシアナはその腕をかわし、左右の腰から抜いたショートソード2振りを使って、男の腕の服を切り裂く。
「うわぁ!」
「そんなに顔が見たい?見せてあげるわよ」
自らフードをあげる。
「どう?自信のない顔に見える?」
「おい、イグ」
慌てて席を立って近くによるジョフレッド。
「あらジョン。あなたも私があの2人に劣っているというの?」
「誰だよ、こんなに飲ませたの?」
「いや、ジョッキの一杯目だぞ、それ」
「くそ、酒に弱かったのかよ」
「お兄さん達、悪かったね。彼女、酒癖が悪いみたいで」
「あぁ……」
酔っている女の早技に腰を抜かしてしまった男も恥の上塗りを避けるため、適当な返事を返す。
「ジョン、今まで飲ませたことなかったのかよ?」
「いや、お立場を考えろよ。機会が無かったんだよ」
「もしかして色々と楽しみたかったのかな、わざわざ安酒の店を選んだのは」
「確かにジョン以外のお目付もいない今が人生で初めてのことをできるチャンスなんだろうな。情勢は良くないが」
「それはわかる。でも、もう飲ませないようにしないと」
ジョフレッドがおんぶした背中で眠っているイグナシアナを皆が呆れて見ながら宿屋に戻る。




