漁火の現状
色々な話を一気に聞いて、頭や気持ちの整理が付いていない“希望の灯火”の4人。
しかし、それに対して気遣うつもりはないのか、ジョフレッドが席を立つ。
「じゃあ、ちょっと移動しようか?」
「え?」
「良いから」
そのまま玄関を出ると、さらに門も出てスタスタと歩くジョフレッドと、仕方なく付いていく4人。
そしてジョフレッドは、隣の似た規模の家の門に入って行く。
「こっちだよ」
その家の玄関まで誰に断ることもなく入って行き、同じく似た感じの入口すぐの応接間に入る。そして、一番奥の席ではなく一つ手前の席に座る。
「適当に座ってくれたら良いから」
言葉通りに受け取れないが、仕方なく入口に近い方に座る4人。
それを見計らったように奥の扉が開いて入ってくる1人の女性。左右の腰に剣をぶら下げており、見た目には冒険者のようである。
しかし、赤毛で琥珀色の瞳であり、5年前の面影を感じたルナリーナは慌てて椅子から降りて、床に膝をついて頭を下げる。
それを見たアルフォンス達も後を追いかけるように椅子から腰を上げたところで声がかかる。
「ルナ、それに他の人達も。そのまま椅子に座っていて」
「そうは言っても、となるだろうが、さっきも座ってくれていただろう?今度も座っておいてくれないか?」
女性からだけでなく、ジョフレッドがさらに声をかける。
「ルナ、頼むよ」
追加のジョフレッドの声に従って、ゆっくりルナリーナが立ち上がり椅子に座り直すのを見て残り3人も椅子に座る。
「久しぶりね、ルナ。5年も経って綺麗になったわね。すごく痩せ細っていたのが、今は適度に肉がついて羨ましいわ」
「いえ。イグナシアナ様こそ大人の女性の雰囲気が出ております」
「ありがとう。でも、そういう世間話をする時間は無いのよね。ジョンから話は聞いたから来たのよね」
「はい、一通り。それと彼女達には口外しない旨の≪簡易契約≫もして貰っています」
「じゃあ、行きましょうか」
「「え?」」
今、座ったばかりというのにもう移動するという。
「乗馬ができるのは誰かな?」
6人揃って玄関を出たところでジョフレッドが聞いてくる。
驚きながら、4人とも首を振る。
「馬車の御者がようやくできるようになった程度で」
ミミが代表して言葉にする。
「ふむ。じゃあ、あと2頭ということで」
独り言のような言葉で馬屋に向かうジョフレッド。そのままついて行ったイグナシアナと2人が騎乗してすぐに戻る。
「君達は馬車に乗って。あ、1人は御者をお願いね」
ジョフレッドの言葉に従い、隣の屋敷に戻って馬車を出してくる。このままでは馬車の中で会話が始まるかもしれないのを感知してか、ボリスが御者台に早々に乗り込む。
アルフォンスが出遅れた、という顔をしたが相手にされず、馬車の中にはそのアルフォンスとミミ、そしてルナリーナが乗り込む。
「じゃあ行くよ」
もう驚いても疲れるだけと分かっているが、ジョフレッドとイグナシアナが騎乗で先導する後ろをボリスが馬車を操ってついて行く。
「どこに向かうかも教えて貰えない感じね」
「そうね。でもこれって東側に向かっているわね」
「流石ルナだな。通ったこともない道なのに」
「影を見れば分かるでしょ」
そして止まることなく、王都ナンティーヌの東門を出ていく一行。
ジョフレッドが何かを衛兵に見せることで、出口検査の待機時間がほとんどなくなったので、おそらく貴族ならではのやり方があるのだと認識する。
そのまま1時間以上も街道を進んだ頃、街道の横にある広い空間のところでジョフレッドが馬を止める。
「そうね、この辺りで良いわね」
イグナシアナも発言しジョフレッドと同様に馬を降りて、その馬を馬車に繋ぎながら水桶を前に並べていく。
「ジョンは街道を見張っていてね」
ジョフレッドはやって来た西の方向を見て、追っ手がないことを確認しているが、時々はこれから向かう東の方向も確認している。この辺りも平原であるので、見晴らしは良い。
「やっと落ち着いて話が出来るわね」
イグナシアナがあらためて4人の顔を見て、砕けた口調で話をしてくるが、この国の王女であることを認識しているので返事に困る。
「あ、これからは一般人、冒険者のイグって扱いをしてね。そうじゃないと勘づかれて狙われてしまうから」
『確かに、ジョフレッド様もイグナシアナ様も冒険者のような格好よね。このまま自分達4人と紛れて行動をすれば、誰かに狙われる可能性も低いのかな。って、狙う?』
「あの、どういうことでしょうか。護衛とは伺いました。狙われる心当たりはあるということでしょうか。また、今からどちらに向かうのでしょうか」
ミミがリーダーの自覚から、確認すべきことは、と質問を始める。
「そうね、色々と説明が足りていないわね。でも、まずは自己紹介からかしら」
「そう、このナンティア王国の第3王女、イグナシアナ・アリアナ・ナンティアよ。でも今からは冒険者のイグ。漁火ってあだ名でも良いわよ。それで、あっちはジョフレッドだけど今からは冒険者のジョンね」
仕方なく、改めて“希望の灯火”の4人も自己紹介を行う。
「私達も色々あったから冒険者としての身分証もあるのよ。ジョン、あなたのも見せて」
ジョフレッドとイグナシアナの身分証は共に鉄製であり、そこに書かれた名前はジョンとイグであった。
王女と伯爵家の者が冒険者に登録し、しかも初心者の木級ではなく鉄級であることに驚く。つまり鉄級、Dランクの魔物を単独討伐できる実力があると認めさせる何かをしたということである。
「それがね、銅級になるには何か裏条件があるらしくって」
『え?銅級、Cランク魔物を倒せる実力はあるってこと?』
「実力を疑うならば、後で模擬戦をしましょうか。でも、まずは他のことよね。今から向かうのは東のノーブリー王国よ。その手前のサンティアの街にも寄るつもりだけど」
「ノーブリー王国ですか?」
「えぇ、狙われる理由にも繋がるから丁寧に話すわよ」
イグナシアナは自分の生まれなどの説明を始める。
自分は第3夫人の娘であるが、母親は既に死亡していること。
第1夫人はノーブリー王国の王族で、子供は王太子、第1王女、第2王女。他に第2夫人がいて、第2王子を産んでいる。
「多分、その第2夫人が私のことを嫌っているのよね。父である国王は母のことを一番気に入っていたらしくって、その面影が出てきた私のことをとても可愛がってくれているの。それを知って、自分の子供、第2王子をもっと愛して欲しいって。しかも第2王子を後継にさせたい野心もあるって話だわ」
『そんな王国トップのドロドロした話なんて聞いて良かったのかしら。でも自惚れでないならば、確かに命を狙うぐらい大きな話なのかも』
「で、さっきの話にも繋がるのだけど、ノーブリー王国はナンティア王国と親密で血のつながりも何度もあるから、避難先には向いていると思うのよ。国内に居たらいつ殺されるか分からないし」
「それで……」
先ほどイグナシアナが居た家も、とても一国の王女が暮らす場所ではない。冒険者のふりをする際の拠点だったのかもしれないが、王城から逃げる先でもあったのだろう。
「ということで、これからは冒険者としてカモフラージュするつもりなの。だから絶対にジョンや私に敬語は使わないで。呼び捨てにしてよ」
「そんな」
「良いから、命令と言った方が良いならば、そうするわよ。私達の命のためだから。はい、イグって呼んで。ほら、あなたから順番に」
「イ、イグ。イグ」
割り切ったミミは何とか言えたが、アルフォンスとボリスは苦労している。
「イグとジョンね」
ルナリーナは、前世記憶もあるからか、それほど王家などに対して心から敬うという感覚は無い。どちらかというと知識的に不敬罪が怖いだけであったので、本人からの許可というか命令が出ているならばその心配はない。
「ま、おいおい慣れてくれたら良いわ。それと、あなた達の冒険者パーティーの名前は“希望の灯火”ってさっき言っていたわね。今からは4人パーティーではなく6人パーティーね」
「護衛依頼って」
「そうね、冒険者ギルドを通した依頼にできないから、まずはこれが手付ね」
イグナシアナが腰袋から無造作に金貨4枚を取り出して配ってくる。
「え?」
いきなり金貨1枚、いうなれば前世での100万円相当を気軽に渡してくるが、命を狙われている王女の護衛ならば確かにこれでも足らないかもしれない。
「イグ、王都を飛び出して来たから準備も色々と出来ていないのだけど」
言葉使いはまだぎこちなさを感じるが再びミミがリーダーらしいことを気にする。
「あら、大丈夫よ。これ、魔法の収納袋で、この人数の一週間分ぐらいの食材は入っているわ」
野菜、肉、パン等を一部取り出して見せるのをボリスが真剣に見ている。
「それに、私達は海賊のところで粗食も経験したから、あれを考えれば何でも食べられるわよ」
ルナの方を見て微笑むイグナシアナ。
「じゃあ、私からも良いかしら。ジョン、あなたもちょっとだけ来て」
ルナリーナは割り切った口調で2人を呼んで、それぞれの得物、イグナシアナは左右の腰にぶら下げているショートソード2振り、ジョフレッドからは左腰に下げていたロングソードを預かる。
そして中級魔術≪鑑定≫を発動する。
「やっぱり。2人とも高級上位の武器なんて装備していたら、偽装にならないわよ。代わりは無いの?」
「う」
「サンティアの街に着いたら、まずは剣の調達からね。でも本当に良い剣ね」
刀剣女子でもあったオタク心を刺激されてしまったルナリーナ。
「なんか怖いわよ、ルナ。それより私達の腕試しをしなくて良いの?」
「うーん、そんな高い剣を傷つけたくないし、その辺の角兎を倒すのを見せて貰うのが良いかと。いえ、良いんじゃない?」
まだ慣れないミミが判断する。
「それもそうね。見ていてよ」
すぐに駆け出して行ったイグナシアナは左右のショートソードを舞うように扱い、簡単に仕留めたホーンラビットを手にして帰って来る。
ジョフレッドも、周りの警戒をアルフォンスとボリスに任せた後に駆け出して行き、それなりの体捌きでホーンラビットの突撃を回避したままロングソードを振り下ろしている。
ジョフレッドは腕があるから王女の近衛になったと言っていたのもあり、実力は推測されていたが、まさか王女まで華麗な剣士になっているのは想定外であった。カジミアンが亡くなったこともあるのだろうけれど、色々と覚悟をすることがあったのかと想像する。
「これから何があるか分からないから、みんな乗馬の練習を今のうちにしておいてね」
イグナシアナの言葉で、まずはアルフォンスとボリスが乗る練習をする。その後はルナリーナとミミである。
ここでついでに昼食も取ってから、再び東に向けて出発する6人。




