ジョフレッド達の現状
宿屋で待機していないと、いつジョフレッドから連絡が来るか分からない。そのため、ボリスは屋台で朝食を買い食いすることを希望していたが、宿屋の食堂で食べることになった。
「ボリスの言うように買ってくるのでも良かったんじゃないのか?」
「いや、貴族様の使いを待たせることになったら問題でしょう?」
「だからって4人ともが宿屋を出ることもできないと……」
「そうよね、何日待たないといけないかわからないと。まずは今夜も泊まるかを言わないと宿から追い出されるわよね」
しかし、その心配は杞憂であった。皆の食事が終わりかけたところで、宿屋に入って来る者がいる。
「ルナリーナという女性が他3人と泊まっていると聞いているが」
貴族らしい格好ではなく普通の冒険者のような装備の男が、カウンターに居た主人に質問している。主人にしても金を払う客ではないようなので、ぶっきらぼうに顎でルナリーナ達のテーブルを示す。
「少し良いかな?」
「聞こえていましたよ。ルナリーナを含めた4人組をお探しのようですね」
「分かっていたならば。って、おぉ、ルナでは無いか。大人になったようだが、綺麗な顔をした銀髪碧眼。面影もあるし間違いでは無いよな?」
代表して返事をしていたミミではなく、少しうつむいていたルナリーナに声をかけてくる。
「はい、ジョフレッド様。ここでは他の方もいらっしゃいますので、我々の部屋にでも移動できますか?」
変わらずうつむいたまま席を立つルナリーナ。
「いや、できるならばこのまま宿を出られるとありがたいのだが」
あまり余計な会話をするのは良くないと理解した4人は、走るように部屋に戻り荷物をまとめて宿を出る。
宿の前には馬車が停まっていた。しかし、貴族の紋章のついた黒い馬車ではなく、護衛依頼の際に同行した商人本人達が乗るような馬車である。
御者台に執事等がいるわけでもなく、馬車の横に立っているジョフレッドが1人で乗ってきた感じである。
「誰かが御者をした方が良いでしょうか」
「うーん、お願いしたいが行き先も分からないだろう。4人は馬車に乗ってくれ。俺が連れて行く」
「!」
「ま、遠慮するな。ほら、乗った、乗った」
貴族に御者をさせて馬車に乗るなんて考えられなかったが、この街中で変なやり取りをして目立つわけにもいかず、無言で乗り込む。
「なぁ、本当に貴族なのか?見た目は冒険者にしか……」
「5年前にちょっと一緒だっただけだから」
「でも、あの伯爵家のメダル。それに伯爵家の執事も認めていたわよね」
答えはないので、ひそひそ話もその程度にして目的地に到着するのを待つしかない。
「お待たせ。着いたよ」
それほど長い距離を進んだ感じもしないまま馬車を降りる。
貴族街でも高級街でもなく、普通の一般住居の街区にある少しだけ大きい程度の家である。馬車をそのまま入れられる庭はあるが、その程度である。
「馬屋に置いてくるから、ちょっとその玄関前で待っていてくれないかな」
手伝おうと動きかけるが、それを制されてジョフレッドが1人で馬車を置きに行く。馬にかかっていた手綱はそのままのようである。
昨日に見た伯爵家の屋敷ならば馬屋からもかなり距離があるのだろうが、ここでは少し大きめの声が届く程度であり、用を済ませたジョフレッドはすぐに玄関に来る。
「さぁ入ってくれ。で、そこの応接間に」
玄関扉を開けて先に入ったジョフレッドは、そのすぐ目の前にある応接間に入っていく。
「さぁ座ってくれ」
勝手に奥の上座の方に座ってくれたところは安心であるが、下座の手前側とはいえ、貴族と同席して椅子に座ることには抵抗がある。4人は部屋に入ったところで立ち止まってしまっている。
「良いから。ほら座って」
これ以上に固辞する方が失礼と言われるかもしれないので、ルナリーナとミミがジョフレッドに近い側に、アルフォンスとボリスが入口に近い方に座る。主に会話するのが、元の知り合いとリーダーの2人になるという認識だからである。
「ルナ、で良いよね。5年ぶりかな。突然で驚いたと思う」
「はい」
「昨日は俺の実家にも行ったんだよね。色々とあってね。まぁお茶も出せないけれど、まずは話を聞いて貰えるかな」
確かに貴族が住む家らしくなく、家政婦などの人の気配がなかった。この家、この応接間どれも一般人で少しお金がある程度の設備である。
ジョフレッドの話では、5年前に護衛をしていたにも関わらず海賊の捕虜になってしまった失態の責任を取らされたらしい。
「ま、もともと妾腹の五男なんて大した価値は無いからね。ちょっと剣の腕があるからと近衛に選ばれていたんだけど」
一緒にいたカジミアンも同じく伯爵家の生まれだが似たようなものだったらしい。
「ただ、ちょっと色々あって、もうこの世には居ないんだ」
「!」
「その辺りは追い追い話すよ。話すことがいっぱいあるからね」
「で、手紙の差出人に“漁火”と書いたのも訳があってね」
一息ついたジョフレッドがあらためて4人の顔を見る。
「で、この3人は見た目の通りルナの冒険者仲間ということだよね?口外されると困ることを話しても大丈夫?」
言葉を出して良いのか分からない3人は大きく頷く。
「ルナが魔力操作を出来ていたのは覚えているけれど、魔法使いになったようで良かった。ぜひ残り3人と一緒に助けて欲しい」
「どういうことでしょうか」
「うーん、もう敬語は無しにして欲しいのだけれど、無理かな。あの島での気軽なやり取りのように」
答えないルナリーナを見て、ため息をついたまま話を続けるジョフレッド。
「君達にはこの契約をして貰いたい」
ジョフレッドが取り出したのは魔法陣の描かれた羊皮紙が4枚。
「奴隷契約みたいな強制力は無いから安心して。約束を守らないと体調不良にはなるけれど命を奪うほど強力ではないから」
「スクロール!?」
「流石に勉強しているね」
砕いた魔石を混ぜたインクで羊皮紙に魔法陣などを描いた物であり、未習得の魔法でも魔力を込めれば発動できる使い捨ての魔道具の一つがスクロールである。
「これは初級の≪簡易契約≫だよ。他人には口外しないことを契約して欲しい」
先ほどまでは数年経っても優男の雰囲気は同じままであったが、急に雰囲気が変わるジョフレッド。ここで拒否すれば流血沙汰も、という覚悟を感じる。
「分かりました。どうすれば良いのですか?」
契約魔法という単語にも興味があるが、その覚悟のジョフレッドに逆らうつもりもない。
「ありがとう。署名をして血をここに垂らしてくれれば良い」
素直に指示通りに行うと、垂らした血も含めて全てが消えてしまう。スクロールは使い捨てというが、無地の羊皮紙になってしまったことに驚く。
アルフォンス達3人もルナリーナが特に体調不良になっていない様子を見て、同様に署名等を行う。
「みんなありがとう」
迫力が消え、再び単なる優男の雰囲気に戻ったジョフレッド。
「これから4人には俺と一緒に護衛任務をお願いしたい。それも護衛対象は“漁火”。そう、第3王女のイグナシアナ様だ」
「え?」
「信用できる少人数である必要があるんだ」
「私達が冒険者だったかなんて……」
「あぁ、手紙を送るとき、どころか昨日に実家に来た様子を聞くまで知らなかった。元々は、政治的な裏が絶対にないと思える、同性の女の子を探したかっただけだ。王都まで1人でやって来られるかも賭けだった。ただ、賭けには勝ったようだ。冒険者としてそれなりに実力のありそうな仲間達と来てくれたんだからな」
正直、頭がついていけないルナリーナ。それ以上に混乱しているアルフォンス達。
「そうだよね、いきなりそんな話をされても」
そう言いながら話を続けるジョフレッド。
元々、第3王女の立場はそれほど重要視されていなく、自分達程度の近衛であったのも確かである。さらに海賊にさらわれた経緯がある女性など、と。
ただ、あの海賊の裏には西のモンブール王国がいたということ、さらにナンティア王国内で裏切り者がそのモンブールと連携していたことから発生した事件だったらしい。
今回のヴィリアン王国の侵略もモンブールとの連携であると見ているらしい。
「そんな機密情報を我々に?」
「いや、知っておいて貰う必要がある。これからの行動のためには。それに、そのための契約魔法だよ」
『とは言っても、体調不良になる程度で……』
「うん、違和感があるのだよね。そう、貴族ならば奴隷契約をした従者が普通だよね。でも我らが姫はそれを否定されて」
「どうしてですか?」
ここでミミが口を挟む。
「ミミだったかな。先ほどの署名。あ、ごめんね。まずは自己紹介と行こうか」
ジョフレッドが椅子に座り直す。
「いまさらでごめんね。俺はジョフレッド。元々ジュヌシー伯爵家の生まれだけど、その家名はよほどのときでないと名乗らせて貰えないことになっているんだ」
「ルナリーナです。5年前からはワイヤックの孤児院で育ちました」
「ミミです。ルナと同じ孤児院です」
「アルフォンスです。同じくです」
「ボリスです」
「ははは。これからよろしくね」
「で、奴隷契約を嫌がった理由だったね。そもそも奴隷契約って分かるかな?」
ジョフレッドが奴隷の種類の説明を始める。
魔法を使った奴隷契約には3種類あり、犯罪奴隷、戦争奴隷、借金奴隷である。
借金奴隷は名前の通り借金が理由なので、返済できるだけ働いたら解除されるものなので、命の危険がある命令や性的なことなどは拒否することができる。
犯罪奴隷は死罪になる代わりのものであり、命の危険があることですら命令できるため、危険な鉱山の作業員や戦争への参加などにも使われる。
戦争奴隷は身代金を払えない捕虜がなるものであり、命令できる範囲は先の2つの間である。
「ルナは5年前に海賊の奴隷だったけれど、単に酷い扱いで働かされただけだから、奴隷契約だったわけではないよね。でも、姫様はルナの受けていた扱いを思い出すから嫌だと」
「そんな」
「それと、もう一つ理由があってね。借金奴隷のふりをして働いていた侍女が、実は犯罪奴隷だって、姫様の命を狙ったんだよ。そのときにカジミアンは命を落としたんだ。だから、奴隷契約だからと言っても安心できないから、それならば違う安心できる理由のある人だけが身近にいて欲しいって」




