ナンティーヌの神殿
貴族街を離れ、高級街を離れ、自分達に相応しい下町らしい街区に戻って来たところでようやくアルフォンスが口を開く。
「ルナ、どういうことだ?何なんだよ、あの偉そうな人は?」
「そうよ、ルナ。知っている人って貴族の人でしょう?それなのに、そこの使用人にあんな扱いをされなきゃいけないの?」
「ごめんね、みんな。不愉快な思いをさせて。私にもどうなっているのか、全く分からないのよ」
「いや、ルナを責めているわけじゃないのだけど……」
「もう忘れよう!もし宿に来るって言っても、それは明日なんだろう?今日はせっかく王都に来たんだから買い物でもして気分転換しようぜ」
アルフォンスがわざと明るい声を出していう。
「食材でも見に行こうか」
それに合わせてボリスがミミに声をかける。
「そうね。みんな、迷子になるんじゃないよ!それと食事は宿の近くで一緒に食べるんだから、待ち合わせは宿で!」
「ボリスが屋台で食べ過ぎないようにね!」
「で、魔道具屋だろ?」
「いいえ、まずはクリスタン司祭からお預かりした手紙を、デメテル神殿とミネルバ神殿に持って行くわ。アルはどこか適当に行っても良いわよ」
「そんな。一緒に行くって」
結局ルナリーナに付いて来たアルフォンスと共に、まずデメテル神殿に向かう。女神像に対してお祈りと魔力の奉納を行った後に、神官と思われる人に声をかける。
「ワイヤックから参りましたルナリーナと申します。あの街の司祭クリスタン様からの書状を持参いたしました」
「これはご苦労様です。しばしお待ちください」
「なぁ、同じデメテル神殿でも大きさが違うな」
「そうね。住民の規模も違うし、王都だからかな。このナンティア王国で一番信仰されているのだから」
華美ではないが綺麗に手入れされている神殿の応接室で待つことになった2人。どうしても育てられた孤児院の横にあったワイヤックでの神殿と比べてしまう。
「お待たせしました。ここで司祭を勤めておりますマルスランです。クリスタンの手紙をお持ちいただいたとか。あ、彼は私の後輩ですが弟みたいな関係でして」
「はい、こちらになります。私達はワイヤックの孤児院でクリスタン司祭達に育てて頂きまして」
「あ、そうだったんですね。どうぞおかけ頂いて。このまま拝見しても?」
椅子に座り直し、マルスランが手紙を読むのを待つ。
「なるほど。王都に用事があって来られたと。回復魔法も使える優秀な子ではあるが、成人前で経験が足らないので何かあれば助けてあげて欲しいと書いてありますよ」
「え、そんな」
「あいつらしいですね。皆を自分の本当の子供のように思っているのでしょう。つまり私にとってもお二人は姪と甥ですね。王都での用事は終られたのですかね?はい、王都にいる間に何か困ったことがあれば、ぜひ頼って来てくださいね」
「そんな。とんでもないことです」
「あはは。大丈夫、ここにも孤児院があってここの卒業生もいっぱいいますよ。それだけ伝手もあるということです。何かあれば遠慮なく」
「ありがとうございます」
王都にどのくらい滞在することになるか分からないが、クリスタンの配慮に改めて感謝するしかない。
「戦争の雰囲気はまだここには響いていないようだな。良かったな」
デメテル神殿を出るときに、ここでも隣接して運営されている孤児院と思われる場所からの子供達の元気な声が聞こえて来て安心する。
「そうね。次はミネルバ神殿ね」
人口規模の違いからか、ここでは知識・魔法の女神ミネルバに対しても、独立した神殿が存在するようである。
ここでもお祈りと魔力の奉納をした後に、神官と思われる人に声をかけてから応接室で待つ。
「私はここの司祭のアナトナンです。お手紙を、と伺いましたが」
「はい、ルナリーナと申します。こちらはアルフォンスです。ワイヤックの街の神殿のクリスタン司祭からのお手紙になります」
「はい、拝見しますね」
「なるほど。私はクリスタン司祭とご縁はありませんでしたが、なかなか子供思いの方であることが伝わりましたよ。おや、そのお顔だと中身を知らずにお使いをされていたのですね」
「はい」
「孤児院で育った子達が王都に向かいます。特に魔法使いの子は優秀で、デメテル神の回復魔法だけでなく、魔術も使いこなしているとの売り込みでしたよ」
「そうだったのですね」
「今の情勢はご存じ、のようですね。それを踏まえて、私達の神殿にも参戦の協力依頼が来ております。見た感じ冒険者としての活躍もありそうですが、もしご興味がありましたらミネルバ神殿へのご協力ということもご検討くださいね。優秀な魔法使いは我々としても歓迎ですし、さらなる習得を目指されるものがあるようならば、我々の教義でもありますので是非ともお手伝いさせて頂きますので」
「ありがとうございます」
「ところで、ミネルバ様とのご契約はもうお済みですか?」
「いえ、ワイヤックの神殿はデメテル様の神官のみでしたので」
「なんと。もしお時間があれば、いかがでしょうか?」
信仰を広めるのと同義であるからか、拒否できない強い感じでの誘いである。
もちろん魔法オタクのルナリーナとしても新たな魔法に関することを否定することはないが、横のアルフォンスだけが気になる。
笑いながら自由にすれば良いという顔で頷いてくれたのを確認し、アナトナンと共にミネルバの女神像の前に戻るルナリーナ。
「すでにデメテル様とのご契約がお済みなのであれば、ほぼ同じです。唱える言葉はこちらになります」
提示された羊皮紙に書かれた言葉を唱えてみるルナリーナ。
≪知恵と神秘の力の恵みをもたらす女神ミネルバ様。今後、僕たるルナリーナの願いをお聞きください≫
「いい感じですね。では次はこちらの魔法陣を見ながら唱えて。最後にこちらも」
羊皮紙に一緒に描かれていた魔法陣は、デメテル神と契約したときとほぼ同じ形状である。
≪知恵と神秘の力の恵みをもたらす女神ミネルバ様。今後、僕たるルナリーナの願いをお聞きください≫
そして魔力を奉納しながら魔法陣を意識することで、黄色い魔法陣が浮かんでくる。
≪誓(iurandum)≫
≪誓≫の言葉を唱えたところで、魔法陣も消えていく。
「流石ですね。契約はできましたね。では、ミネルバ様の神霊魔法の初級にも挑戦されませんか?簡易鑑定などは便利ですよ」
ルナリーナが魔術で、中級の≪鑑定≫まで習得済みである旨を伝えると、驚くのと合わせて称賛される。
「そのお若い身でそこまで習得されるとはかなりの努力をなさったのかと。ミネルバ様もお喜びと存じます。では、こちらはいかがでしょう」
提示されたのは≪探知≫という魔法であり、人や魔物など魔力を持つものが近くにいることを認識するものである。
神殿の運営のためにも寄付を、という言葉に言われるまま多くの銀貨を差し出して、羊皮紙に書かれた詠唱文言と魔法陣を確認する。
≪知恵と神秘の力の恵みをもたらす女神ミネルバ様。僕たるルナリーナの願いをお聞きください。周りを知る力を授けたまえ≫
≪探知(detectio)≫
すぐ近くにいるアナトナン司祭とアルフォンス以外に、少し離れたところにいる信者の気配も感じた気がする。この魔法を習熟して行くと、ダンジョンなどで魔物の検知に非常に役立てる可能性がある。
「何か掴まれた感じですね。我々としても優れた信者の方が増えるのは大歓迎です。ぜひこの神殿でお勤めになられることも含めてご検討ください」
「ありがとうございます。ただ、仲間達とのことを優先したいので」
「そうですか。また新しい魔法の習得などご用命がございましたら。また最初にお話ししましたように、参戦のこともご検討くださいね」
今までのデメテル神殿とは違った、まるで魔法の商売人のような感じにも思えたミネルバ神殿のアナトナン司祭の対応に驚きつつ、新たな魔法の習得に喜ぶルナリーナ。
「良かったな、新しい魔法。また一つ強くなるな」
「うん、習熟できるように頑張るね」
思ったより時間がかかってしまい、魔道具屋に行く時間がなくてそのまま宿に戻ることになった2人。
「アル、ごめんね」
「いや、ルナが嬉しそうだから。魔道具屋に行っても新しい魔導書を見つけられなかったかもしれないのだし」
「いいえ、魔導書も欲しいから魔道具屋には明日でも行くわよ。魔力回復ポーションも高く売らないと」
「はいはい、お供しますよ」
宿で合流したミミ達も、嬉しそうな顔をしたルナリーナを見て、貴族街での扱いのことを忘れられたのだと理解し、ほっとした夕食時間となる。




