ラガレゾーの混乱
「依頼の完了サイン、ありがとうございます」
「あぁ」
相変わらず無愛想な依頼主のティスタンと早々に別れて、冒険者ギルドの建物に向かう4人。
「なんだ!この混雑は」
「やっぱり何かあったのね」
この状態で何か絡まれるようなことがあっても面倒なので4人揃って受付に並びつつ、耳をそばだてて周りの声から情報を必死に入手しようとする。
「何だって!ヴィリアン王国が?」
「モンブール王国とは不仲でも、北のヴィリアンなんて噂になっていたか?」
「王都に向かう奴と王都から逃げる奴がいるみたいだぞ」
「田舎に逃げた方が良いのか」
「お待たせしました」
列の先頭になったのに気づかないほど周りの声に集中していたミミ。
「あ、すみません。これ、護衛依頼の達成です。それと護衛中に倒した魔物の素材の納品もしたいのですが」
「はい、こちら依頼完了サインはちゃんとありますね。お疲れ様でした。素材納品の窓口はあちらになります」
この受付とは別で少し離れたところで素材を受け入れるのは、ワイヤックの街でも同様であったので違和感はない。
「ところで、何があったんでしょうか?」
「それが……」
「おい、後ろが支えているんだぞ!用事が終わったなら早く退けよ」
いらだった感じの空気感のなか、あまりこの受付に長居はできないようである。
「すみません、では王都への護衛依頼と、この街ラガレゾーの宿の紹介をお願いしたいのですが」
「護衛依頼は混乱していまして、今ご紹介できるものは無いのです。また、宿も。申し訳ありません」
「そうですか。わかりました」
後方に並んでいる男の「早くしろー」との罵声が面倒なこともあり、情報も得られないまま護衛依頼の報酬だけ受け取って列を離れる。
素材納品の方の窓口は空いているので、ギルド職員以外からは見られないように、魔法の袋から魔狼の死体を取り出して出していく。
「ほぉ」
魔法の袋について余計な発言はしないのは流石に職員ということか。
「で、この死体は丸々納品ってことで良いか?欲しい部位があるなら解体してから引き渡すが」
魔石が欲しいところではあるが、いくつかの魔石は現地で取り分けていたので、ルナリーナを見てきた皆に頷く。
「それより、この異常な雰囲気について教えて欲しいのですが」
「ん?そうか、この狼ってことは西から来たばかりか」
「はい」
「俺も噂でしか聞けていないのだがな」
前置きがあった上で、解体窓口の男性職員が少し身を乗り出して来て話し始める。
「ここラガレゾーの街と王都ナンティーヌの間の街道を北上したところにあるクレテールって街に、北方の国、ヴィリアン王国が攻め入って来たって噂なんだ」
「そんな」
「あぁ、西のモンブール王国とは不仲だったが、間には魔の森、ツァウバー大森林があるから実際の戦争にはなっていなかった。でも、北のヴィリアン王国との間にはそんな邪魔なものは無いからな」
「ヴィリアン王国も、このナンティア王国と同じカルカーン帝国の国じゃないですか」
「まぁな。そういう話だったらモンブール王国も、だがな」
「ミミ、それよりもこの街の状況を教えて貰おう。俺達は王都に行かないとダメなんだ。護衛依頼も無いなら自分達だけでも向かわないと」
「ほぉ、王都に。まぁ今は王都も混乱しているだろうな。うーん、依頼がないならば乗合馬車に乗る案もあるが、きっといっぱいだろう。貸し馬も戻ってくる前提だからなぁ」
「ここから王都まで歩いて何日ですか?」
「うーん。まぁ3日ってところかな。馬車で2日だからな」
「ルナ?」
「仕方ないじゃない、他に手段はないのだから。馬を買うほどのお金は無いし」
「ははは。魔法使いのお嬢さんの言うとおりだね。王都に行く必要があるならば、歩きが良いだろう。だが、今の混乱に乗じた盗賊達には気をつけるんだぞ」
冒険者ギルドの建物を出たところで再度相談する4人。
「確かにルナが言うように、歩いてでも移動した方が良さそうだな」
「でも、この状態の王都に行って大丈夫なのかしら」
「いや、ワイヤック以外で知り合いも居ない俺たちには、少しでも伝手があるところに行った方が良いんじゃないか?この状況だからこそ」
「準備をしよう」
「そうね、ボリスの言うように、方針は決まったのだし出発の準備をしましょう。宿に泊まれないのだから、それこそ出発してしまっても良いのだし」
各々が買い出しをしてから東門に集合することになった。前回、ジュリヨンの街と同様にアルフォンスとルナリーナ、ボリスとミミの2組に分かれる。
「時間がないからサッと見るだけなのは仕方ないな」
「食材もできるだけ買っておいた方が良いわよね。農地に囲まれたこの街なら少しは安いと期待できるし」
あまり日持ちのしないものを買いすぎるわけにはいかないが、ルナリーナの魔法の収納袋があるので、通常の冒険者達のように背負い袋に入るだけ、にならないのが救いである。
時間は無いものの、デメテル神殿に立ち寄りデメテルとミネルバの女神達にお祈りだけは行っていたルナリーナ。
「その顔は目ぼしいものは無かったようね」
合流したミミから指摘されるルナリーナ。
「まぁ魔導書についてはあまり期待をしていなかったのだけど……。通常のポーションなども急に品薄になって高騰しているらしいのよね」
「仕方ないわね。こっちも似たようなものよ。野菜ぐらいは少し買えたけれど」
「……出発しようか」
いつまでも愚痴を言っても仕方ないので、東に向かう街道を進み出す。
「結構な馬車が行き来しているな」
「聞こえて来たように、王都に向かう、もしくは王都から出てくる人が両方ともたくさんいる感じね」
「本当に戦争になっているのかしら」
「なぁ、ルナの知り合いの人って、王都にいつまでも居るのかな?俺達が到着したときにはもう居なかった、なんてことは無いよな?」
『確かに、戦争になって王女がのんびりしているなんてことはないわよね。それのお付きの貴族も……』
「そうね、居なくなっているかもね。でも、その場合でも行き先ぐらいは分かるでしょ、きっと」
「ルナって意外と楽観的だな」
「行ってみて、どうすれば良いか分からない状況なら、その時に考えましょう。私達4人だけならば逆に自由に何とでもなるわよ」
「ミミも楽観的だな。でも、確かにそうだな。ルナの魔法もあるし」
重い荷物はルナリーナの魔法の袋に収納していることもあり、冒険者として鍛えている4人の歩く速度はそれなりである。通常は1時間に4kmが1日行軍する際の参考値とされているが、起伏もなく整備された街道を歩いているので、それ以上の距離を進めている。
「だいぶ追い抜いた感じだな」
「そうね。馬車とかだけでなく徒歩での移動の人も結構いるのね」
「あの人達、自分達で大八車を引いて引越しする感じだったよな」
移動としては街と街しか意識していないが、主街道からそれて行くと村もあるのかと思える場所もいくつかあった。村では防御力もないので街の知り合いのところに逃げ込むつもりなのか。また、逆に村に逃げ込むつもりなのか。
「ま、どちらに向かうのが正解かは分からないけれど、俺達はとりあえず王都に向かうのだから、そっちが正解であって欲しいな」
「普通だったら、王都が一番頑丈なんだから、そっちに逃げ込むのが良いと思うんだけれど」
「そういう人ばかり集まると食糧不足、住居不足、仕事不足でスラム街が広がって治安の悪化に……」
「ルナって、ときどき難しいこと言うよな」
「本当。ワイヤックなんてスラム街っぽいのはちょっとしか無かったのに、なんでそんなことを。もしかして両親と生きていたときの知識?」
「うーん、まぁそうなのかな」
前世で色々と読んだ小説や漫画などの創作物由来とは言えないルナリーナは適当にはぐらかす。
「じゃあ、俺達もここで野営にするか」
ここまでの護衛依頼でも認識したのだが、街道には適当に広いスペースになっているところがある。そこが共通の野営場所になるようで、かまどにするのに相応しい石などもその辺りに転がっていたり、かまどを組んだままで放置されていたりする。
「まだ少し肌寒くなりそうだから、ボリス、あったかいものをお願いね」
「任せておけ」
ラガレゾーで入手した野菜なども切り刻んで煮込んだスープと、固いパンを夕食にして眠りにつく。
この野営場所には、他にも商人らしき荷馬車の集団や、大八車で移動している家族など色々なタイプの人達も居たのだが、冒険者のみの集団っぽいのは居なかった。
下手に目立って戦力として期待されても困るし、そっと過ごしている。
「ルナ、何か変な感じがしないか?」
4人しか居ないため、2人ずつで前半と後半を見張り当番にしている“希望の灯火”。
前半を起きている方が楽なため、魔の森で冒険していたときから、前半か後半かも交代制にすることにしていた。
今日は後半が見張り担当である、アルフォンスとルナリーナである。
「口数の少なかった、荷物も少なくて商人らしくもない、格好も冒険者っぽくも無かった男2人がいつの間にか居なくなっているぞ」
「アルの割には良く見ているじゃない」
「そう言うなよ」
「でも、良く気づいたわね。すごいね」
「盗賊の仲間だったりしないよな?」
「まだまだ街から近いし、こんな場所で襲うとは思わないけれど、注意しておこうね」
結果として、その夜のうちに盗賊の夜襲などは無かった。
「そう?確かに人が減っているわね」
「夜のうちに移動するなんて危険だから、何か後ろめたい人達だったのかしら」
昨夜のスープの残りを温め直して飲んだ後は再び歩き出す仲間達。




