ラガレゾーへの道中
ジュリヨンの街で宿を確保した後は、散策に向かう仲間達。
「ルナは魔道具屋?魔導書探しよね?」
「そうね。で、ボリスは料理探求のために買い食いよね」
「2人ともワイヤックと変わらないよね」
「じゃあ、アルはルナと一緒にね。私はボリスに付き合うわ。暗くなる前に宿に戻るのよ」
「それはこっちの話よ。食べ過ぎないようにね。宿屋で夕食も頼んでいるのだから」
アルフォンスを連れて魔道具屋に向かうルナリーナ。
「魔の森を前にしていたワイヤックと違って、この街には魔道具屋が2つしかないなんて」
「まぁ仕方ないよな。そんなに売れるものでも無いし」
「しかも品揃えが……魔導書が1冊も無いなんて信じられない」
「俺は魔剣が見られたから良かったけれどな」
「ま、そういう意味では確かに。魔道具は縁だから、ランセットさんの“星屑の道具屋”でも見たことがない物もあったわよね」
「ダンジョン専門の冒険者にでもなれば、そういうものをもっと見る機会が増えるのかな」
「それなら、噂で聞いたことがある迷宮都市とかが良いかもね。ツァウバー大森林のダンジョンは効率が悪かったし」
「それは良いな。まぁまずは王都かな。何が待っているんだろう」
「まぁ、あまり期待できないけれど……」
ここでも街に一つしかなかった神殿に寄って、中心に祀られている豊穣の女神デメテル、そして並びの中でも少し人気がない知識・魔法の女神ミネルバにお祈りと奉納をしてから宿に戻ることにしたルナリーナ達。
「俺もお祈りして魔法が使えるようになれば良いのに」
「アルも魔力操作を覚えられたら、ね」
「あんな良くわからないこと、できないよ」
「感覚でしか教えてあげられないから難しいのよね」
「それに、あんなにたくさんのこと、よく覚えることができるよな」
「魔術語がたくさんの魔術はそうだけれど、神霊魔法はそうでもないのだけどね」
「なんかもっとパッと習得できたら良いのに」
「アルの剣だって、簡単に習得できないでしょう?日々練習で。“流水流”の技とか」
「まぁ、こっちは頭で覚えるというより体で覚えるまで繰り返す感じだからな」
「ガサツなアルにはそっちが向いているのかもね」
「なんだと」
宿で合流したボリスとミミの感想も、この街は今ひとつというものであった。
「ボリスがぶつぶつ言うのよ。ワイヤックの方が、港町だから海の魚も手に入っていたし、魔の森の魔物の肉なども多かったって」
「確かに、このジュリヨンは森に囲まれているから、ワイヤックほどの食材は無いのかもね」
「交易の経路ではあるから素材の入手はできても高そうね。それなら屋台では簡単に売れないわよね」
「王都に行けば、きっと色々と食べられるわよ」
「そうだな」
ボリスを慰めながら、それほど珍しくない角兎の肉が混ざったスープである宿屋の夕食を食べて眠りにつく4人。
「今日からよろしくお願いします」
ミミが代表して挨拶した相手は、次の護衛依頼の商人ティスタンである。
「あぁ」
無愛想な感じであり、すぐに出発しようとする。他の冒険者もいなく荷馬車が3台だけと、事前には聞いていたが微妙な感じである。
「じゃあ、先頭の荷馬車はボリスと私。真ん中がティスタンさん、後ろがアルとルナで。周りを気にしながら出発するわよ」
ミミが割り振りを決めて早々に出発する。
無愛想なティスタンとずっと御者台の隣に座るのを避けるためにも、隊列の前後を冒険者で守る名目である。
「何か微妙だな」
「そうは言っても、そういう人も居るってことでしょう。これから冒険者を続けていればいろんな人と出会うわよ」
「そうだな。御者の練習の機会だし、交代しながら、だな」
「乗馬も練習したいわね」
冒険者物語のイメージ通り色々と実体験をできているルナリーナは、かなり前向きである。
港町ワイヤックを出て王都ナンティーヌに向かうには、ジュリヨン、ラガレゾーを経由する必要がある。
今回の護衛でラガレゾーに到着した後、さらにもう1回護衛依頼を受けることになる見込みである。
「あ、狼だ!」
「まいったわね。前回に比べてこっちの人数が少ないからか、完全に襲ってくる気配ね」
先頭を進むボリスとミミが狼を発見した旨を大声で知らせて来る。
御者の腕に自信があるわけでもなく、駆け抜けることも難しいと思われるので、少しだけ道が広くなる場所でボリスに停車させる。
「“疾風の刃”の皆さんに教わったように、狼が狙ってくる馬を真ん中にするように馬車を集めましょう」
「ティスタンさんも馬車の中に隠れてください」
「あぁ、頼むよ」
「お任せください」
真ん中の馬車を左に寄せ、右側に後続の馬車を進めて横に並べ、先頭であった馬車を後ろ向きにまわして来て、馬を集める。
ミミが指示をしながら地面から適当な石を拾い集めて御者台に並べて行く。
「行くわよ!」
そのうちの1つを一番近づいていた狼に投石することで戦闘を開始する。
「意外と多かったわね」
前面に出ていて傷ついたアルフォンスとボリスに回復魔法を発動しながらルナリーナがつぶやく。
「こっちの人数が少ないと思ったからかしら」
「ま、この程度の怪我ならルナが治してくれるから安心だよな」
「だからと言って無茶をしないの。ルナも攻撃魔法を使って魔力消費するんだから」
「でも、そこに魔石があるじゃないか」
「アル!」
近くにティスタンが居るのでミミがアルフォンスの軽率な発言を叱る。
「ところでティスタンさん、これらの魔狼の素材は買い取って頂けるのでしょうか」
「いや、俺の得意分野は木材系だから」
「わかりました」
アンドルフは簡単に買い取ってくれたが、ティスタンは違うようである。確かに荷馬車に積まれているのは、森の街ジュリヨンの名産である木材加工品ばかりである。狼素材などは、販路に自信がないのかもしれない。
仕方ないので、ティスタンに見つからない場所で、ルナリーナの魔法袋に狼の死体を全て収納しておく。魔法の袋を持っていることをわざわざ教える必要はなく、魔石や適当な素材だけ取って、残りは森に捨てたと思わせておくためである。
「アルのバカ!」
「ごめん、つい。だけど、そんなに内緒のことなのか?ルナがやっていること、魔法関係は全部が普通なのか異常なのかが分からないんだよな。魔法使いなんてあまり見ないから」
再び馬車を出発させた後、後ろの馬車の御者台でルナリーナがアルフォンスを叱る。
「ワイヤックの先輩冒険者達も言っていたでしょう?」
「魔力回復ポーションの代わりに魔石を使うなんて聞いたことがないって?」
今度はアルフォンスも小声で聞いてくるのでルナリーナが頷く。
魔術を色々と学ぶ際に、魔法陣を描いてそこに魔石を置くことでその魔石の魔力を魔法発動に使う手段を知ったルナリーナ。
『じゃあ、魔法陣を使わない普段の魔法発動の際にも魔石を手に持って発動したら?』
自身の魔力ではなく手にした魔石の魔力を使用して魔法発動できることを実験してみて、慣れさえすれば可能になることを見出したのである。
『次に、こんなことは?』
魔石に魔力を注入することができるのであれば、魔石から吸収することも試してみると、これも練習すればできることを確認できた。
『少しロスはするみたいだけれど』
以前に、クズ魔石として買取料金も期待できない小さな魔石も、布袋でまとめて魔力操作すれば一つの魔石のように扱えることに気づいていたルナリーナ。
『これは魔力回復ポーションを持っていなくても、魔石に注入したり取り出したりできるわね』
そして、魔法使いが少ないながらに少しは居た港町ワイヤックで情報収集しても、その知見は広まっていないことを知った。
元々魔道具屋で見習いをしているルナリーナは、魔道具の魔石への魔力の補充もその仕事の一環であったし、冒険者として魔物を狩った時に入手できる大小様々な魔石という実験材料にも困らなかったので、これらの知見を深めることができたのである。
『ワサビモドキを使った魔力回復ポーションよりも、充放電ができる電池みたいで便利よね』
割れる可能性のあるガラスのポーション瓶は魔法の収納袋の奥にしまっておき、戦闘中でもすぐに触れる腰袋に魔石を準備しておくことで、魔力切れによる危険を回避することができるようになったのである。
『魔力奉納の割合が減ってしまったのは神様達に申し訳ないのだけど……』
1日で回復する魔力量自体が増えたはずなので、全てを奉納していた初期に比べて割合が減っても奉納量は維持できていると自分に言い訳をしながら、空になった魔石に注入してから眠りにつくことになったルナリーナ。
「お、あれがラガレゾーの街か」
途中で森を抜け、草原に戻ったことで狼の襲撃も無くなった。
だんだんと視界の中の畑の比率が増えて来て、それほど高くない城壁に囲まれた街が見えてくる。
しかし、ラガレゾーの街に無事に辿り着いたのだが、街の空気が慌ただしい感じである。




