護衛中の揉め事
初めての護衛依頼の野営で眠りが浅かったのか、ルナリーナは変な気配で目がさめる。
『え!誰?あ、そうか護衛依頼だから他の人も近くで寝ているわよね』
『ん!?いや、違うわ』
「誰!?」
「うるさい、静かにしろ!」
少なくとも自分達の隊商のメンバではない男が剣を差し出してくる。
隣で寝ていたミミの側にも誰かが近づいているのを見て、彼女の脇腹を思いっきり蹴る。
「何!?え!?キャー!!」
ついでに反対側の隣で寝ていたアルフォンスの脇腹も蹴るが、革鎧を着ていた彼にはあまり響かなかったようで、単に目が覚めただけのようである。ミミの悲鳴で起きたのかもしれない。
「どうした!?」
見張り当番だったようであるリオネストとイアサントが駆け寄ってくる前に、ここで寝ていた者達も起き上がる。
「お前達!」
想像通り、この休憩所で野営をしていた別グループの冒険者“鉄の心臓”の男達4人が忍び込んでいたようである。
「こんな時間に何をしに来た!泥棒か!」
「こいつ、寝ていた私の近くに来ていたのよ!」
「は、コソ泥どころか痴漢野郎か!」
「いやいや、護衛の休憩時間にならお誘いして良いだろう?ってお邪魔しただけさ」
「何をすっとぼけやがって!」
「おやおや、何をしてくれているんですかね?先ほども言いましたよね?私の隊商に何の用ですか?そちらの隊商の主を連れて来て貰えますかね?」
静かな怒りを含んだアンドルフの発言に“鉄の心臓”の男達は腰が引けている。
「うちの者が何かしでかしましたか?」
どうやらあちらの隊商の主らしい男がやってくるが、こちらは見るからに筋モノの雰囲気がある。
「何やら行き違いがあったようですが、このままでは水掛け論になりますね。こういうときの解決方法はお約束だと思うのですが?」
嫌らしい顔付きで向こうの隊商の主が提案してくる。
『まぁくじ引きじゃないだろうし、それって……』
ルナリーナが考えている間に、クシミーユが返事をする。
「舐められたままで終われるか!受けてやるぞ」
「そうですか。ただ、どうもあなたは関係者ではないですよね?関係者は、そちらの女性2人とその近くにいる2人ってところですか。同じ4人ですし」
ミミの側にはボリスが、ルナリーナの近くにはアルフォンスが来ていた。つまり“希望の灯火”の4人を指しているようである。
「え?」
「まぁお前達がぶちのめしてやれ」
クシミーユがアルフォンスの肩を叩く。
「え!?」
何のことか分からないまま、休憩スペースの真ん中に連れてこられる4人と、その相手になると思われる“鉄の心臓”の男4人。
それぞれの隊商の皆も起きて来て周りを取り囲む。
「基本的に相手を殺さないように努力はすること。はじめ!」
よく分からない注意だけ言って、レフェリーのようにクシミーユが合図をする。
「仕方ないから行くわよ」
ミミの仕切りで、前にはアルフォンスとボリス、後ろにミミとルナリーナという日頃の魔物相手では慣れた隊形で、相手に対峙する。
先方の4人で盾を持つ者は1人だけで、幅広剣とバックラー、小剣、小剣と短剣、曲刀の組み合わせである。
そのため、素直にこちらの隊形の正面に立ってくれるわけもなく、左右に回り込もうとしてくる。全員が銅級冒険者ということであり、それだけの実力もあるはずで油断できない。
「ルナ、お願い」
ミミからの言葉もあったが、確かに威力よりも速度を重視した方が良いと考え、魔導書も仕舞ったままで魔法陣を出すことなく攻撃魔法を放つ。
左右にまわろうとした2人それぞれには、速度重視で無属性の初級魔術≪矢≫である。これは“矢”とは言うものの、通常は魔力をそのまま人差し指のような形状で飛ばすものであるが、前世知識があるルナリーナはライフル銃での弾頭をイメージして先を尖らせて回転させることで威力を向上させたものになる。
属性変換もなく、魔力そのものを飛ばすので他の攻撃魔法に比べて発動が速いのが特徴である。
イメージを大事にするルナリーナは、魔法発動体の指輪のある右手中指と一緒に人差し指の2本を突き出し、親指を立てて他の指2本は握る形で狙いをつける。前世での鉄砲イメージの手の形状でならば、普通は中指も握るものだったが、指輪もあるのと一番長い指も突き出すというこだわりである。
まわり込もうと走っている相手なので狙いの付けやすい胴体を狙い、それぞれ1発ずつ的中させる。さらに正面の2人には杖を突き出してそれぞれに≪火炎≫を発動する。
いずれも詠唱も魔法陣もない発動、そしてそれらの威力に対して、対峙した4人だけでなく、周りを取り囲んでいる観客からも驚きの声が漏れる。
「流石!」
ミミはすでに拾っていた石を正面の2人に投げるとともに、腹部に攻撃を受けて動きが鈍くなった左右の2人にナイフを投擲する。
アルフォンスとボリスも≪火炎≫の勢いがおさまりかけた正面の2人それぞれに、盾を前にして体当たりしてよろめかせ、その隙に胴体もしくは太ももに対してブロードソードもしくはロングソードを切り付ける。
「まだやる?」
ミミがこのタイミングと思って声をかける。
立ちあがろうとする男達ではあるが、それを制するようにクシミーユが出てきて終わりを宣言する。
「これ以上やって死人が出れば互いにアホらしいだろう?」
「ぐっ」
「いやぁ、良いものを見られました。これは詫び料ということで。どうです?そちらの魔法使いのお嬢さん、うちに移籍したら毎月金貨をお支払いしますよ?」
「いえ、今の仲間達が大事ですので」
「そうですか。ではその3人もご一緒でも」
「あいにく、色々と予定がありますので」
最後はミミが断ってくれる。渡された布袋には銀貨が10枚入っていた。
「そうですか。残念ですが。ところで傷回復ポーションが余っている方はいませんか?ワイヤックの街に着くまでこのままというのは可哀想なもので」
「では、私が」
アンドルフが名乗り出たので、回復魔法を披露することも、自身のポーション在庫を減らすこともなく済んだとホッとするルナリーナ。このまま死なれても寝覚めが悪いので、最悪は回復魔法を使うつもりであったからである。
戦闘した4人がそれぞれ自分達の野営場所に離れて行く。
戻ってきたルナリーナ達に対する周りの態度がよそよそしい。
「ルナちゃん、強かったのね。他のみんなも」
「いえ、まだまだ鉄級ですよ」
「あ、まぁそうだったわね」
イアサントが話しかけてくれるが微妙である。
“疾風の刃”の5人は何かを互いに目で合図している感じでもある。
「まぁ、お疲れ様。さあ、まだ夜明けまで時間はある。ボリスとミミが見張り当番だったが、ここは俺とマルスタンが担当しよう。戦ったお前達4人は寝ておけ」
クシミーユの言葉に素直に従って眠ろうとするが、興奮してなかなか寝付けない。
寝られたと思えば、すぐに起きる時間になってしまった。
「あいつら、朝飯もろくに食わずに行ってしまったな」
「まぁ気まずかったんだろう」
昨夜の言葉の通り港町ワイヤックに向かって行ったのだと思われる。同じ方向に進むのではなくて良かったと思う。
「俺達はしっかり食べてから出発だ」
クシミーユが音頭をとり、昨夜の残りがベースであるが朝食作りをマルスタンとゴーチアス、そしてボリスが担当する。残りの者は馬に水を与えたり出発準備を始めたりしている。
「今日は森に入るから、気をつけるんだぞ。基本的にいるのはDランク魔物の魔狼だ。こちらが馬車4台だから簡単には襲ってこないが、休憩時などには注意が必要だ。たまに群れの数が多い時には走行中でも襲ってくるから油断はするなよ」
「リーダー、こいつらにそんな注意は要らないですよ、あれだけの実力があれば」
「そうだな」
からかわれているのか分からないが、一応は戦力として認めてくれるようになったのかもしれない。
実際に森に入ったあたりで、遠くに狼がこちらをのぞいているのを見かける。
「討伐依頼を受けているわけではないから、襲ってこない限りは放置しておけ」
「わかりました」
石を投げるべきか身構えていたミミに対して、マルスタンがアドバイスをする。
そのまま進み、森の中で少し広い場所に出たところで小休憩を取る。ここまでは狼もこちらを見るだけであった。
「ここでは狼に気をつけるんだぞ」
「はい」
馬達に水を与えながら周りに注意を払う仲間達。
「来たぞ!」
アルフォンスが見ていた方向で狼の動きがあったようである。
「駄目だ!偏るな!」
狼は集団行動を取るため、発見した方向だけでなく別方向への警戒も必要であるらしい。
その言葉の通り、違う方向からも馬を狙って襲ってくる魔狼。
「ルナ!」
「分かっているわ」
森なので延焼が怖いため火魔法は控える。既に“疾風の刃”を含めたこの隊商の人たちには見られている無属性の初級魔術≪矢≫を乱発する。1発のみで仕留めるには眉間にでも当たらないと難しいが、飛び掛かって来た勢いをそぐことはできている。
遠距離でルナリーナがダメージを与えた後は、仲間達だけでなく“疾風の刃”の5人も近接武器で止めを刺す。
倒した魔狼については、隊商のアンドルフが買取を申し出る。護衛中に倒した魔物などは冒険者側に権利があるとのこと。
共同で倒したものが多いのである程度は均等分配することになったが、思わぬボーナスのようで喜ばしい。
以降、村に泊まったり休憩所で野営したりしたが、特に問題も発生しなかった。
脅されていた、森や山に入れば、という言葉も緊張感を持たせるための先輩の言葉であったのかもしれない。
「あれがジュリヨンの街だ」
森の中にある街であり、ワイヤックの街より高い城壁で囲まれていた。魔物の襲撃を恐れているのであろうか。
城門を入ったところで解散を告げられる。
「お疲れ様でした。こちら買い取った魔物素材の清算金です。依頼完了のサインはこちらで」
アンドルフからサインされた羊皮紙を受け取るミミ。
「ご苦労だったな」
「これからも冒険、頑張れよ!」
“疾風の刃”の面々からも別れの言葉を貰い、冒険者ギルドに向かう。
“疾風の刃”は専属みたいなもので、いちいち冒険者ギルドを経由した護衛依頼にしていないとのこと。
「依頼完了、確認しました。こちらが報酬になります」
「ありがとうございます」
初めての護衛依頼を達成できた安堵感でホッとする仲間達。
「ところで、皆さん、特に何も問題ありませんでしたか?」
意味深な質問をしてくるギルド職員。
「え?特には。護衛業務が初めてということを伝えると色々と教えてくれましたよ。まぁ途中で入れ違いになった他の隊商と揉め事がありましたが」
揉め事の件を深掘りされたが、冒険者同士で水掛論になったときには腕力で解決というか決闘のようなことをすることは多々あるとのこと。力がある方が正義になってしまうので好ましくはないが、陰でコソコソされるより良いとギルドも黙認しているらしい。
「そうですか。あのアンドルフさんと“疾風の刃”の組み合わせ、良い評判と悪い評判がありまして」
「じゃあ、私達は良い方だったのですね。悪い方は聞かないことにします」
次の街、ラガレゾーへの護衛依頼を探してから、宿を紹介して貰うミミ達。
一方、“希望の灯火”と別れたアンドルフ達。
「もったいなかったですね。特に魔法使いは高く売り捌けると思ったのですが」
「ですが。あのアホ達への対処をご覧になったように、我々では返り討ちにあってしまいますよ」
「確かに実力を確認するのにちょうど良いアホ達でしたね」
「これだから、護衛依頼が初めてと言っても判断が難しいんだよな。本当の素人もいれば、それなりに実力がある奴も……」
「新人が行方不明になる悪評ばかりになっても困るからって、親切な先輩冒険者の振りも辛いよな」
「おや、皆さん、それなりに先輩冒険者も楽しそうでしたよ」
「あれだけ素直な相手ならばね」
そんな会話を知らない“希望の灯火”の4人は、初めて訪れたジュリヨンの街の散策を楽しんでいる。




