第96話 エリザベートの告白
宰相やアルバート内務大臣、それに私の四人いる妻たちなどが選別した『精霊王への謁見を許された王候補者』は、総勢で七名になりました。
まずはエリザベート。
彼女は大公国王とその娘にしてエリザベートにとっての義姉であるルクレツィア、ルクレツィアと私の娘であるスノウホワイトからの推薦もあったようで、謁見予定を組み込まれました。
候補者の中では最年長ということもあってもっとも最初に来ることになり、そのせいで私はその後の謁見をとても重い気持ちで過ごす羽目になってしまったのです。
彼女が目に鮮やかな真紅のドレスをまとって私の前にひざまずいたあと、面を上げさせてみれば、燃えるような赤い瞳が、私になみなみならぬ熱を向けているのに気付きました。
もうエリザベートはすっかり大人ですから、昔のように『娘のようだ』などと言える歳でもないのですけれど、それでも私にとってはやはり『かわいいスノウホワイトの姉のようなもの』という印象があり、私は彼女の目線に応じてやりたくなったのです。
つまり、彼女は、私と二人きりでの話し合いを望んでいるようなのでした。
場所は謁見の間ですから、私がいる玉座には周囲に宰相以下精霊王国首脳、それから砂の精霊国執政官のアスィーラ、あとは海の領域においてその版図を広げている『わつるふ様』信仰の代表者としてミズハさえもおりました。
もちろん警備のための兵も詰めており、この状況で腹を割った話し合いをしようというのは、難しいように思われます。
私は平時から人と一対一で話すのを苦手としておりましたが、相手が幼いころから知っているエリザベートだというのもあり、その瞳がやけに二人きりでの話を求めているのを勘違いではないと確信できるほどに感じ取りましたから、応えてやることにしたのです。
しかし、人払いを命じると、これに難色を示したのは、エリザベートのおじにあたるはずのアルバートなのでした。
「精霊王、よくお考えください。これに特例を許しては、ほかの候補者も同じようにせねばなりません。我らが選別し、厳重に武装を解除してはおりますけれど、万が一精霊王を害する目的を持った者が潜んでいた場合、御身が危険にさらされます」
この謁見には昼神教の『神童』アルフォンスもふくめ、魔術塔の者や、他にも私と敵対的な勢力に属する者がいくらかおりました。
アルバートはそのことを言っているのだというのは、さすがの私でも理解が及ぶところだったのですが、それでも私は、エリザベートの願望を叶えてやることを優先したかったのです。
それは、なにもエリザベートかわいさだけが理由ではありません。
ここまで生きてきてようやく気付けたことなのですが、私は人から『機会』を奪うことに、たいへんな罪悪感を覚える性分のようなのでした。
もちろん大小さまざまな機会を奪ってきた自覚はあります。私が意識している中でも思い当たることがたくさんありますし、意識しないところなど、それこそ無数に、そういった事例があるのでしょう。
戦争もありました。
滅びた国もありました。
組織なども大小、私の台頭によってなくなったのでしょう。
そういった時に、傷ついた人、倒れた人、なくなった組織、国を思うと、私は『ああ、私がもしも私の行動を決められるほどの強さを持っていたら、彼らにはまた違った、幸福な未来があったのだろうな』と痛みを覚えるほどの感覚があるのです。
それはきっと、奪われた可能性に対する罪悪感なのです。
私自身が『私があの時別な道を歩んでいれば、現在は今よりもましだったのかもしれない』と思うことがよくあるからこそ、人の『あの時歩めた別な道』を奪うことに対して、はなはだしい感慨があるのかもしれません。
だからこそ、私は、私がなにかを決められる場で、誰かの機会を奪いたくはなかったのです。
求められる限りは、応じたいのです。身分や関係性にかかわらず、可能な限り平等に、誰にでも機会を与えたい……いえ、誰かの機会を奪う罪悪感を覚えないように、私は『奪う責任』から逃れたいのです。
だからこそ、エリザベートと二人きりで対面することを、私は反対を押し切って『断行』しました。
アルバートや宰相、妻たちも、私がここまで強く自分を通そうとするのにおどろいた様子でしたが、最終的にはいつものように『精霊王がそうおっしゃるなら』と、私の決断を尊重してくれました。
二人きりになった謁見の間で、エリザベートは艶やかに微笑み、一言、私に礼を述べました。
その礼を述べる所作の艶やかなことには、鮮烈なおどろきを覚えました。
昔から艶やかで強く美しい少女ではありましたけれど、すでに大人になった彼女は、ますますその鮮烈な美しさを増しているのです。
私は精霊国でもっとも美しい者を選べと言われたなら、四人の妻を除けば、きっとエリザベートを推すでしょう。
彼女は二人きりになったあと、私にこう述べました。
「精霊王にお願いがございます。わたくしがあなたの玉座を継ぐことになったあかつきには、わたくしを妃の一人に加えていただきたいのです」
言葉を失ったのをよく覚えています。
彼女はもう立派な大人ですから、まさか幼い少女が父親に結婚をせがむような、そういう意図ではないのでしょう。
だからこそわからない。私と彼女とは比喩ではなく親子ほどの年齢差があり……いえ、私は、彼女を娘のように思っていたのです。
しかし、この場で言われる話を冗談とも思えない……困惑し、戸惑い、エリザベートにもまた、おそろしい『その人なりの前提』みたいなものがあって、それが私を意外な角度から突き刺そうとするのかと、おそれました。
「母のしたことは、義父より教えられております。国を傾けた毒婦としての許されざる所業……精霊王の祖国の滅びた遠因は、間違いなく、わたくしの母にあるのです。ですから、わたくしは、あなたの威をもって王となりたくはない。王となって、あなたの愛を向けられたいのです。親子としてではなく、夫婦としての愛を」
なぜ、そうなるのか。
人生で最大の混乱と言ってしまっても、過言ではありませんでした。
「あなたより美しい人は、この世界におりません。そして、あなたより弱々しい人も、この世界にはいないのでしょう。偉大なる精霊王。わたくしだけが、あなたの本当の姿を理解し、あなたの心底の悩みに光をもたらすことができるのだと、わたくしは自負しております。……どうか、ご一考ください」
ああ、エリザベートもまた、『他人』になってしまった。
私がこの心地を味わうのは、きっとスノウホワイトなり子シンシアなりが誰かの嫁に行った時であろうと思っていたのです。ところが私にこの気持ちをもたらしたのはエリザベートであり、しかも、まったく想像も及ばぬ角度から突き刺して……
どうして私に結婚を申し込む女性は、すべてが『自分が一番あなたのことを理解している』と述べるのでしょう?
私はもう、そう言われてしまうと、ひいてしまうのです。その発言が出た時点で、『ああ、きっとこの人も、私の弱さについて、本当の理解はしていないのだな』と思ってしまうほどなのです。
私とて理解していない私のこの性分、弱さ、醜さは、たしかに人に突かれて『それは違う』と言えるほどのものではないのです。
けれど、『弱さを理解できます』と言われると、理解できると言われた時点でそれは理解できていないことだというような心地が、どうしたってわいてきてしまうのでした。
なにがなんだかわからず、混乱しているうちにエリザベートとの謁見は終わりました。
私の反応を見て彼女はなぜか満足そうに微笑んでおりましたけれど、私にはもう、なにがなんだか……
「精霊王、次の者が入ります」
この心情であと六人の候補者と対面しなければならない。
私の気持ちは重苦しく沈んでいきました。いつもの『やってみての後悔』は早くも、私を押し潰しかけていたのです。




