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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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side短篇 ある滅びた国にて

この話は「クズとヤンデレの建国記(仮)の滅びた国(精霊王の故郷)であったあれこれの話です。

時系列的には主人公が生まれるはるか前〜祖国王崩御(バーバリアンとなった精霊国民が公爵を救援したあたり)までのものとなります。

 王はなかなか子供ができずにいて、三十になってもまだ王子の一人もいなかった。


 そこに生まれたのがアルバートという王子であり、国王はこれをたいそうかわいがり、将来の王位を約束し、期待をかけ、育てた。


 そしてアルバートには幸運なことに期待に応えられるだけの才覚があった。学んだことはすぐに吸収し、貴族たちからの覚えもめでたく、軍事訓練においては集団戦では指揮官として、個人戦では剣士として無双を誇った。


 戦争のない時代だ。しかし軍人は強い王に惹かれる。

 アルバートの才覚をもっとも評価したのは武人たちであり、まだ子供とさえ言える年齢のころから、軍人の家系たる貴族はアルバートを高く評価し、これに生涯尽くそうという態度を見せた。


 ……それは『第一王子』に対して当たり前の態度だった。


 この当時の王位継承権保持者筆頭はアルバートであり、それは第二位以下とかなりの差をつけていた。

 優秀で知られる公爵がアルバートを立てたのも大きかっただろう。公爵は遠縁のアルバートを弟のようにかわいがった。

 アルバートが生まれるまでは王位継承権第一位とされていた公爵が堂々とアルバートの傘下についたことで、継承者はほぼ確定したと言える。

 それゆえに、この第一王子を『未来の王』と見ておもねることは、誰とも角が立たないことのはずだった。


 ……誰も想定していなかったのだ。


 若くして人に慕われ、有能で、美しい王子、アルバート。

 このきらめく『次期国王』に嫉妬を覚える者などいようはずがない。覚えたところで未来の王を前に明に暗に嫉妬を抱いているかのような態度をとるなど、見せられるはずがない。

 であれば表面上はこのまますんなりアルバートに王位が継承されるはず━━誰もがそう思っていた。


 しかし、意外なところにアルバートの輝かしき道のりを阻もうとする者がいたのだ。


 国王ブラッドフォード。


 ……アルバートの誕生を誰より喜び、生まれたとたんに王位を譲る旨まで語ってみせたこの王。

 それが自分より三十歳も歳下の、自分の治めてきた国をより富ませるであろう息子に嫉妬しているなど、誰にもわかるはずがなかった。


 たった一つの例外を除いては。



『例外』たる美しき姫は、アルバートの歳の離れた弟に嫁入りした者だった。

 このアルバートの弟たる第二王子だが、成人後まもなく死亡した。あとに残されたのは燃えるような赤毛を持つ美しき妻と、その妻が産み落としたかわいらしい女の子だけであった。


 昨今の王国は北に『精霊国』などというわけのわからないものができたばかりの時勢であり、精霊王という若輩者に手を焼かされているところであった。


 すでに齢六十を超えてなお玉座にしがみつくブラッドフォード王は臣下から『なぜ、アルバート王子に王位をゆずらないのか』と有言無言にせっつかれており、いろいろと理由をつけてみるものの、ブラッドフォード王自身、譲位をしない理由についてわかっていない有様だった。


 なるほど息子もすでに三十歳を超えている。

 歳の離れたアルバートの弟……第二王子にも機会を与えるため━━などと説明してはいたが、その第二王子も亡くなり、公爵は王位継承には野望を見せず、もはやアルバートを王としない理由など一つたりともなかった。


 それでも、王位につけたくないのだ。

 だが、自分もいつ死ぬかわからぬ身。いつまでもこんな、理由のないわがままを言っている場合でないことはわかっている……


 ……そんな時だ。

 第二王子の妻であった、赤毛の美姫が、王の無聊をなぐさめるために部屋を訪れたいと申し出てきた。


「陛下の心を重くしているものを、少しでも取り除けたらと思いまして……」


 伏し目がちに語る女の美しさにほだされたのかもしれない。

 王はこの女を部屋に招き……


 気づけば、とっくに役立たずになっていたと思しきブラッドフォードの『男』は、この美姫を貫いていた。


 死した息子の妻になんということをしてしまったのか。ブラッドフォードは激しく後悔した。

 それは私人としての後悔であった。だが、それ以上に公人としての後悔も強い。『死した息子の未亡人に手を出した』などと世間に広まっては、国家の威信が揺らぐ。

 ただでさえ北にあった国が『精霊王』なる者に簒奪されたことで我が国が動揺している。そこにこの醜聞。いったいどれほどの被害が出ることか……!


「いいのです、陛下。陛下の悩みは、殿上人のもの。下々にはわかりませぬ。……それに、陛下はただ一人、国を支えるために力を尽くしていらっしゃいました。わたくしの体があなたの心を癒すのならば、これより嬉しいことはございません」


 美姫の言葉はするすると耳に入り込み、頭に染み渡るようだった。


 ブラッドフォードはそれでも王としての使命感、なにより父として故人である息子の妻に手を出したことについての罪の意識を持っていた。

 しかし美姫はたおやかに微笑むと、ブラッドフォードの頭を抱きしめ、それから甘い声で慰め続けた。


 気付けばブラッドフォードは、心の底にあった、己でも言語化できなかった悩みを吐き出していた。


「余は、息子を……アルバートを憎んでいるのだ。誰にでも愛され、なんでもでき、多くの者を味方につける……あの美しい息子に嫉妬し、憎んでいるのだ」


 初めて、アルバートに王位を譲らなかった理由を自覚できた。


 嫉妬なのだった。それから、恐怖なのだった。

 あの有能でいつでも微笑みを浮かべ、将軍たちの覚えめでたき、息子。彼が王位を継いでしまえばきっと、比較されるだろう。

『ブラッドフォード王よりいい政治をするのだ』と、なにも知らぬ民どもはもてはやすに違いないのだ!


 祖国がもっとも寒かった時期に国民に食料を行き渡らせたのは自分だ!

 戦争もない中でも練兵を奨励し、国民どもから『無駄飯ぐらい』などと言われる軍を維持し、国威をたもったのは自分だ!

 晩年になって北方で急に現れた『精霊王』などというもののために、昼夜神殿との難しい交渉をしているのも、自分だ!


 影に日向に目立たない苦労をしてこの国を支えてきた。だというのに、自分が支えた国で玉座についたアルバートは、それら功績をすべて持っていってしまうのだ。

 そうだ、あの男は昔からそういうところがあった。誰にでも愛され、なんでも自分の手柄にして、それをなんとも思っていないような、そういう傲慢さが……


 許せない。


 ブラッドフォード王は息子への嫉妬、憎悪を自覚した。


 美姫は王を抱きしめながら、豊かな胸にその顔をうずめさせ、薄くなった頭髪を撫でる。

 そうして甘い声でささやくのだ。


「であれば、陛下の威光を忘れぬ者を次の王に立てるのです。立派なあなたを覚えておく者。あなたなしでは決して評価されぬ者……」

「そのような者など……」

「いるではありませんか。まだ、何もできぬ王位継承権保持者。あなたを無垢に愛し、あなたに頼り、あなたを崇める者……我が娘ですよ、陛下」


 さすがにブラッドフォードはここで陰謀の気配を察した。

 この美姫は最初からそれが目的でこうしているのだ。食事になにか仕込まれた可能性、寝室の香になにかを仕込まれた可能性……きっと、そういうことがあったのだろうと、『有能な王』としてのブラッドフォードは推測した。


 しかし、それらを無視して、溺れることにした。


 自分は今まで有能であり、努力を怠らず、なにもわからぬ民どものために力を尽くし続けてきた。

 王とは公人である。いや、国家にとってなくてはならない部品の一つである。その身をすり減らして国という巨大なものを動かすためになくてはならない、大きな大きなものだ。


 とっくにすり減って、交換を待つだけの部品。

 交換された部品がかえりみられることはないだろう。民どもは今まで国という巨大な工業器械の世話になっておきながら、自分をきっと踏みつけにし、かえりみることもなく、アルバートを崇め奉るに決まっている……!


「わかった。エリザベートを第二王子とし、王位継承権保持者としよう」


 後戻りできない発言をしてしまったと理解した。

 そして、国のために働き続けてきたブラッドフォード王にとって、国を乱し、私利私欲のためでしかないその発言は━━とても、気持ちがいいものだった。

 禁断の背徳に耽溺する。


 理性的な王はこうして死した。


 傾国の美姫はたおやかに微笑む。


「では、時期国王を悩ます者を取り除いてしまいましょう。『精霊王』……そして公爵。これら将来の統治に邪魔となる障害を取り除くのです」

「うむ、うむ。すべてはかわいいエリザベートと……我が精神の伴侶たる、お前のために……」


 ブラッドフォード王の目にはすでに正気がなかった。

 ……彼は望んで、狂気に堕ちたのだ。


 これは名も残らぬ王と、その王が治めた、やはり名も残らぬ国の滅びが決まった瞬間の出来事。

 賢王と称えられる能力を持ちながら、どこまでも王に向かない精神性を無理やりに押し込めて生きてきた老人が、最後に徒花を咲かせようとした、それだけの話。

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