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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第95話 願い

「精霊王自らがシュジャー様を応援なさってはいかがかと……」


 宰相が私のところまで『神童』についての報告をあげてきた時、彼のなんとも苦々しい眉間のシワが印象的だったことをよく覚えています。


 当然ながら私が察知できるほどに目立つようになった『動き』というのは、この有能な宰相にかかればもうずっと前から明らかなわけですから、私のもとまで報告をのぼらせなければならない状況となった時点で、かなり事態は切迫しているのでした。


 この時は宰相の説明もあって、私は『神童』アルフォンスが『精霊王国を乗っとるための昼神教からの刺客であること』『もし本当に投票で次期国王を決めるとなれば、昼神教信者が一丸となって彼に票を集めること』などを理解していました。


 いわゆる『地盤』と呼ばれるようになる概念であり、『組織票』という名前をつけられることになるものなのでした。


 そういう卑怯な振る舞いを私が想定していなかったのは、もちろん私の人生にずっと消えないあざのごとく染み付いた『愚かさ』のせいですが、同時にこれもやはり、私の弱い精神、未来をおそれて想定を密にしないことなども、大きな原因と言えました。


 というのも、この時点で『投票による次期精霊国王の決定』は、まだ確定ではなかったのです。

 世間ではすっかりそういう風潮であり、各国の貴族から平民にいたるまで、もはやそういう前提で動いておりますけれど、私がこれを公式に発表したことは一度たりとてなく、であるから、いざとなれば撤回もできると、そのように考えていたのでした。

 それはもちろん事態が予想だにしないことになりつつあり、その責任の重さから逃避したい一心の思い込みで、実質的にはもう、この当時でさえ撤回などできないほど進んでいた話ではあるのです。


 しかし、私は、なにも言っていません。


 大公国王にちょっと漏らしたというのが私が発言した『投票による次期王決定』にまつわるすべてであり、それ以降は断じて誰にも、なにも言っていないのです。

 しかし世間では広まり、まるで確定事項のように扱われている……


 私は大公国王に対してうらみがましい気持ちを向けるのを抑えきれませんでした。


 もちろん貴族特有の『噂話』『根回し』などのために、私の次期王選出の方法というのはかなり価値のある情報なのは、さすがにわかります。

 しかし確定もしていないことをさも確定したかのように話さないでほしかった。……いえ、そのような雰囲気を作って撤回を許さないことこそが、大公国王の政治的な活動だったのだろうかと、これを(したた)めている今では、思うのです。


 さて、私は昼神教と、少し前までの魔術塔を嫌っております(現在でも、いわゆる過激派の連中のことは、私にしては珍しいほど、憎悪とさえ呼べる激しい怒りを抱いていますけれど、多くの魔術塔信仰者に対して、そこまで強い感情を抱いてはおりません。私は強い感情を抱き続けることができないのです)。


 その昼神教の刺客たるアルフォンス少年が『次期精霊国王』に名乗りをあげようと活動しているのは、たしかにはらわたが煮え繰り返るような思いに一瞬支配されかけるものではありました。


 けれど、私はすんでのところで冷静になることができたのです。


 その怒りを向けられるべきは、本当にアルフォンス少年なのか?


 少年に自分の人生を決める力など、あるのでしょうか? 世間の人はきっと、私よりもしっかりした考えをもって生きており、ふらふらせず、目的のためにきちんと計算して、努力し、苦杯を舐め、そうして人生設計というものをした通りに歩もうと苦労するものとは思います。


 けれど、私のように、その場の思いつき、ままならない状況に流され、責任ばかりが重苦しく、その重圧から逃れようとし続けていたら、いつの間にかとんでもない場所にいるという者だって、皆無ではないはずと、私は考えてしまうのです。


 果たしてアルフォンス少年は、自らの意思で昼神教のために精霊王国の簒奪を狙っているのか。それとも流されてしまった被害者なのか……


 私はここを確かめないまま、彼を追い落とす気にはなれないのです。


 もともと、身分を問わず、経歴を問わず、年齢さえも問わず、ふさわしい者がいたら誰かその者に王という重責を背負ってほしいという思いが私の中にはありました。


 シュジャーが望んでその重責を背負うというのならば、親として応援したい気持ちは確かにありつつも、一度開いた(しつこく記しますが、私は開いたという決定をした覚えはありませんけれど)『王』への門戸を、私の思い込みで閉ざすのはいかがなものかと、そう思ったのです。


 であるから、私は困り果ててシュジャーを推すように言ってきた宰相に、このような提案をしました。


「シュジャーと、エリザベート、それにアルフォンスという者と、話してみたい。王を望もうという彼らのひととなりを知りたいのだ」


 この当時にはもういかめしいヒゲまで生やし、苦労を顔中にシワというかたちで刻み込んでいた宰相は、ほとんど岩石のような顔をしておりましたけれど、その岩石が久々に、若き日のごとくゆがんだのを見て、私はなぜだか楽しい気持ちがふっとわいてしまったのを覚えています。


 宰相はしばらくなにかを考えていたようですが、私の願いに対し、このような返答をしました。


「で、あれば、その三名だけではなく、我らが『これは』と思う、王を望むものすべてを招きましょう。身分、思想は問いませぬ。すべて、精霊王の瞳によって見定めていただきたい」


 ここでちょっと面倒だなという思いが鎌首をもたげてきましたけれど、これは宰相なりの意趣返しなのかなと思ったので、拒絶するのもあとがおそろしく、うめくような声ながらも、承諾をしました。


 ……いよいよ『現在』に過去が追いつきかけています。


 この手記はすべてを(したた)め終えたあとに、すっかり燃やして灰にしてしまうつもりでいるのです。


 インクも紙ももちろん無料ではなく、そもそも、私の時間というものもまた、多くの『王の候補』やそのほかの人たちにしつこく求められていることから、こんなところで自己満足の手記を認めているのが、金銭を凍川に投げ込むような行為だというのは、わかっています。

 その時間を割いて書き上げた手記を捨て去るというのは、いったいいかほど罪深いことなのでしょうか。


 もはや私の罪は数え切れません。


 ですが、私を裁く者は現れません。


 願わくば私の周囲で起こる数々の異常事態が、後世において正常な目を向けられ、冷徹に分析され、私の成したことが『天上から舞い降りた精霊王の偉業』ではなく、ただ一人の人間が、戸惑い、まどい、おそれ、胃を痛め、胸をふさがれるような思いの中で成したことであると理解される日が来ることを望みます。

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