第94話 次期精霊王候補
もともと私とアスィーラの結婚後にあった『大移動』で、精霊王に強く反発する者は東方へと向かってしまいました。
暮らしという人生と不可分のものがあり、それは土地やコミュニティにも根付いているものですから、『昼神教は呼びかけて、それに応えたい気持ちもあるけれど、生活があるからどうにもならない』という人が土地に残っているようなこともありましたが、そういった人もアルバートが旗頭にされた『東西の乱』において、だいぶ態度を軟化させました。
人はやはり、争いを嫌うのです。この世の中に、戦争を本当の本当に心の底から望む人というのは、いないのでしょう。いえ、いるとしても、それは精霊なんかよりもよっぽど、人とはみなされず、多くの人にとって『異物』であるように扱われるのではないでしょうか?
この当時から、私はだんだんと『人はみな、平和を望んでいるのだろう』ということを、ぼんやりと信じるようになっていきました。
それは気候変動線沿いに建てた学校がいよいよ稼働し始め、我が子たちもそこに通い、私が理事長ということで(もちろん名ばかりの役職であり、私がここの経営方針にたずさわることはありませんでした)簡単な訓示などを生徒に行う時など、なんとなくそう感じるのです。
若者たちは『東西の乱』を知ってはいますけれど、私の祖国が滅びた詳しいところなどはもはや記録に残っているものしか知らない世代ですから、『先制攻撃を仕掛けて、その反攻によって滅びた国があった』という解釈をしているようでした。
このあたりがうまく教科書にまとめられ、『宣戦布告は悪だ』といったような、平和的な、しかし私の世代からすれば少々潔癖に感じるような『正義感』みたいなものが育まれているようなのでした。
私などは争いというのは見るのも聞くのも大嫌いという人なのですけれど、それはあくまでも『個性』であり、人に強要するようなものではないと考えております。
しかしこの当時、十五歳になった我が息子シュジャーと同世代あたりの若者たちなどは、もう、『争いは愚かなことだ』『それをするのも愚かなやつだ』『愚か者は滅びたかの国のごとく滅ぼされても仕方ない』などと、争いを嫌うあまり攻撃的とでもいうのか、そういった思想が目立つようになってきました。
私の頭を悩ませたのはそういった思想を広める若者の中心にシュジャーがいることなのでした。
アスィーラとの子である彼は、この歳になると同性の親である私さえも見惚れるほど美しく、精悍な美貌を称えるようになっていました。
また、武力鍛錬、魔術鍛錬も欠かさず、導器の扱いなどにも精通し、政治、軍事、社交、どれをとっても欠けたるところがないという、ほとんど寓話に出てくる『おうさま』のような、非現実的なほどの存在になっていたのです。
そういった評価は親のひいき目だけではないようで、実際に彼の周囲に集まる若者たちも、男女問わずシュジャーに敬服する様子を見せ、その模様ははたから見れば『信仰』とさえ呼べるような、それほどのものでした。
これに私は大変強い危機感を覚えたのです。
もはや精霊王を継がせる者を投票で決めることはこの当時すでに民のあいだでも噂されており、いよいよ撤回ままならぬ状態でした。
我が子はもっとも歳上のスノウホワイト、そして次にシュジャー、いよいよ若いころのシンシアの生き写しとなった子シンシアと三人がおります。
ここにスノウホワイトの姉のような存在であるエリザベートもおり、海の領域では実質的に精霊国のような勢力圏を持つミズハらマーメイドの一族もおりますから、いよいよこの三つの領域にまたがる精霊国のトップを決める投票というのは、激化の気配がありました。
この当時は投票で次期国王を決めることはまだ正式に発表しておらず、私も人前では一度たりともそのことに触れていなかったのですが、どうにもほとんど『そういう話』として、どこでも当たり前のように認識されていたのです。
その中で、シュジャーは頭ひとつ抜けて人気でした。
私が建てた学校には世界全土から将来の国家を担うエリートが集う状態にあったのです。
そのエリートの子息たちが学校でシュジャーと出会い、その強さに触れ、感化され、国にシュジャーのことについて熱心に報告します。
すると各国にいる親たちも『そうか、シュジャーという若者が、次の精霊王となりそうなのか』というように考えますので、国においてもそのように扱い、結果として、学校でカリスマ性を発揮するだけで、シュジャーはいよいよ次期精霊王当選確実とみなされていったのです。
他にも精霊王への野心を見せているのはエリザベートなどがおりましたが、エリザベートはシュジャーと入れ違うように学校教育を終えてしまっておりますから、彼女の影響力は雪の領域に留まるばかりでした。
また、エリザベートは現在、大公国王の娘と数えられてはいるものの、雪の領域には彼女の血筋、彼女が大公国王に引き取られた経緯などを知っている者もおりますので、表立って精霊王に推せないと、そういった事情もあるようでした。
私としては、そういう生まれや血筋、身分など関係なしに、誰かふさわしい者があればこの座をすぐにゆずりたい気持ちでいます。
しかし、社会というのは、そううまくいかないのでした。
私の建てた学校も無限の面積と無数の教師がいるわけではありませんから、入学する者は限られます。
これを受験という形式で『足切り』をしたわけですが、きちんとした教育を受けられる貴族と、魔術塔の神殿で学んだ程度の平民とではやはり差が出ますし、そもそも、『勉強のためだけに時間を使う』ということが、平民の子に許されない情勢もありました。
だいたいにして、平民の子は家業を継ぐのを期待されており、その家業を継がせたい親はそもそも『遠く離れた場所にある学校で学ぶこと』を『将来の役に立たない』と思っている傾向があるようなのです。
よって平民の子の中では入学のための努力をできる環境を持っている者がそもそもおらず、結果として、学業成績以外を問わないはずの私の学校は、今まであった貴族学校と似たような者が集う場所になってしまったのでした。
そういったわけでシュジャーの次期精霊王はほとんど内定と言ってしまってもいいほどだったのですけれど、ここで、私にとっては意外なところから、新しい候補が立てられます。
それは『神童』の名を冠する少年なのでした。
シュジャーより三つ歳下の、十二歳になったばかりの新入生。
精霊国がまだない世界の南西部『森の領域』から現れたその人物は、これまで伏せて大きな行動を起こしていなかった昼神教からの刺客で……
こうして記すのもおそろしいことなのですが、昼神教は、その少年を使って、正式に精霊王国を乗っ取ろうと仕掛けてきたのです。
戦争によらない国家の乗っ取り……すなわち、投票によって精霊国王になることによる支配という、新しいかたちの戦いが、私の知らぬ間に幕を上げていたのでした。




