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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第91話 魔術塔からの手紙

 視察の結果としてエリザベートの領内に『反精霊思想』がないことはわかりましたけれど、エリザベートの考えはそれより過激だったことがつまびらかとなったのでした。


 とはいえ、この当時にエリザベートの考えを聞いて私が思ったことといえば、『なんだか、すごいことを考えるなあ』というぼんやりしたものと、『それは大丈夫なのだろうか』という、たいていのものに対して私が常に抱いている、いつもの不安とでもいうべきものだったのです。


 私は不安を抱いている状態が常なものですから、『まあ、きっと、私以外の人にとっては心配する必要もないことなのかもしれないな』と思うようにすることが習慣づいています。


 なので『脱魔術思想』についても、ルクレツィアも付き合っているようだし、まあ大丈夫だろうと、その当時は結論したのでした。


 実際、ルクレツィアはエリザベートに言われるまま魔術を使わず過ごし、今までにないすっきりした顔をしていました。


「最初は不便だと思ったのだが、たしかに生活に使える導器(どうき)もずいぶん増えたし、まあ、もちろん今まで通りの生活とはいかないけれど、これはこれで、なんだか、心身がすっきりするような気がして、よいものだと思っているのだ」


 ただ一つ困りごとがあるとすればそれは、スノウホワイトが魔術教育を面倒がることなのでした。


 導器があれば魔術がなくとも戦いもできるし、生活もできる。導器というのはこれから先どんどん発達していくのだから、魔術のお勉強なんかしなくってもいいじゃないかと、そういうことを言うらしいのです。


 私は思わず笑ってしまいました。


 その話を目の前でされた時のスノウホワイトは、なんというか、かつて私が両親にうるさく勉強を申し付けられた時そのもののに思えて、『この子は本心から自分の主張を信じているわけではなくって、退屈な勉強をしないでいい口実を探しているだけなのだな』というのがわかってしまったのです。


 子と自分とに共通点が発見されると親は嬉しいものですから、私も「まあ、ほどほどに」だなんて、自分にしては珍しく、教育熱心なルクレツィアをいさめるようなことさえ、言ってしまったのでした。


 これでスノウホワイトが本気で勉強を放棄し遊び歩いているのだとしたら、私もさすがに態度を改めねばならないでしょうが、面倒がるだけ、面倒だという様子を親に向けてあらわにするだけの、かわいいものなのです。


 ルクレツィアからすると『面倒な様子を見せるだけ』というのもありえないぐらいわがままに映るようで、それは公爵令嬢の四女として育った彼女の生育環境に理由がありそうなのですけれど、しかし私のほうは家庭教師から逃亡の常習犯だったぐらいなので、スノウホワイトに偉そうなことは言えないのでした。


 そうしてエリザベートの領の視察を終える日、なんの気なしに、私はスノウホワイトにたずねました。


「どうだろう、私は王都に戻らねばならないのだけれど、スノウは私についてくるかい?」


「んー……」


 スノウホワイトはこうして質問をされると、まずのんびりとうなりながら考え込むところがありました。

 その様子も『貴族らしからぬ』ものなのでルクレツィアからすればだいぶありえないようでしたけれど、ぼんやり考え込む我が子の様子はたいそうかわいらしく、また、ルクレツィアもちょっと受け入れ難そうな顔はしつつも怒ったりはしないので、スノウホワイトの思考を私ものんびり待ちました。


 長考のあと、スノウホワイトは笑います。

 その笑顔というのが、なんとも力が抜けていて、ぽわぽわしていて、この世で受けるありとあらゆる責め苦が、その笑顔を見た瞬間だけすっかり消え去ってしまうほどの、かわいらしい顔なのです。


「エリザベートお姉様と、ここに残ります」


 私はちょっと残念に思いましたけれど、こういう時に考えたそぶりもなくとにかく私についてこようという人はかなり多いので、『誘いを断られる』という感覚が新鮮で、楽しく残念がってみせる余裕さえあったのです。


 私がしゅんとした顔を作って「そうか」と言うと、スノウホワイトと二人だったり、ルクレツィアしかそばにいなかったりする時には笑って終わりになるのですけれど、ここは昼の食卓で、そばには領主のエリザベートもいたのです。


 彼女はおどろいたような顔をして、それから冗談めかした感じではなく、こんなことを言いました。


「スノウ、精霊王猊下(げいか)がお誘いくださったのよ」


 エリザベートは大公国王の教育をしっかり受けているようで、『娘が、王にして父の誘いを断る』というのをありえないことと思っているようなのでした。


 しかしその堅苦しさを私は好みませんので、エリザベートがいたのに油断してしまったなあと思いながら、そこまで強い勧誘ではないし、むしろ断られることを楽しんでいるんだよという旨を伝えました。


 すると彼女は、場の空気を取り繕うためか、こんなふうに述べるのです。


「わたくしが、ごいっしょしたいぐらいですわ」


 ……場の空気を取り繕うためだとは思うのですけれど、この時のエリザベートの言葉とか、視線とかに、どうにも冗談には思えないものを感じてしまい、その熱みたいなものはこうして過去を思い返しても、勘違いと思われないほど、はっきりと脳裏に浮かぶのです。


 しかし私が「君には領地があるだろう」と笑えば、エリザベートは「ええ、おっしゃるとおりでしたわね」と忘れていたように述べますので、そこは笑い話で終わってくれました。


 かくして領地視察は終わり、私は王城での公務に戻ることになります。


 視察中にも仕事はあったのですけれど、それでもこの時のことはまるで日々の悩みから解放された小旅行のように私の記憶にはあるのです。


 もちろんそれは、脱魔術思想だとか、あるいはルクレツィアがのちに目覚める思想だとか、そういったものの萌芽をすっかり無視して、見たくない部分から目を逸らした結果、そう見えるというだけなのですけれど。


 王城に戻った私が学校新設のための書類仕事に追われていると、またしても魔術塔の七賢人から手紙が届きました。


 最近ではもう、魔術塔関連の仕事もだいぶデボラに振っていますし、七賢人の手紙というのは見たくもないことばかりつづっているとわかっておりますから、『精霊国国王陛下へ』という手紙を開封するところから同席してもらい、開けたらさっさと渡してしまって、デボラに読み上げさせました。


 彼女はだいたい妖艶な顔で微笑んでいるのですけれど、こうして私が仕事をふるとたまに『自分も七賢人なんだけどなあ』と言いたげな顔で私のほうを見るので、私は彼女のそんな顔を見たくてこうしていたような気も、思い返せば、するのです。


 さて、肝心の魔術塔からの手紙は、長々としたあいさつの中に、ほんのちょっとの用件が書かれていました。


導器(どうき)の独占はいかがなものかと思うので、それを各領域の者にも分け与えるべきだ。適切な分配は自分たちが判断するので、自分たちに導器技術をよこせ』


 我が国が育てた、我が国だけの秘密兵器である、導器。

 魔術塔はこのアドバンテージを捨てろと、そういう要求をしてきたのでした。

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