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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第90話 脱魔術思想

「領内の畑にはすべて導器(どうき)による温熱装置を導入し、平民は料理と湯沸かし以外に薪を使うことなく、温かい日々をすごせます。城内で雇っている者も全員平民ですけれど、彼女たちの魔力でも【洗浄】を扱えるように導器がありますから、貴族メイドを雇った屋敷と同様のおもてなしができますわ」


「しかしそれは、ずいぶんとお金がかかるのではないかな。導器というのはまだ、そこまで安くはできないはずだけれど……」


「資金というのは流れれば流れるほど通り道が太くなり、より多くが流れるようになるものですから、蓄財をするのではなく、資金の流れる道を太くし、きちんとまた流れてくるシステムの構築こそが肝要なのです。……これで正解でしたかしら、おじさま」


 エリザベートにも私のことをなんだかよくわからない偉大な存在と見る向きがありまして、彼女やスノウホワイトたちの前ではだいぶ飾らない姿を見せているつもりなのに、こうまで勘違いをされるというのは、やはり私のがわになんらかの責任があるのではないかなと、そう思ってしまいます。


 しかし原因がなにかぜんぜんわからないし、そもそも私は賢くもないので、やはり『すべて知っていて、あえてエリザベートの答えを聞き、彼女を試したのだ』みたいな対応をされると、一瞬、反応が遅れてしまうのです。


「なんのことかな」


 これはごまかしでもなんでもない、口からぽろりとこぼれた本音だったのですけれど、エリザベートは艶然と微笑んで「おたわむれを」と嬉しそうにつぶやくのです。


 やはりシンシアが語る『お兄様』めいたものをエリザベートの目からも感じてしまいます。

 いったいなにが、彼女をそうさせるのか……そもそも、シンシアたちも、なぜあんなに、私ではない私を幻視するのか……それはきっと、生涯解けない謎なのでしょう。


「ああ、そうだ、精霊王にお願いがあるのですけれど」


 私はちょっと身構えましたが、話を聞くこともせず断るというのも違うように思いましたから、とりあえず続きを聞くことにしました。

 そうしてたいそうおどろかされたのです。


「この領内では、魔術を使用しないでほしいのです」


 私の生まれは子爵家であり、貴族全体で見ればそこそこの(くらい)ではありましたけれど、実態はといえば、さほど裕福とも言えず、気鋭の男爵家のほうがよほどいい暮らしをしているというような、そういう家でした。

 なにもかもを使用人に任せられる環境とも言えなかったためでしょう、私は【洗浄】をはじめとして日常のあらゆるところでほぼ無意識に『自分の世話のための魔術』を使っているのです。


 これをまったく禁止にされてしまうというのは、ある日突然『すまないけれど、ここでは片腕を使ってはならないんだ』と言われたような気持ちで、このおどろきははっきり顔に出てしまったと記憶しています。


「ルクレツィアお姉様もスノウも、わたくしがこう決めた時には、同じような顔をしたわ。けれど、すぐに承諾してくれたし、今ではすっかり、慣れているの。精霊王の自由を人の身で制限するというのが畏れ多いことは承知しているのだけれど……」


 たしかに宰相あたりの目の前で私に同じことを述べたら、謀反の意思ありと断じられるような気がする、それほどの申し出でした。

 なるほど、この決まりごとについてあらかじめ手紙に記さなかったのは、そういう意図だったのです。公式にお願いはできないから、義妹のよしみで個人的に聞いてもらおうと、そういう……


 それはエリザベートがどれだけ本気でこのお願いをしているかを私に察させました。


 なにげない調子で切り出されたようでいて、目撃者のいない屋敷内というロケーションを選んでおりますし、もともと護衛をつけない(とはいえ供回りの者がそれに似た役割を負ってもいるのでしょうけれど)私はともかく、エリザベートのそば仕えたちも、先ほど理由をつけて追い払われたばかりなのです。


 誰にも秘密の、義妹と義兄との約束。


 けれどこれは、口調や表情のなにげなさとは裏腹に、決死のお願いでもあるのです。


 この世界で唯一、いつ急に癇癪(かんしゃく)を起こしても誰からも(とが)められない立場というのがあります。

 それは『王』です。


 王の癇癪はいつ起こるかわからず、しかもその振るう指先には人の命一つ、国の未来一つを簡単に奪い去る力が宿ります。


『魔術を使うな』と言われれば憤慨するだろう貴族というのも、具体的になん名かの顔を思い浮かべられるぐらいには思いつくのです。

 魔術というのはそれほど貴族にとって重大なものですから、これをいきなり『使うな』と言われれば、急に憤慨して殺される可能性も、まあ、なくはないでしょう。


 多くの貴族であればエリザベートの血筋と私との縁、それに王族に連なる強大な魔力によって黙らせることができるでしょうけれど、そのエリザベートがほとんど唯一黙らせられない相手こそが、王なのでした。


 私はもちろん癇癪を起こすほど強くないので、ただ疑問に思い、ひるんでしまうだけなのですけれど、エリザベートからすれば、間違いなく決死のお願いなのでしょう。


 そしてそこまでの覚悟で放たれた言葉を拒否する『断固』としたところもない私は、やはり愛想笑いを浮かべて、肯定めいてうめくしかできなかったのです。


「ありがとうございます、精霊王」


 エリザベートが安堵した様子で礼を述べたので、私は彼女の態度の裏に覚悟があったことをいよいよ確信しました。


 決して考えなしで放たれた思いつきでもなく、命を懸けてでも提案する価値のあること。そこにある考えについて、興味がわき、『でも、いったいどうして』みたいなことをたずねた気がします。


 あるいはそれは言葉に出ない視線だけのものだったのかもしれませんけれど、エリザベートは察して、回答を口にしたのです。


 そこで説明されたものこそが、『脱魔術思想』……


 いえ、エリザベートはすでに、未来においてこの思想がつけられた名前を、この当時には、生み出していたのです。


「人は魔力の多寡によって身分を手に入れました。はるか過去に魔力を持って土地を切り拓き、地上の魔物たちを駆逐してダンジョンに押し込め、貴族となったり、組合を興したり、あるいは神の使徒となったりしたかたがたに、尊敬の念は尽きません。けれど、今のわたくしどもには『導器(どうき)』がありますから、人は次の段階に進む時期が来ているのだと、そう思うのです」


「……それは、つまり?」


「新基準を設けるべきなのです。魔力ではなく、もっと別な……そのためにわたくしは、この領地を『魔術を忘れた場所』にしたい。そうすることで人の魔力によらぬ価値が見えてきて、それはきっと、これより未来の世界に必要だと、そう思うのです」


 魔術忘却思想。


 私の想像のはるか外にある非常に革新的な思想であり、魔術塔との対立を明確化し激化した理由であり……


 責任の、等分化。


 それは今まで『魔力がないから』という理由で目こぼしされていた平民に、その甘えを許さず、否応なく実力主義に巻き込む、おそろしい、おそろしい、思想だったのです。

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