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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第89話 銀と白と黒と赤

 エリザベートにあたえた領地は、穀倉地帯のほど近くでした。


 かつて祖国でほとんど唯一だったその穀倉地帯は、領主をしていた者が精霊王に協力的で、アルバートが昼夜神殿連合軍を率いてきた時なども魔術兵を動員し協力してくれたものですから、その領地をさらに大きくしております。


 時機を読む目のすばらしさを(たた)えられることの多い『精霊王』ではありますが、この『精霊王』よりよほど鋭く時機を読むのがこの穀倉地帯の領主貴族であり、そういう人が近くにいれば滅多なことにはならないだろうというのもあり、エリザベートの領地をこのすぐ北においたわけなのでした。


 精霊王国はいくつかの季節を巡りまた雪深い時期に入っておりました。


 もはやすっかり見慣れた一面の雪景色について私が心を動かされることはないと思っていたのですけれど、それはどうにも間違いで、私はこの時の雪景色に目を奪われてしまったのです。


 正しくは、ぽつぽつとあちこちに黒い土ののぞいた雪景色に、でしょうか。


 我が国が開発に力を入れている導器(どうき)は、最初、身の丈の半分ほどもある黒い筒状の兵器しか存在しなかったのですけれど、今では熱を発生させ周囲を温める鉄塔のようなものまでありまして、それがぽつぽつと等間隔に並び、雲間からの陽光を受けて金属特有のぎらりとした輝きを放ち、その下には黒々とした土のあるという不可思議にして不自然な光景に、私は美的感覚よりも、人の息遣いとか、時代の進歩とか、そういう時が流れる瞬間のエネルギーを叩きつけられたようになり、見入ったのでした。


 エリザベートの領地にはこの導器が多く導入されておりまして、それは私が赤子のころから知っているこの義妹かわいさのあまり融通したということではなく、大公国王からあたえられた支度金を使って、彼女自ら購入を決定したものなのです。


 導器というのはいまだ『新しい技術』であり、『貴族というものにツバを吐くようなもの』と見られる向きもあって、古い貴族領主などはこれの導入を嫌がることも多いのですけれど、エリザベートはその利便性に気づき、自らの意思で導入を決定したということでした。


 領地を訪問した瞬間、私はエリザベートへの疑いをぬぐいきれないことを恥じていました。


 この新しい時代の萌芽を感じさせる、導器の銀色と、雪の白と、土の黒さが入り混じった光景。

 これはとても反精霊信仰思想のある者の生み出せる景色ではないと、そう思ったのです。


 まあ結果的にその時思ったことは事実で、エリザベートは特に『反精霊』と言える思想は持っていなかったのですけれど、この時私が上のように感じたのには、思い込みと勘違いがあったことは、書いておかねばならないと感じます。


 私はなにせ精霊信仰が邪教として民間でこっそりと祈られている時代に青春をすごしたものですから、『精霊信仰』は『昼夜信仰より新しいもの』という意味で、『新しい考え』と捉えていたのです。

 つまり、『精霊』と『新しい思想・道具全般』のあいだに、無意識の等号を挟んでしまっていたのでした。

 なので『エリザベートが新しいものを柔軟に受け入れている』というのをほとんど無意識に『精霊信仰を受け入れている』というように認識してしまっていたのです。


 しかし精霊国ができてから十年以上の歳月が経っていたのです。


 精霊国はほぼエリザベートと同い年であり、物心つく瞬間からその人の意識が始まるのだと考えれば、エリザベートにとって『国ができるほど精霊信仰が一般的な時代』は『生まれた時からある環境』なのでした。


 つまり『精霊信仰は新しい』というのは、これ自体がもう古い考えであり、エリザベートは私などの認識よりもさらに新しい思想を見つけ、私の感じるより精霊信仰というものを『古い』と考えていたのです。


「このたびは小領へのご降臨、光栄にございます」


 今回はきちんと触れを出しての公式の訪問でありますから、領地に入ったとたんに私は『精霊王』として出迎えられました。


 エリザベートは母の血が濃いのか、アルバートとは髪の色も目の色もぜんぜん違います。

 噴き出す鮮血を思わせる真っ赤な髪に、同じように濡れた輝きを放つ真っ赤な瞳を持っていまして、その顔つきはといえば、こうして目の前で『王の訪問を出迎える貴族家当主』として振る舞っておりますと、とても十三歳とは思えないほどに大人び、艶然とした様子なのです。


 私は人生において妻たちをはじめとしてさまざまな『美しい人』を見る機会に恵まれましたが、これほど叩きつけるような鮮烈な美を放つ人物は、エリザベート以外にちょっと心当たりがありません。


 一瞬気圧されたのは、私がこういう気の強そうでいかにも自分に自信がある人を苦手としているからというのもあるのでしょうけれど、それ以上に、彼女の普段の態度と、女領主としての様子とのギャップに戸惑ってしまったというのもありました。


 私が少しだけ遅れて出迎えをねぎらうと、エリザベートは艶然とした様子を崩して、年齢相応の少女めいて相好(そうごう)を崩しました。


「おじさま、いらっしゃい。突然どうされたの? わたくしの領地をご覧になりたいだなんて」


 その変化にまた気圧され、それから『反精霊思想の気風があるから確認に』と正直に言うわけにもいかないので、私はしばしの沈黙のあと、このように応じました。


「この土地は他の土地よりも導器導入が大胆だというから、その様子を見に来たんだよ。導器というのは、我が国の主要産業になりうるからね。実際に運用されている様子を目にしておこうと思って」


 これは事前に用意していた言葉だったのですが、本心でないだけに、引き出すのに時間がかかってしまったのです。


 このようにまごついて話せば、エリザベートの真っ赤な瞳が私を鋭くねめつけたような気がして、半歩下がりそうになりました。


 それは勘違いだったのかもしれませんが、私はエリザベートにときおりこういう鋭い視線を向けられるような感じをこれまでにも覚えておりましたから、その視線の意図を知りたいのもあり、この訪問でそれをつかめればなと思っていたのです。


「ええ、どうぞ、エリザベートのすべてをご覧になってくださいませ。おじさまの輝ける(かお)に見つめられれば、きっとこの領地も赤く色づき、花開くに違いないわ」


 有名人の宿命というのか、この当時の私にはもう数えきれないほどの異名がありまして、『輝ける貌の君』というのもまた、その一つでした。


『ちょうどいいので』ということでこのぐらいの時期から、私はすっかり親にもらった名を使うことも減り、ほとんど異名、もしくは『精霊王』とだけ呼ばれるようになっておりました。


 これはまたしても『精霊王』のイメージ作り戦略の一環で、発案者の宰相によりますと、『たとえばアルバートのようにありふれた名前だと、どうにも威光が弱々しく、王にふさわしくないように感じられますので、精霊王の真名(まな)というのは、史家が後世に調べても出てこないぐらいの気遣いで使わないようにするのがよろしいでしょう』ということでした。


 ちなみに目の前にアルバートという元王子がいる状態の発言だったので、私は気が気でない思いを味わわされたのですが、当のアルバートは大笑いして『たしかに』と述べるので、ここで争いにはなりませんでした。


 余談ではありますが、宰相とアルバートとの関係はいちいち『宰相が侮辱のようなことを言うけれど、アルバートが笑って受け流す』ということが起こりまして、そのたび同席させられる私は『やめてくれ』という気持ちでいっぱいにさせられるのです。


 話を戻しますと、エリザベートという少女にはやはり、私がこれまで出会ってきた人たちのような『本心を隠し、言葉を発する際にいちいちドレスでも着せている様子』がありましたから、私は赤ん坊のころから知っている彼女にさえおびえ、安心できない心地で彼女の案内を受けることとなったのです。


 そこで私が知ったのは、精霊信仰よりなお新しい、次世代の思想なのでした。


 あえてこの当時の呼び名で語るならば、『脱魔術思想』となるでしょうか。


 エリザベートの野望はすなわち、魔力の多寡というものによる人の上下をすっかり取り払ってしまい、この世から『純粋な魔術』とでも言うべきものをすっかり消し去ってしまおうという、精霊信仰をさらに一歩昼夜神殿から遠ざけたものだったのです。

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