第87話 七賢人
魔術塔というのは、かつて私が『きっと、生涯の信仰を捧げるものになるだろう』と思っていた神殿組織なのでした。
以前記した通りに十四歳のある日に突然神学校行きを告げられ、その後は精霊信仰に傾倒してしまったわけなのですけれど、我が家はなにせ『禁書庫番』でありましたから、きっと自分も父のように魔術塔の神官籍を持って貴族家当主になるのだろうと、そう考えていたわけです。
その私がこの当時知っていた『魔術塔の七賢人』については、以下のようなものになります。
まず、公の場に姿を現すのが二人。
これは五年に一度メンバーの入れ替えがありまして、基本的に魔術塔のトップを狙って権力争いに身を投じる者どもは、この二人のうち一人に選ばれることを願い、派閥争いなどしていくわけです。
基本的にこれは投票によって選出され、五年間は魔術塔の顔の役割を果たし、さまざまな重要な場面で姿を見せ、魔術塔そのものの意思を代弁する役割を持ちます。
そして十年に一度、選ばれるのが三人。
これは七賢人のうち四賢人が選択し、選挙などを経ずに選出されます。
先の二賢人は派閥争いをし票を集め選出されますから、この三人はやはり自分の派閥でうまくやった者を選びたがるようでして、ここまでが魔術塔内の政治が複雑に絡み合った結果選出される七賢人となります。
そして、残る二つの席が、魔術塔の真の重鎮なのです。
これは魔術塔発足時から続くと言われる家の者が代々選出され、その選出には信者はおろか七賢人でさえも口出しができないとされています。
名も伏せられており、ただ『いる』ということだけが伝わっておりますけれど、世間としては『いるとされているが、実際は空席なのだろう』と、そのような認識でいる、おとぎ話のごとき存在なのです。
なのでデボラが七賢人のその『二席』のうち一席を持つ者だと告白された時も、私はなにかの冗談だと思ったぐらいなのです。
たしかにデボラがいつまでも若々しいのにはおどろきますけれど、私にはルクレツィアのメイドをやっているリリーのような、本当に理由もなく不老といった様子の者も心当たりがありましたので、デボラもまあ、そういうものなのかなと考えたのです。
私がデボラを国内で重用するにいたった理由は、彼女が七賢人であるからではなく、もちろん世間に広まる『好色な精霊王』のような理由でもなく、彼女の魔術知識が深く、禁書庫番である私でも知らないようなことを知っているし、その秘奥の知恵さえ惜しみなく国家に与えてくれるからだったのです。
我が国は導器というものを導入しておりますが、だからといって、魔術の発展、研鑽をおろそかにはできません。
むしろ導器は『魔術でできることを平民でもできるようになる』という道具ですから、導器開発に力を入れている時点で、魔術研究にも同じように力を入れるべきだったのです。
『べきだった』というのはもちろん、魔術塔とたもとをわかってしまってそんな知識のあてもなく、さらに国力には限度がありますから、優秀な教師を招聘する力もなかったと、そういうことなのですけれど……
私は半年ほどデボラに宮廷での魔術指南役をまかせ、そうして彼女を禁書庫番に任命しました。
とはいえ彼女は『いつか魔術塔に返却する人材』なものですから、正式な任命というわけではなく、精霊王が禁書を読む際に、その解説役兼教師として伴い、結果として禁書の内容を知ってもまあ不思議はないという、なんともまわりくどい役割に任じるしかなかったのです。
さすがにこの任命にはデボラもおどろいたようで、妖艶で余裕ある微笑みもこの時ばかりはなりをひそめて、真っ黒い瞳が普段の冗談みたいな様子ではなく、真剣に私を捉えていました。
「信用してくださるのは願ってもないですけれど、禁書というのは、その国家でたくわえた魔術知識の秘宝で……」
どうにも私は、ひらめきによってすさまじい権限をぽいっと投げてしまい、そのせいでおどろかれるというのが、多かったような気がします。
宰相なども、私があまりにも多くの権限を投げるのにおどろいて「あの、私は平民の生まれでして、こうして精霊王のおそばにいるのもなにかの偶然というか、たまに来る行商人に書物を見せてもらって空想するのが好きなだけの家畜管理の家の者でしかなく……」と、彼にしては遠慮がちにつぶやいていたのを思い出しました。
しかし権限を投げている当時の私はもう、その人にこの権利をあたえてもいいのだと確信しておりますから、あとから思えば『たしかに、あまりに不用心だったかもしれない』と反省はしますけれど、その当時にそんなことは知ったことではないのです。
王としてうかつきわまりないのはもう、振り返れば振り返るほど身につまされるのですけれど、これまで私が権限をあたえすぎたことによって問題が発生したことはなく、むしろ、私なんかに権限を持たせておくよりずっと有効活用してくれたという思い出ばかりありますので、やはり『王がみだりに人に権限を投げるべきではない』というのは、なんだか実感のわかない、おどしの言葉のようにしか響かないのです。
なので、当時の私は珍しく遠慮がちなデボラに、このように、思ったまま、告げたのです。
「私より、活かせる」
すべて、これなのです。
私より活かせる。精霊王国には、活かせるものを遊ばせておく余裕などなかったのです。もしかすると、この記録を認めている今も、ないかもしれません。
なので私の物言いは、のちに振り返れば自分の発言とは思えないほどに『断固』としたものであり、デボラはついに言葉を失い、いつもと少しばかり違う、少女のようなはにかむ笑顔を浮かべ、私のあたえた役割を受け取ったのでした。
その時に念押しのように『自分は魔術塔の七賢人の一人だが本当にいいのか』と問われたので、まさかこんなに若々しい七賢人がいるとは思わないし、そもそもデボラの語った席が私程度の立場の者からは『おとぎ話』としか思われないような場所だったので、私はこれを信じず、『それでもかまわない』みたいなことを言ってしまったのでした。
こうして遅れていた精霊王国の魔術教育は一気に進み、ほぼ廃校状態だった王立魔術学校も、再び開かれる気配が見え始めました。
私は私のもとまで決断せねばならないことが上がってくるのを嫌いますから、民や臣下が知識をつけることは大歓迎ですので、魔術学校が再び動き出すのをいいことに、神学校だった校舎でもなにか教育ができないかと、そのように考えました。
この思いつきを宰相に語ったのがまわりまわって『政治学』『導器学』の学校設立というかたちになるのですが、それはもう、ここからまだまだあとのことになります。
学校設立というのは、設備を作ったり、教師を集めたり、カリキュラムを考えたり、入学資格とか、支度金とか、とにかくいろんなことを決めねばならず、いくら拙速なること右に出る者のない精霊王国とはいえ、すぐには行えないものなのです。
さて、導器によって常に温かな畑を維持できるようになり、雪につぶされる心配もなく作物がとれるようになってきました。
薪をとる時間を別なことに使えるようになった人々が開拓を進めて使える土地は広がり、冒険者組合からの支援によって急場をしのいでいただけの食料供給はどうにかなるめどが立ってきたのです。
また、土地が広がると魔物のコロニーの発見率も上がり、もちろんいくらかのケガ人や死者も出てしまいましたが、冒険者が増員されただけあってその対処は迅速で、放置され続けるよりよほど被害が少なく魔物たちを地上から駆逐できているように思われます。
海の領域ではミズハたちの力もあって精霊信仰が広まってきており、『食料支援の代わりに総本山に参拝しろ』という魔術塔からの要求も、無視しているうちに催促もこなくなりました。
海の領域において昼夜神殿は、土着信仰を重んずる民から厄介者扱いされている『外国人』であることも知れましたし、彼らが海の領域内で思っていたほどの力を持ってもいないというのは、私に安心感をあたえてくれました。
デボラの返却はそもそも魔術塔のがわがこちらの出した条件を渋っていて難航しておりましたが、これは魔術塔の者でさえ本当の本当に上の者以外はデボラの正体を知らないからであり、その上の者も正体を隠しつつ『取り戻せ』としか言えないらしく、そのせいでさまざまな行き違いがある結果で、こちらとしては教育者としてのデボラを大変重く扱っておりますから、『向こうがごねるなら、いいか』の気持ちで、いつまでも先延ばししてくれてもいいような気持ちでいます。
私の前にある問題のいっさいが、こうして問題たりえなくなったような気がしていました。
この当時は本当に、私が安寧を感じられた数少ない時期の一つであり、子シンシアが生まれた時以来の、安眠できる期間だったのです。
実際、外には潜在的な脅威が残ってはいますが、小康状態だったのです。
これは長らく私と争ってきた昼夜神殿が、海の領域での勢力ののばし難さ、土着信仰が精霊信仰を名乗って一つにまとまり始めたことで厄介さを増したこと、それから森の領域でもなにがしかの事情があって、東方大移動によって移住した信者たちが耐えかねて『精霊に恭順しても国に帰りたい』となっていたことなどが理由なのでした。
このあいだに国力を上げ、導器を開発し、教育の整備を始めた我が国はいよいよ大国と名乗るに恥ずかしくない力を持ち、これならば次に昼夜神殿が我が国に攻めてきても交渉で杖をおさめさせられるのではないかと、そのような気持ちでいたのです。
だから私は、このあとに知ることが、のちに大問題になるということさえ気づけないまま、さらに数年をすごすことになったのです。
エリザベート。
この記録を認めている今なお私を苦しめる問題の萌芽は、もともと祖国の第二王子にして、今は大公国王の養女となっているこの子に与えられた領地で、その種火を発生させたのでした。




