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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第79話 豊漁の儀式

 とはいえその時は小さな窓からほんの少し顔がのぞいただけでしたから、暗かったし、それが『マーメイド』であることはわかりませんでした。


 ただ、印象に残る暗い青の瞳だったなということと、その目が見開かれていたとはいえ、ずいぶんと大きかったなと、そういうことだけ、わかっておりました。


 小窓はピシャリとすぐに閉じられ、それから外で「ちょっと、ちょっと」と、ひそやかに叫ぶというのか、私に聞こえないように気をつけようとする意思を申し訳程度に感じる叫び声があがったのです。


 その声に応じるようにバタバタと大人数の足音が聞こえたあとは大変な騒ぎになり、「なぜもうこんなところに!?」「儀式の時間はまだですよ!?」と、偉い人をたしなめるような、そういう響きの声が複数あがったのです。


 その後もなにか言い争いめいたものがありましたが、彼らも近くに私がいることを思い出したのか声をひそめたため聞き取りにくくなり、断片的に耳をなでる程度でした。


 私といえばもう、とても落ち着いていて、平時になにごとかささやく声など聞けば『きっと私の悪い噂でもしているに違いない』というような妄想をしてしまうのですけれど、この時はただじっと座って、目など閉じて、まったくの『無』になり、ただ呼吸をしておりました。


 ですがそれも外鍵が慌ただしい音を立てて開けられるまでであり、ドアが開かないように立てかけられていたらしい木の棒が引っかかり引っかかり取り去られると、もう私は自分がこれからなにをされるのかわからない不安にとらわれ、目を閉じて落ち着いているわけにはいかなくなったのです。


 しかも来訪者は紙製のたいまつを持って現れたので、急に光をあてられ、私は腕で顔をかばいながらのけぞり、倒れてしまいました。


「あんたたち、この顔を見てわからないの!? この人、たぶん王子様だよ! 他の領域の王子様だ!」


 ミズハという名前の彼女は、マーメイド、あるいは海の領域全体で見ても特に男まさりで元気がいい女性らしく、この時もよく通る大きな声でそんなことを言うもので、大柄な男たちがみなおそれるようにして黙りこくっていたのです。


 しかし報告の義務があったのか、男の一人が「しかし、ずっと傘をかぶっていたもんですから……」と言うと、ミズハは食い気味に「顔ぐらい確認しな!」と叫びました。


 私がようやく体を起こしたころ、ミズハはすでに私のすぐそばにおり、気の強さがにじむ強い瞳で私を至近距離からのぞきこんでおりました。


 その瞳の深さといったらもう、見ているだけで吸い込まれそうなほど、見事なものだったのです。


 マーメイドというのは美しい種族なのです。


 彼女らは古い種族特有の『魔法』という、魔術とは明確に違う技術によって人めいた姿になることができます。

 この当時のミズハも私からすれば人間のようにしか見えないのですけれど、本来の姿は手に水かきがつき、下半身は魚のしっぽのようという、やや受け入れ難い形状になるようです。


 ともあれ人化中のマーメイドは誰もが優れた容姿をしておりますが、ミズハの美しさは身内贔屓とは言えないぐらいに、誰の目にもあきらかなものだと思うのです。


 それは彼女の夜の海のような色の目と髪とは対照的に、彼女の性質とでも言うべきものが、昼のきらめきを思わせるほど、天井知らずに明るいからというのも、あるのかもしれません。


 それからミズハはひどく追い詰められたように言葉をまくしたてました。

 しかしミズハというのはただでさえとても早口なので、私はもう、彼女の言葉を半分も聞き取れず、困った顔をして彼女の背後にひかえる人たちを見るしかなかったのです。


 すると帽子がなかったせいか私の無言のうったえは伝わり、大柄の男がミズハの言葉を簡単にまとめてくれました。


 なんでもこの里は昔から『わつるふ様』をあがめていたそうで、そのおかげで海の領域全体が大漁を維持できていたということだそうです。

 しかし最近は漁獲量が減りつつありました。


 外国人が来てからだから、外国人が呪いを運んできたに違いない……というのが彼らの予想なのですが、それは呪いなどではなく、この海の領域で雪の領域とか砂の領域みたいな暮らしをしようとした昼夜神殿の信徒がやったことが領域環境に合わなかったため海を汚し、それで魚が減ったと、事実はそういうことなのです。

 もっともそれは後年の調査によってわかることなので、この時にそんな理を説くことはできませんでした。


 ともあれ男たちは『もっといい捧げ物が必要だ』というのと、『外国人どものせいで海の恵みが減ったのだから、外国人に責任をとらせろ』という二つのアイデアから、『さらっても問題にならなそうな外国人観光客を生贄として海に捧げる』という考えにいきついたそうです。


 これはもともと、大昔にやっていた『人柱』という風習らしいのですけれど、現代はすたれていて、なんというか、民がこうして恨みだの意趣返しだのを原動力に思いつきをやろうとすると、集団心理によってストッパーがいなくなり、行き着くところまで行き着くのだなあと、そういう無常を感じざるを得ませんでした。


「だいたいさあ! あたし言ったよね!? 人なんか沈められても困るんだって!」


 ミズハに怒られて男たちはしゅんとしてしまいました。


 筋骨隆々の男やいかにも偉そうな年寄りまでふくむ集団が、若い女の子に怒られて言葉もないというのは、なんとも面白く、つい、笑ってしまいそうになります。


 ですが彼らにとっては、今、まさに笑いごとではないのでしょう。


 私は生贄に捧げかけられましたけれど、彼らの中に、熱烈に生贄を求めていた者も、本気で人をさらって殺そうとしていた者も、いないだろうと思っておりました。


 よくあるのです。ただの思いつきが悪ノリによって賛同され、賛同の輪が広がり、なんとなく企画として動き出してしまうことが。

 もちろんことが『誘拐殺人』なので、良心のある者は止めようとするのでしょうけれど、ことが『誘拐殺人』であるだけに止めようとすれば密告者扱いを受けそうで、こういう閉鎖的な村でその扱いは、今後の生活にかかわります。


 誰も、この企画を推し進める意思などなかったのでしょう。


 あのぎょろ目の男を誘拐の実行犯として外にやったところに、ここの人たちの真意が見えるような気がするのです。

 あんな力も弱そうで、言葉で人を騙すこともできなさそうな男に、誰も期待していなかったのです。本気で計画を成功させる気があるなら、あんな男一人に、『生贄選定』の大事な部分など任せはしないでしょう。


 つまりこの村の人たちは、あの男が失敗して、『こいつのせいで生贄が得られなかった』という終わりを期待していたのだと思います。


 ところが、私が来てしまった。


 もうこうなるとあとに退くこともできません。


 ああ、想像するだに、胃が痛くなります。

 なにげない発言が予想外にふくらんでしまい、人々がそれに力を尽くしてしまって、計画完遂まで事態が動いてしまう……それは私の人生に、ほとんど無限にあることなのです。


 この計画の立案者の心境を思えばただただ哀れみがわくばかりで、私はミズハに怒られてしゅんとする男たちをかばうべく、「まあまあ」などと、口を挟んでしまったのでした。


「あの、悪気はなかったんです」


 誘拐殺人を計画し、実行寸前までいっておいてそんな言葉が受け入れるはずがないのですけれど、これを私は受け入れたいと思いました。

 よからぬことは悪気があって起こるわけではなく、むしろ、善意とか悪意とか、そういうものを超越した不思議な力によって起こるのだと、私は思うのです。

 そういう『勢い』というものにさんざん苦しめられ、精霊王という立場にまでなってしまいましたから、私は彼らの気持ちを想像するだに、我がことのように感じられ、どうにか彼らを助けてやりたいと、そう思うのでした。


「償いはきっとさせますし、あなたもお帰ししますから、どうか、このことは胸にしまっておいてはいただけないでしょうか? 国際問題になどされれば、こんな村、明日には消えてしまいます」


「ミズハ様、しかしこの男がまだどこかの王子様だと決まったわけじゃあ、ありません。本当にただの旅行者、身寄りのない流れ者かも……」


「こ、こ、こ、子連れでした……」


「なんで子連れさらった!?」


「話しかけやすそうだったもんで……!」


「馬鹿野郎!」


 その時のやりとりのテンポというのか、そういうのが小気味よく、私はいまだにこのやりとりを思い出し、笑うことができます。


 しかしこのあとに私は己の身分について語らねばならないのです。

 自分の正体を明かすのに、こんなに心が重いこともないでしょう。ここで嘘をついて『身寄りのない流れ者だ』と言えたなら、なにかが救われたということもないのでしょうけれど、少なくとも私の気持ちは楽だったに違いありません。


「それであなた様は、どのようなお立場の……」


「精霊王だ」


 そう答える以外に思いつけなかったために、けっきょくそう答えてしまったのですが、この時のシンとした空気は今思い返すと笑い話でも、この当時は『すごく悪いことをしてしまったな』という重い気持ちにさせられるものでした。


 しばらく目の前で村民会議みたいなことが行われ、彼らは『精霊王』についての知識を総動員し、私の立場と持っている権力の大きさ、それから本物かどうかなどを議論しているようでした。


 しかし結論は彼らにとってよろしくない方で出てしまったらしく、彼らは私を精霊王だと信じ、その影響力が世界の半分に及ぶのだと結論づけたようでした。


「あたしが腹を切ります」


 なんで急に腹を切るなどと言われたのかはわかりませんでしたが、私はとにかくおどろいてしまって、それはやめようというようなことを述べました。


 あとから知ったことですが、海の領域には『切腹』という文化があり、それは『責任を私の命一つに収めてください』という上訴、懇願のようなものらしいのです。

 けれど腹を切られてもなにも解決しないので、それは責任のとりかたとしてどうかなと思いますけれど……


「しかし、どうしたらいいか……」


 逆になぜ『腹を切る』以外に案がないのかわかりません。やはり、気候変動線をまたぐと文化が違い、中にはどうあっても理解できないようなものもあるようでした。


 そして彼女らがなにも案がない状況で、どうにも私がなにかを言わねばならない視線を感じるのですけれど、私は機転もききませんし、そもそもなにかを決断する力もありませんから、特になにも言うことが浮かびません。


 そうして、タイムリミットが来ました。


 とつじょカンカンカンカンという思い出しても耳障りな高い音が響き、村に大声が響き渡りました。

 それは『敵襲』というような意味のことを述べ、そして襲撃者の見た目について語り、ぴたっと止まりました。


「まさかナントカっていう宗教の連中か!?」


 ミズハは昼夜神殿の者がこのあたりの島々にちょっかいをかけているのを言っていたようなのですが、ここでの襲撃者は、もちろんそちらの宗教の連中ではありません。


 彼女は精霊信仰を表明しております。


 襲撃者はもちろん、私を取り戻しにしたシンシアで、彼女の通ったあとは残らず炎にまかれるほど、彼女はどうにも、ものすごく怒っているようなのでした。

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