第77話 わつるふ様の宣教師
海の領域の東端あたりにあるその土地の、じっとりして生臭いような、不気味な空気については、いまだに思い出すたびぞくりと背筋を冷たくおぞましいものがなぞるような、そういう心地になります。
『わつるふ様』というものの正体を求めて我々が来た場所は、なんともものさびしく暗い漁村なのでした。
とはいえここは『海の領域』であるので、こういった小さい漁村はそれこそ無数にあるわけなのですけれど、そのほとんどは人々の気風のいい、勢いのある人の多い、明るい印象の場所だったのです。
人々はもう、昼間から酒を飲んで騒ぎ、そのせいで赤いのか、それとも日焼けによって赤いのかわからない顔をして、若い者でも年寄りのようにシワがあり、笑顔によってそれを深くし、カチカチに固くなった手でバンバンと肩を叩き、酒を勧め、笑うと、そのようなものでした。
私などは初対面の人にそのような気安い態度をとられると引いてしまうというのか、もう愛想笑いしか浮かべられなくなってしまうのです。
雪の領域ですと、そうやって黙って微笑んでいるだけで周囲で勝手に盛り上がったり、私の意思を勝手に解釈して話が進んだりしてくれるのですけれど、海の領域における私はずっと顔を隠しておりますから、『なにかしゃべれよ』と言われ、言葉も見つけられず、ますます黙り込むばかりなのでした。
こういった『現地の人々とのコミュニケーション』において私を助けたのは、二人のシンシアでした。
シンシアはもう、普段は無表情で、顔にも声にも感情というものをほとんどにじませない美しい人なのですけれど、冒険者という仕事を長くしていたおかげか、対人スキルとしての『表情』『声音』といったものを身につけているのです。
それは私などから見ると、どうにも作ったもののような違和感がつきまとうのですけれど(たとえば眉の動きが反応からワンテンポ遅れるところなどに、作為的なものを感じるのです)、人々からの評判はかなりいいようでした。
そもそもシンシアというのは美しい女性ですし、その銀髪も白い肌も、小柄ささえもが親しみを持って受け取られ、金銀の『混ざり目』も昼夜神殿の影響力がとぼしくなるほど魅力的に見られるようで、子連れだというのにナンパをされるという、それほどのものなのでした。
とはいえ、それは『美しい女性に対する礼儀』としての声かけのようで、たいていの人はあっさり引き下がりますし、引き下がらない者があれば周囲の者が止めるという、そういうきちんとした距離感がありました。
子シンシアがコミュニケーションにおいて私たちの大きな助けになった理由については、言うまでもないでしょう。
どこであろうとも小さく、かわいらしく、礼儀正しい子というのは、大人たちの笑顔を誘い、胸襟を開かせるものです。
シンシアと並んでいる姿は親子というよりは姉妹のようで、シンシアの動作に合わせてお辞儀したり、求められて手を振ったりする姿はどのような人の心をも開かせ、屈託のない笑顔によって人々はうっかり口をすべらせてしまい、そうして後悔するでもなく「参ったなあ」などと頭を掻いて笑い、それがまた笑いを呼ぶという好循環を生み出しました。
そうしてたくさんの情報と、それからこのあたりの人の特徴というのか、とにかく小さい子には甘いものだとか、食感のいいものだとか、おやつのたぐいをどんどん渡してきますので、そういうものがたくさん集まり、持ってきた袋には入り切らないほどなのでした。
彼女たちの姿を見ていると、酒場の暗いところで陰鬱に酒など呑んでいる自分が申し訳なくなり、あの明るい、人の輪の中心にいる親子の夫であり兄であり父であるのが自分だという事実にどうしようもない後悔みたいなものがわいて、私は申し訳なさのあまりどんどん気配を小さくしていくしかなかったのです。
ああ、あの親子は、自分のような者さえいなければ、完璧で、幸福なのだろう。それなのに、自分のようなお荷物が彼女らの輝かしい旅路に、それどころか人生にさえ吸い付いて、離れない。
私は二人のシンシアをまばゆく感じ、それだけに、そこにこびりつく自分という影がより暗く、陰惨で、なんの汚点もない純白の衣装についてとれないシミのようにさえ感じられるのでした。
そういう陰惨な様子を見抜かれたのか、酒場の陰にいた私に声をかけてくる者がありました。
それこそが私を暗くなまぐさい漁村に導いた者であり、昼夜神殿の職名を借りるならば、わつるふ様信仰における宣教師ということになるのでしょう。
そいつは猫背でほとんど骨に皮が垂れ下がっているだけというほどの細すぎる体つきをした、ほおのこけた不気味な男でした。
体の細さのせいか目がぎょろりと飛び出るほどに大きく見えて、その目がせわしなく周囲をうかがい、まるで人に見られてはならないような雰囲気を発しているものですから、逆に目立って感じられるほどなのでした。
私はその男がシンシアたちのいる人の輪から離れてゆっくり私に近寄ってくるのをじっと観察しておりました。
私の視線は室内でも外さすかぶっている帽子と、そこから垂れ下がる日除け布によって見えないだろうと思うのですけれど、その男は私と視線があったことを喜ぶように、ぐしゃりと歪んだ笑顔を浮かべ、ねずみを思わせる動作で私に近寄り、隣に腰掛けました。
「こ、こ、こ、子連れかい?」
本当は人に声をかけるのに不慣れであるのに、さもこういうことに慣れていると振るまおうとしているような、奇妙に明るい様子が、私に同情を呼び起こさせました。
人生には無数に無理をしなければならない状況があり、それはたいてい組織に属し、誰かの命令でまったく適性のないことをやらされる時に発生します。
この男の様子から、私は、そういう背景を読み取ってしまい、私も不慣れであるのに愛想をふりまいたり、威厳あるふりをしたりといったことに覚えがありますので、そのつらさが急に身にしみて、男に共感さえ覚えてしまったのです。
男も私の気配に共感を覚えたようで、話しているうちに、気づけば奇妙な明るさも抜けて、その男の地とも言えるような、暗く、陰鬱な雰囲気が言葉ににじむようになっていました。
「生きていくのは、本当に大変だ。あんたもきっと、いろいろあるんだろう。そうだ、ちょうどいいから、祭りに参加していきなよ。『わつるふ様』のお祭りは、外国人にはいい観光になるだろう」
彼が祭りを切り出したあたりに話の接続の引っかかりみたいなものがありましたから、きっと彼は最初から祭りに私をいざなうために声をかけてきて、それはおそらく善意ではなくって、勧誘ノルマみたいなものを課せられているのだろうなと、そういう気配を感じ取ることができたのです。
そうしてきっとそこには、悪意とまでは呼べないけれど、私たちに観光という得を提供するのが真の目的ではなく、彼らが得するためのなんらかの仕組みがあるのだろうとも、思いました。
こんな怪しい誘いなど、普段であれば乗らないのですけれど、この男の様子がなんとも哀れに思えてしまって、冷たく断ることもできず、私はずるずると男に誘われるまま、彼についていくことになってしまったのです。
そうして私は、あのなまぐさく、暗い漁村にたどりつきました。
男に引きずられるままここに来て、二人のシンシアに声をかけそびれたことに気づいたのは、たった一人で漁村に降り立ったすぐあとのことだったのです。




