サイド短篇 前女王アナスタシアの死
この話はカクヨムでサポーター限定公開をしたルクレツィア短篇と同じものです
主人公がシンシアと実家へあいさつに行っているあいだの出来事になります
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この話はサポーター限定公開をしたルクレツィアの短篇と同じ内容です
主人公がシンシアと実家へあいさつに行っているあいだの出来事になります
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「今のうちに殺すべきだと思うよ」
ルクレツィア、シンシア、オデットは三人とも『精霊王の妃』ではあるのだけれど、妃同士で特に親交があるということはなかった。
険悪ではない……貴族出身であるルクレツィアの基準において、『暗殺をくわだてない』『足の引っ張り合いをしない』という意味で険悪ではない関係性とはいえ、いや、だからこそ無用な軋轢を産まないように互いに干渉し合わない不文律があった。
そんな関係性であるオデットがルクレツィアを呼び出して『秘密の話』をしようと誘ってきたもので、ルクレツィアは最大限の警戒をもって話し合いに臨んだ。
その結果が開口一番のこの発言だ。
主語ぐらい述べてほしいものである。
だが、ルクレツィアには、その『主語』がわかった。
忌々しくもシンシアをともなって精霊王が故郷に帰ることになった遠因。
現在でこそ精霊国となっているこの雪深い国のもとの国家元首である『アナスタシア』の処遇についての相談なのだった。
ならば主語を出さないのもわかる。
二人が話しているのは謁見の間であり、防音、対魔術に優れたこの場所であろうとも、『精霊王が生かそうとしている前国王の生死』について決めようというのだから、万が一にも人の耳に入らないよう警戒するのは道理だろう。
そのあたりの保身術というのか、『証拠を残さない、人の意識に残らない』という気遣いにおいて、貴族の世界で育ったルクレツィアよりよほど、オデットのほうが優れていた。
だからこそルクレツィアもオデットを『自分と並ぶ妃』として認めているぐらいだ。
だが……
「その提案はよろしくないな」
「あの存在は彼の輝きを曇らせる。あんなもののために彼が悩ましくあるのはよくないと、あなたも思っているのではないかな、公爵令嬢」
オデットはルクレツィアのことを『公爵令嬢』と呼ぶ。
それは事実ではあるのだが……オデットが自分にそう呼びかけるときには、必要以上の距離感と……小馬鹿にしているのではないし、さげすんでいるのでもないけれど、どことなく苛立つ響きがあるのだった。
だからルクレツィアは固い表情をますます固くして、応じる。
「あの存在が彼を悩ませているのは事実だろう。しかし、彼はあの存在を生かすと決めた。精霊の導きに人の身で異を唱えるとでも?」
「それがあたしに対する説得になると本気で思っているのかな。あなたとあたしでは『精霊』というものの捉え方がぜんぜん違うよ。あたしは『精霊』を『間違えない指導者』だなんて思っていないんだ。ただ美しく、曇らせてはいけない宝なんだよ。この世のなによりも価値のある、宝なんだ」
「……邪悪め。貴様が精霊のそばに控えることこそ、その『輝き』とやらを曇らせる理由たりうると思うぞ」
「それはないよ」
根拠のない断言に思えたが、オデットの笑みに細められた目は自分の必要性をまったく疑っていないようだった。
ルクレツィアはいくつかの根拠を提示してやろうかと思ったが、やめた。すべて徒労に終わりそうな気配があったのと、今回の本題がそこにないからだ。
ルクレツィアはオデットのことを嫌いではなかった。最初は。しかしこうして話す機会が増えるたびに、だんだん嫌いになっていっているのに気づいた。
育ちの違いではないと思う。いや、遠因はそこにあるのかもしれないけれど、オデットは発言一つ一つがいちいちカンにさわるのだ。
とはいえ、だからといって彼からオデットを遠ざけようとは思わない。オデットを妃にしたのは彼の決断であり、オデットは彼の足跡である。彼の歩みを自分の意思でゆがめてしまうのはルクレツィアの信念に反した。彼には今まで通り自由闊達に歩いていってほしいし、その足跡を後ろからついていって拾い集めるのが自分の使命だと思っている。
「……ともあれ、暗殺には反対だ。確かに彼がいない今が好機であることは否定しないが……彼はあの存在を捨ててはいない。捨てていない物は拾わない。所持している物を勝手にどうこうするのは盗人の振る舞いだ」
「意見が合わないね。この件にかんしてはきっと賛同を得られると思ってたんだけどなあ」
「なぜそう思った……」
「だって公爵令嬢、あなた、彼を保全したいタイプだろう?」
「彼は物ではない」
「あたしも物だとは思っていないよ。けれど、彼は脆いんだ。手入れには気遣わないといけない」
「この話は平行線だな。それで、どうする? 暗殺を断行するか?」
「いいや、あなたの同意を得られないとわかった時点で『それ』はやめるよ。あたしが彼の留守中になにかをしたわけではないと誤魔化す人材が必要だからね。つまり、あなたの協力が、だよ」
「意外と評価されているようでおどろいたな。貴様に社交の価値はわからないものと思っていたが」
「いいや、あなたもなかなか、輝かしい。シンシアの次ぐらいにはね」
「貴様にそう言われると肝が冷える」
「お褒めの言葉と思っておくよ。……それで? あの存在を害しないことには同意したけれど、あの存在はやはり、どこかに捨てないといけないということには変わりないんだけど、それさえダメかな?」
ルクレツィアはそこで悩んだ。
彼の不在中に彼が『生かす』と決めたアナスタシアを殺すのは、よろしくない。
だが、たしかに、あれが第四の王妃となるのはルクレツィアの担当する『社交』の面から見ても、彼のためにならない。
彼はきっと第四の王妃とはいえそれまでの三人より下に置くことはしまい。『聖女』を『三人の妃と同等の位置』にしてしまうと昼神教に付け入るスキを与えてしまうし、昼神教は狡猾で我慢強い。数十年、数百年後に彼を敗北させることになりかねない。
社交・外交を司る立場として彼の輝かしき足跡を照らす光がかげることなどあってはならないと考える。つまり、アナスタシアを王妃の一人にというのは、『なし』だ。
とはいえ、王妃とするのが彼の望みならば、その上でどうにかしてみせるのがルクレツィアの手腕とも思うのだが……
「……そういえば、彼はあの存在を妃にと望んだわけではないのだったな」
地下牢でアナスタシアと彼とがした会話は、手の者から一言一句にいたるまで瑕疵なく伝わっている。
そこで彼はアナスタシアに『生存か死か』を選ばせようとした。そして『生存』をアナスタシアが選び、彼がそれを受け入れた。そのための手段として『妃にする』というものがあったが、それだって彼は自ら『お前を妃にする』とは言っていない。もっと消極的な聞き方をした。
つまり自分やオデットのように『結婚してほしい』と申し込まれたわけではないのだ。そこに彼の真意があるようにルクレツィアは考えた。
「……しかし、具体的にはどうする? 彼に妃になってもよいと許可を受けたとなれば、ただ放り出しても納得はすまい。嫌がるぞ。戻ろうとするぞ。たとえ命を懸けても精霊王の妃たらんとするだろう。それは彼の心を騒がせる結果になりかねない」
「話がわかるようになったね。なに、汚れ仕事はあたしにまかせなよ。うまいことやるさ」
「……『彼の眼前から遠ざける』だけだぞ? 『殺す』ことには同意していないからな?」
「わかってるよ。彼を曇らせるものを取り除きたいのの次の次ぐらいには、あなたたちとも仲良くしたいと思っているんだ。あなたの機嫌を損ねるようなことはしない」
「信用ならん」
「どうしてさ? こんなに誠心誠意あなたに配慮してあげてるのに」
「そういうところだ」
しかしオデットはわからないというように小首をかしげた。肩口で切り揃えた赤毛がさらさらと揺れているのを見て、ルクレツィアは『通じないな』とあきらめてため息をつく。
自分もふくめて三人の王妃には『非凡』な点がある。それは能力のみならず性格にもだ。
自分は好きなものほど触れられず、遠くで見ていて満足してしまう遠慮がちな点が困ったところだという自覚がある。美学と言ってしまってもいいかもしれないが、直接的に『役に立ったぞ』とか『愛している』とか言うのはどうにも陳腐で醜い感じがして、なにごとも遠回りになってしまう悪癖があるのだ。
親友だったシンシアについてはもちろん、戦闘能力があまりにも非凡と言えるだろう。あれ一人で魔術師幾人ぶんの働きをするかわかったものではない。
異常な魔力量と物覚えのよさ。そして冒険者としての経験からくる危機への対応力……悔しいが、今回、護衛として考えれば精霊王に同行するのが彼女であったことは正解と言えた。護衛としては。
ただ、あの執着の強さというのか、理想と現実を混同するところが今回の旅路でどういう作用を発揮するかわからない。監視はつけているがまかれている気がする。厄介だ。
オデットの隠密能力についてはもはや言うまでもない。いったいどれほどの期間、こいつによって彼を見失わされたことか……
父にもさんざん警告したが、こいつがその気になれば貴族の警備をかいくぐって寝首をかくことなど造作もないだろう。
そうしないのは、こいつの変な美学によるものであり、その美学は余人が理解できるものではない。つまり制御できないからある程度配慮して機嫌をとるしかないのだ。忌々しい……
「実際になにをするか、聞いておきたい」
「まあ別にかまわないけど……ある程度の生活の保障を約束して街に住居を用意するだけだよ?」
「それで王宮に戻って彼に直訴しないとなぜ言える?」
「彼の指示でそうするから」
「…………貴様! 精霊王の言葉を捏造する気か!?」
「だから『汚れ仕事』はあたしに任せろって言ったんだよ。あなたたちは綺麗に彼の周りを飾るといい。あたしは彼にふりかかる泥を受け止める。役割分担だよ。あなたたちは本当に綺麗だからね。本当に評価してるんだ。彼の装飾品として」
「……」
「ああ、もしかして、『殺す』ことを汚れ仕事だと思っていたからあんな反応になったのか。なるほどなあ……いや、公爵令嬢だね。本当に。素晴らしいよ。本当に美しい。なにも宿さない琥珀のようだ」
それは心の底からの賛辞に聞こえた。
けれどどうしようもなくルクレツィアを苛立たせた。
「……やはり私は、貴様のことは好かない」
苦し紛れのうめきだった。
うめくように言うしかないと、理解させられた。
『オデットは、危険だ』
その性質に理解できるところが一つもない。あまりにも自分から遠すぎるし、理解しないで放置できるほど安全な存在でもない。
ルクレツィアは半ば絶交状態だったシンシアと再び関係性を深める必要性を感じた。実に貴族的な利益をあてこんだ友誼ではあるけれど、シンシアとはオデットに対する同盟を結んでおかないとまずいという確信がある。
「あたしはあなたのことを好ましく思っているよ」
オデットは目を細めたままルクレツィアの言葉に答えた……のだろう。
しかしその目はどこか、ルクレツィアを見ていないように思えた。ルクレツィアの背後にあるなにかを見ていて、『なにか』もふくめてルクレツィアを評価したような……わけがわからない。気持ちが悪い。
◆
アナスタシアに『彼』からの手紙が届けられたのはその日の夕刻のことだった。
内容は『自分がいないあいだに城から逃れろ』というもので、その短い文章にはどことなく逼迫した様子が感じられた。
手紙を渡してくれたメイドの導きに従い、城から抜ける。警備は不自然なほどゆるく、地下牢からの脱獄だというのにおどろくほどすんなり進んだ。
王宮を抜けて、王都を抜けて、そうしてたどり着いた雪原にはかつて自分を最後まで守ろうとした臣下の姿があった。
「陛下」
忠臣たちが膝をつこうとするのを、アナスタシアは止めた。
「わたくしは陛下ではありません。この国の主人は、精霊王なのです」
「しかし、あのような簒奪者を……」
「彼への侮辱は許しません。こうしてわたくしが生きていられるのも、彼の……精霊の導きによるものなのですから」
「なぜ、そこまであの男に入れ上げるのですか!」
忠臣の声には怒りがあった。
彼はアナスタシアを実の妹のように思っていたのだ。昼神に熱心に信仰を捧げていた様子も知っている。それが曲解されて国が乱れたことも知っていたが、それでも、このような憂き目に遭うほどの罪ではなかったはずだ。
むしろ罪があるのは幼き彼女が女王として立つしかない状況を作り出した運命であり、女王に力がないのをいいことに好き放題をした悪臣どもであり、取り入りながら女王を守らなかった昼神教であり、それに踊らされた民であり……
スキを突くように玉座を奪った、あの男なのだ。
臣下の怒りを受けて、幼い女王はびくりとおびえるように青い瞳を揺らした。
しかし、臣下は怒りを撤回しなかった。
するとアナスタシアはおびえたように、こう言う。
「……美しいものを信じるのは、罪なのですか? 美しい昼神に信仰を捧げていたころ、みながわたくしを讃えてくれたではありませんか。ならば、昼神より美しいものに信仰を、わたくし自身を、わたくしの国を捧げることに、なんの咎があるのでしょう?」
「…………」
臣下は愕然とし、それから絶望した。
自分たちのせいなのだ。
自分たちが、なにもできない幼い女王が昼神教との関係をよくするのを讃えてしまったから。彼女なりに、なにもできない、次々と肉親を亡くした傀儡女王なりに国家のためになろうとしているのだと、そう曲解して評価してしまったから。
彼女がなぜあんなにも熱心に神を信じていたか、その本質を見逃していたから……
彼女が『美しいから』という理由で昼神信仰をしていたなどと、誰がわかろうか?
言ってくれなければわからない。だが、言われなかった。聞かなかったから。
余計なことをせぬように王宮に押し込められた少女が許され、讃えられた『信仰』という行為。あらゆることを禁じられた彼女に唯一残された自由。それをなにもわからぬまま讃えてしまった。
だから、こうしてゆがんでしまったのだ。
「……アナスタシア様。申し訳ありませんでした」
幼い女王はきょとんとした顔になった。
それは一瞬して、花開くような笑みに変わる。
「いえ。いいのです。わたくしを思って怒ってくれたのでしょう? あなただけは、そうでしたね」
「……これからは、きっと、たくさん怒ってさしあげることになるでしょう。畑を耕し、走り回り……好きなことを、なんでも、してよいのです。きっと誰も、あなたの自由を侵害しない」
「まあ……素敵ですね。あの美しきおかたのために、城から逃れ続ける人生……美しきおかたの意に沿うことができるどころか、なにをしてもいいだなんて! ああ、ありがとうございます精霊王陛下! あなたがあたえてくださったものに感謝し、あなたを崇めてこの生を過ごすと誓います」
信仰は毒である。あまりにも甘美な毒だ。
依存は快楽なのだろう。なにもかもを許されなかった彼女が、積極的に感じても唯一咎められない快楽……
忠臣は必ずこの『毒』を抜こうと誓った。
時間はある。……忠臣は幼い主人の前に立ち、彼女をエスコートして雪原へと消えていく。
彼らの歩いた足跡は降りしきる雪に消されて消えていく。
歴史の表舞台にもはや役どころはない。ここからが『アナスタシア』の人生の始まりだった。




